第52話 撤退
再度、結界内に入っていくと、先ほど矢を放ってきた女性が姿を現す。だが、今度はアイリたちに目をくれず、エルフの少年を抱きしめた。
「帰りが遅かったから心配していたぞ!」
「く、苦しいよ……リーフ姉ちゃん」
「お姉ちゃん?」
「ん? お前たちはさっきの……先は済まない。私たちを呼ぼうとしてくれたんだな」
「いや、それは……」
「先の詫びもある。村まで案内する」
「人の話を聞かないタイプみたい」
「そうみたいですね」
嬉しそうに手をつないでいるお姉さんエルフと、嫌そうにしながらも手としっかりとつないでいる赤毛の少年エルフを見る限り、元からああいうタイプのようだ。そして、村にたどり着くと、そこには木造建築の家がいくつも並んでおり、村の中央には集会でもするのか大きな広場がある。村人たちが物珍しそうにアイリたちを見ている中、エルフのお姉さんは自分の家に上がらせる。
そして、エルフの少年が森で起こったことについて姉のエルフに話していく。
「弟のルートを助けてくれてありがとう。この子は私のただ一人の肉親なんだ」
「あんな馬鹿みたいに強いゴーレムがいなけりゃあ、無事に帰れたんだけどな」
「だから一人で出歩くなと言っている!」
「あの、そのゴーレムって、このあたりだとよく出てくるんですか?」
「そんなわけなかろう。あんな人工物が跳梁跋扈していたら、私たちはとっくの昔にやられている」
「つまり、ここ最近になって起こった出来事と?」
「そうだ。もしかすると、どこかで大昔の遺跡が稼働したのかもしれん。何しろ、このあたりはそういった遺跡がゴロゴロとあるからな。私たちも探しているんだが、見つかっていない遺跡もあるから場所の特定ができない。できれば、お前たちの力も借りたいくらいだ」
そして、鳴り響くメッセージの着信音。そこにはクエストを受注するかどうかのお決まりの内容が書かれていた。それをためらうことなく「はい」を選び、会話が続く。
「そうか。力を貸してくれるか!今日はもう遅い。ここに泊まると良いぞ。お金はいらん」
「ありがとうございます」
ぐう~とルートのお腹が鳴るのを聞いて、アイリたちは今日はお昼から何も食べていないことを思い出す。ゲーム内には満腹度のパラメーターは無いはずだが、今日はなんとなくお腹が空いた気もしなくはない。ただで止めてもらう以上、何かしないとと思い、二人は夕食を作るリーフのお手伝いをする。
4人分の食器があるため、作った豆のスープや焼いたパンを並べていく。何かの肉を焼いたステーキはアイリたち側に、巨大キノコのステーキはリーフたちに置かれる。このあたりはプレイヤーの食生活に配慮された結果なのだろう。
「今日はちょうど肉が手に入ってよかった」
「リーフさんたちは食べないんですか?」
「外の連中は人間かぶれしているから食べるかもしれないが、この村に住んでいる者は生臭くて好んでは食べない。もし食べるとしたら、毛皮や羽が欲しい時に狩りをしてきたときだけだ」
「なるほど。それにしても、その……」
「なんだ?」
「なんでこの村に住んでいるエルフさんは水着みたいな服なんですか? 確か、魔法都市のエルフは普通の服だったのに」
リーフの私服姿をまじまじと見る。ノースリーブにミニスカートという恰好であり、しかも、布面積が足りず、おへそ辺りをさらけ出している。アイリからみれば民族衣装というよりかは水着の方が適切な衣装だ。
「なんだ私たち、エルフは精霊や妖精と共に生きている。こうして肌を露出させると、私たちの魔力が感じやすくなって精霊たちになつかれやすい。もっとも、外に行った連中は彼らと暮らすこともやめたがな」
「精霊とか居るんだね」
「はい。私も初めて知りました」
「そうかそうか。だったら、私が小さい頃に来ていた服でもやろうか。君たちに興味はあるみたいだし、もしかするとなついてくるかもしれん」
スキン変更アイテム【エルフの服】を手に入れました
「……ねえ、Chrisちゃん。もしかしてだけど、精霊と仲良くするにはあの恰好をずっとしないといけないんだよね」
「もしかすると一定時間着用するだけで、その後は元の服装に戻ってもいいのかもしれません」
「どうする?」
「……やりましょう」
それぞれがメニュー画面からエルフの服を選択すると、リーフと同じような格好に変わる。あくまでも外見だけの変化なので、装備品自体は変更されていない。とはいえ、露出度の高い服装ということもあり、二人の顔は真っ赤だ。
「なに恥ずかしがっているんだ、二人とも似合っているぞ!」
「さすがにこれは……ねえ?」
「はい。でも、これもクエストの内なのかもしれないので頑張ります」
Chrisが諦めないようなので、アイリもこの姿でいることに耐えることにした。ただ、せめて初めて会った時の狩人のような恰好の衣装なら、露出が少なくてよかったのにと思わざるを得なかった。
ゲーム内では一晩明けて、二人は目を覚ます。ルートが用意してくれた朝食を食べた後、マシンゴーレムのアジトを探すため、リーフと一緒に昨日ルートと出会った場所へと向かっていく。
「追跡粉使いますね」
ルートとマシンゴーレムが出会ったのは昨日の昼過ぎ。つまり、急がないとアイテムの有効時間であるタイムリミットが迫っているということだ。粉を振りかけることで浮かび上がっていく、巨大な足跡。明らかに人のソレではないものは、青く光っている。
「この足跡をマーキングして……赤色に変更。では追いかけてみましょう」
「外にはこんな便利なものがあるんだな」
「でも、まったくと言っていいほど使われていませんよ」
「そうなのか? これを使えばモンスターの巣を見つけるのも容易いだろうに。外の連中は見る目が無い」
リーフの話を聞いてハッとする。今までモンスターの追跡にしか使えないと思っていたが、巣を見つけることができるなら素材集めの効率化が狙えるからだ。まったく考えもしなかった用途を聞いて、まだアイテムの使い道に考える余地があるのではないか。もし、既存のアイテムでもまだ新しい用途があるのなら、それらをどこでも、多数作ることができる薬師は不遇ではなくなるのではないかと思うほどだ。
「先入観にとらわれすぎていたのかもしれません」
「なんかいった?」
「ええ、少し考えことを。急がないと足跡が消えます」
「そうだね!急ごう!」
三人が森の中を駆け巡ると、ぽっかりと空いた洞窟が見える。だが、その大きさは人が通れる程度で、ゴーレムが通るにはいささか小さく思える。そして、その前に描かれている巨大な魔法陣。下手に触れずに近くの茂みから様子を伺っていると、淡い青白い光を放った瞬間、マシンゴーレムが転移してくる。
「あの魔法陣を破壊しないと延々とゴーレムが出てくるってことだね」
「だが、その前にゴーレムを破壊するぞ」
3人げ飛び出て、ゴーレムに向かって攻撃を仕掛けていく。レベルは昨日のゴーレムと同じ30。同型機といったところか。
「行くよ、ケルベロス召喚!」
「爆裂玉!」
ケルベロスが体当たりし、態勢を崩したところに大きな爆発がゴーレムに襲う。だが、金属でできている身体は防御力が高く、凹みが生じる程度でHPはまだまだ残っている。
「私も負けられないな。風の精霊よ、我が弓矢に宿り給え!」
リーフから放たれる豪速の矢がゴーレムの装甲をやすやすと貫いていく。
「すごい!」
「どうやら精霊たちも、あのゴーレムは危ないものだと認識しているようだ。今までにないほど、力を貸してくれる」
「私たちもリーフさんに負けられないよ!」
「頑張りましょう!」
3人の猛攻撃から逃れるために、マシンゴーレムがケルベロスに乗ったアイリに拳を振りかざそうとするも、ひょいひょいと避けられる。そして、何度かの爆発の後、マシンゴーレムは倒れるのであった。
「昨日より早く終わりました」
「リーフさんのおかげだね」
「私よりも精霊たちをほめ……ん?どうした?」
リーフが何もない空間に向かって、一人で何らかの話をしている。おそらく、話し相手は精霊なのだろうが、二人には何も見えない。
「なにっ、大規模の魔力反応だと!?」
リーフが驚くと同時に魔法陣が輝き始める。その輝き具合はさっきの比ではない。まばゆくて目が開けられないほどだ。そして、光がおさまるとそこには視界を埋め尽くさんとするほどのゴーレムの数々。しかもレベルが35に上がっている中、リーダー格と思われる黒いゴーレムはレベル40だ。
そして、黒いゴーレムがミサイルを放つと、それらはアイリたちに向かわず、地面のあちこちに突き刺さっていく。何の攻撃だろうかと身構えているとケルベロスが突如として消える。
「えっ、なんで?」
「これは私たちの結界!?」
「今、私たちは召喚系の魔法が使えないってこと!?」
アイリたちが面食らっている間に黒いゴーレムが両指から機関銃を放っていく。シャドーダイブでそれを躱すも、ゴーレムの群れに突っ込む形となってしまい、逃げ場を失ってしまう。
「ヒュドラブレス!」
退路を確保するため、目の前にいる黒いゴーレムに向かって攻撃を加えるも『0』の文字が浮かび上がり、ダメージが与えられない。
「待ってろ、助ける!!」
精霊の力で強化した足で機関銃をスイスイとかわしながら、孤立したアイリの首根っこを捕まえ、その場から離脱していく。そして、ゴーレムたちは結界を広げながらゆっくりとエルフの村へと向かっていくのであった。