第55話 ハイエルフ
洞窟の奥へと進んでいくと、先と同じ豪華な装飾が施された扉がある。この先にダークエルフがいるのだろうと思い、その扉を開ける。
「あの試練を乗り越えたということはお前たちが最上級のエルフということか。素晴らしい。あとはお前たちを葬って更なる高みへたどり着くだけだ!!」
「一気に行くよ、ヒュドラブレス!」
「ヒュドラブレス」
双方から放たれた毒竜のブレスが打ち消しあっていく。自分と同じ魔法を使ってくることに驚いているアイリにダークエルフが苦笑する。
「何を驚いている。お前たちの技や魔法はすべて習得しただけのことだ」
「シャドーミラージュ!」
「ならばこちらも、シャドーミラージュ」
「閃光弾で影ができる方向を制御します」
後方から強い光が放たれ、前方に影が伸びてダークエルフの分身が現れる。後方に現れたのであれば不意を衝けただろうが、馬鹿正直に前方に現れるのであれば対処はたやすい。あっという間に互いの分身体は自分側にできた1体のみとなる。
「ケルベロス召喚!」
「こちらも同じく」
『相手に自分がいるってのも奇妙な感じだ』
「ケルベロス、炎を吐いて!」
『任せろ!偽物ごと倒してやる』
「フレイム、ケルベロスの炎を強化!」
「精霊による強化が使えぬと思ったか。ダーク、ケルベロスの強化をしろ」
「私もしておくぞ」
二人分のバフを乗せたケルベロスの黒い炎がダークエルフの偽ケルベロスの炎とぶつかり合う。最初は拮抗していたが、徐々に押し返し偽ケルベロスを焼き尽くす。
「だが、この魔法ならどうだ。ファフニール召喚……なぜ発動しない!」
「今だ!」
「アクアプレッシャー!」
発動条件を満たしていない魔法を使ったことで隙だらけになったダークエルフに一斉攻撃を放つも、シャドーダイブでその攻撃をかわす。だが、その回避行動を読んでいたChrisが閃光弾で前方に影ができるように誘導していたため、ダークエルフの再出現場所はわかりきっていた。
「今度は逃げられないよ、ヒュドラブレス!」
「爆裂玉!」
「私の矢からもう一度逃げられると思うな!」
影から現れたダークエルフに一斉攻撃を叩き込む。まともに食らったダークエルフはHPが目に見えるほど減り、毒の状態異常があっさりとつく。どうやら、プレイヤーたちの魔法がすべて使える代わりに本体の性能はそこまで高くしていないようだ。
「毒を解除しなければ……道具生成、毒消し。これも発動しないだと!?」
ダークエルフがわざわざ素材用のアイテムを持っているわけもなく、役立たずの生産用アイテムの魔法を覚えているに過ぎない。そして、リーフの強さはあくまでも己の弓の腕と精霊によるもの。ダークエルフを強化する要因にはならない。
とどのつまり、ダークエルフを強化しているのはアイリの魔法くらいだ。しかもその魔法はそれぞれに強みはあれど、癖が強く使いどころ次第というものが多い。NPCのダークエルフが同じ魔法を使えるとしても、それらを使いこなせるのはアイリただ一人だけだ。
「この魔法を使って立て直す、ダークストーム!」
「私がもらった魔法について何の実験もしていないと思った? スキル【急成長】!」
スキルによって急成長した密集した木々が黒き暴風を遮っていく。ダークストームが解除するのは魔法によって生じたものであり、スキルで生じたものはその対象外だ。ダークストームのデメリットで隙だらけになったダークエルフに攻撃がさらに叩き込まれそのHPをさらに減らしていく。
「お前たちの役に立たぬ魔法など使わぬ。ダーク、我にその力のすべてをよこせ!」
黒いオーラを纏い、黒い羽が生えたダークエルフ。ダークオーラと対峙したことのあるアイリは身構えるも、リーフの攻撃が通っていることから、アレとは別のもののようだ。
「よくわからないけど、みんなで攻撃だよ」
全員から放たれる矢と毒と瓶入り試薬。それらがダークエルフに向かっていく中、ぴたりとそれらの動きが止まる。
「ケルベロスまで!? みんな、気を……」
攻撃を止める魔法だと思い注意を呼び掛けたアイリが後ろを振り返るとマネキンのように固まっている仲間の姿があった。そして、Chrisに向かっているダークエルフの手には黒い剣が握られている。
「物理的な攻撃は止まる。だったら、それ以外で攻撃すれば!カース!」
精神攻撃に分類される呪いに関してはハイグラビティの実験のときに物理的な影響を受けないことはすでに分かっている。止まった世界でも動けるかは一か八かの賭けではあったが、攻撃が来ないと油断していたダークエルフに攻撃が当たり、全員の動きが元に戻る。
「えっ!?」
「なぜ、やつがここまで接近している!」
「それはこっちのセリフだ。なぜおまえが止めた時の中を動ける!?」
「私には【時間耐性】があるからね」
今まで無用の長物と化していたスキルがようやく役に立つ。それならばと、ダークエルフが唯一対抗できる敵だと認めたアイリに対して、止めた時の中で猛攻を仕掛けてくる。
「この中ではほぼすべての魔法は使えん!その様子だと接近戦は苦手のようだな!」
(剣で攻撃しているってことは相手は時止め中は魔法を撃てないってこと。それに毒は受けている。耐えれば勝ちだけど、このHPの減り方だと耐えきれない!)
ダークエルフの攻撃に一歩も動けないアイリ。だが、あと一手。あとほんの少しの後押しがあれば、ダークエルフを倒すことができるところまで追いつめている。それがわかっているからこそのダークエルフの猛攻。カースを放つも正面からでは当たらない。
(時間の影響を受けないハイグラビティなら動きを封じ込めることができるかもしれない。だけど、ハイグラビティを撃とうにも動きが速くて追いきれない……)
高重力ならば時間が停止されても影響は受け続けるはずと考えるも、そもそもハイグラビティの条件である『相手を視認すること』が満たせない。ほかに打つ手がないかと考えていた時、時間停止の合間を縫ってChrisが薬液を投げつける。
「アイリ、これで――」
「何を飲んだのかわからんが、これが最後の時間停止にしてくれよう!」
猛スピードでアイリに飛来してくるダークエルフ。その速度は常人では目にとらえられないほど。それに対してアイリが放つのは――
「ハイグラビティ!」
「ぐおお!?」
高重力がかかり、床にたたきつけられるダークエルフ。その重力から逃れようと、時間停止を解除してコピーしたシャドーダイブで逃げようとするも、再度同じ場所に出現してしまう。
「閃光弾で操作できるといいましたよね」
「小娘、奴に何をした!?」
「アイリにやったのは身体強化、とくに魔法使いや銃使いが愛用する動体視力強化が付与できる薬品です。ハイグラビティを撃たない理由を考えての強化薬です」
「バッチシあっていたよ」
「こうなれば、時間をいくら停止しようとも意味がないな」
「重力の影響を受けない攻撃をしてね。雷とか呪いは受けないよ」
「魔法は少々苦手だが、風魔法なら問題ないだろう」
「洞窟の中にいる間もクランの人たちが爆発玉用の素材集めをしてくれていたようなので、爆風で攻撃しておきます」
「ならばこちらもハイグラビティで動きを封じてくれる」
「でも、取り囲んでいるから誰か一人は必ず攻撃できるよ」
「チェックメイトです」
「や、やめろ――!」
ダークエルフの命乞いなど聞くはずもなく、三人の攻撃が襲い掛かり、残りのHPを削りきる。
ダークエルフを倒したことで、黒い精霊がぷかぷかと三人の前に姿を現す。
『おいらの名はダーク。お前、強いな。おいらの弟子にしてやってもいいぜ』
「えっ? えっ~と、ありがとうございます??」
アイリは【精霊の加護(闇)】を覚えた
『弟子のお前はおいらを敬えよ。あいつはおいらをこき使いやがって!』
「大変だったんだね」
『おう。あんな奴の魂なんてどうせ地獄行き。せっかくだから、こいつの魂で儀式を進めさせてもらうぜ。にひひひひ』
ダークが薄気味悪く笑うと三人の足元に魔法陣が描かれ、青白く光り輝く。エルフの服に装飾が施され、力がみなぎってくるような感覚と背中がもぞもぞし、透明な羽が生えてくる。
シークレットクエスト【進化するエルフ】をクリアしました。
種族がエルフからハイエルフに変わります。
ハイエルフになったことで、HP+100、MP+150、攻撃+100、防御+50、知力+100、敏捷+100、運+50、スキル【飛行】(一定時間、空を飛べる)を覚えました
【精霊魔法】が使用可能になりました
世界初、種族進化ボーナス
ランダムスキル書・上付与
初クリアボーナス
スキルポイント100ポイント付与
ランダムスキル書付与
「全体的なパラメーターアップに飛行能力の追加……それに特殊行動の追加」
「ダークさん、精霊魔法って何?」
『教えてほしいか。ならば師匠と呼べ』
「はい、ダーク師匠」
『よし、教えてやろう。精霊魔法ってのは精霊を自身に憑依させることで、人知を超えた力を一定時間だけ発揮できる魔法だ。使えるのはハイエルフか、自分の寿命を削る覚悟のあるエルフ。弟子たちが見たあいつのタイムストップがいい例だ』
「じゃあ、私も使えるってこと?」
『無理。使った本人の素質によって魔法の効果も変わる。体の負担も考えると、精霊1匹につき1回しか使えないから要注意だ。わかったか、弟子!』
「ダーク師匠、ありがとうございます」
『にひひひ、褒められるってのはいい気分だ。俺の期待を裏切るなよ』
ダークが姿を消して、洞窟に静寂さが戻る。一連の騒動が終わり、村へと戻ると村人たちや姿を見せなかった精霊たちに温かく歓迎される。
「外の者だというのに私たちを助けてくれたこと、改めて感謝する。お前たちが困ったとき、どこにいても駆けつけてやるぞ」
NPCリーフが仲間になりました
「NPCって仲間になるの!?」
「そうだよ。みんなの都合が合わないときはオカシラさんに手伝ってもらっている」
「誰!?」
「私の兄弟子。今度、紹介するね」
「……この1日、2日でアイリの異常性を体感した気がします」
「なんでみんな、私のこと異常だとか言うの!?」
「普通だとこのクエストクリアできませんよ」
最後の戦いはパーティーメンバー全員の魔法や技をコピーしてくる。つまり、敵の強化を最小限に抑えるには最少人数での攻略がカギとなる。だが、このクエスト中はパーティーの変更ができないため、人数を減らしすぎると最初の防衛戦や次のクランレイド戦で支障が出てくる。
しかも最後の時止めは初見殺しかつ、普通のプレイヤーならばクールタイム中の攻撃しか打つ手がない状況。どうあがいてもクリアさせる気がないレベルのクエストだ。
「つまり、私たちはすごいってことだね」
「……そうではありますが」
「久しぶりに行く外の世界か……面白くなりそうだな」
楽観的なアイリに困惑しているChrisをほほえましく見るリーフ。心地の良い風が吹き、村に平穏が訪れたことを告げるのであった。