第44話 イベントに向けて
学校では文化祭に向けて準備を続けている中、アイリたちは大型PVPイベント、クラン対抗戦【人魔大戦】の案内が届いていた。
「各クランが【人軍】と【魔軍】の2チームに別れて対戦。20人未満の少数クランはステータスに補正がかかるみたい。チーム分けはランダムに行われて、後日発表。発表後からイベント終了時までクラン所属移動は不可能」
「ランダム振り分けなのは各クランが半分くらいに分かれて結託すれば、ステータス補正の恩恵を受けられるからな。その対策やろ。勝負方法は互いの城にある玉座を破壊したほうが勝ちのタワーディフェンス。イベントマップではチャット機能等は使用不可」
「玉座のHP次第だけど、忍び込んだとしても一撃で破壊できないなら、気づかれてお陀仏よね」
「やられたら、リスポーン不可。とにかく生き残ることが重要や」
「みなさんが生き残れるよう頑張って回復します」
「あとはチーム発表を待つだけだね」
どんなクランと一緒に戦い、どこのクランと戦うのか楽しみにしながら、アイリは再び王都の中を探索する。今日は市場で装備品を整えながら、衛兵から紹介を受けた図書館へと向かう。
「魔法石の腕輪(MP+25)……指輪は魔法都市で手に入ったのかな。嫌われていたからあまり行ってなかったけど」
夏休みの間は魔法都市のクエストよりも金山でお金稼ぎをしていたなと思い出しつつ、図書館へとたどり着く。そこにある建物の大きさははじまりの街と同程度、もしくはやや大きいくらい。ちょっと拍子抜けしながらも、中へと入っていくと、外から見ただけでは分からないほどのゆったりとした大きなスペースが広がっていた。
「こんなに広くなかったよね!?」
「ここは魔法都市から提供された空間制御魔法を利用して作られた図書館なんだ。そこらの図書館なんて目じゃないぜ」
それに応えるかのようにNPCの男性がアイリに話しかける。なるほどと思ったアイリは司書に受付を済ませた後、ずらりと陳列された本棚を眺めながら歩いていく。
「それにしても、私以外のプレイヤー居ないなぁ。みんな、外に行っているのかな」
図書館の中には様々な人が机で本を読んだり、本棚を眺めていたりしているがそれらはすべて運営側のサクラ、NPCだ。ほとんどのプレイヤーは図書館にある本など見向きもせず、ギルドからのクエストや野外で発生するクエストの発見に力を入れていた。
「この国の歴史……魔法文明の栄華と影……このあたりは歴史コーナーか。あっ、なんか物凄く古そうな本もある」
ボロボロの古びた本をパラパラとめくっていくと、そこには古からのエルフの伝承について描かれており、多数のエルフが人間と迎合した一方で、相容れないエルフが独自に辺境の地で村社会を作っていることが記されていた。
「この本の記述と今の地図と組み合わせると……大体このあたりかな」
現在分かっている魔法都市周辺の地図に忘れないようにマーキングする。そして、他に有望そうな情報が無いか探していく。今度は可愛らしい絵本が並ぶ児童書のコーナーに入ったらしい。
「さすがにこんなところで魔法を覚えることなんてないよね」
適当に1冊の絵本を手に取り、めくっていくと、どうやら一寸法師の話のようだ。手に取った以上は最後まで読み切った後、絵本を本棚に戻すと――
魔法【ミニマム】(一定時間、身体を小さくする)を覚えました
「……えっ、覚えるの!?」
このゲームをやっている人間で一寸法師の絵本を真面目に読む人間がどれだけいるだろうかと思うと、おそらく誰も気づいていないのではないかと考えられるほどだ。
「よし、この調子でどんどん本を読むよ」
先入観にとらわれず、経済、政治、環境、魔法、剣術……各コーナーにある本を最後まで読み進めていくと、いつの間にか退館時間となっていた。
「結構読んだけど、結局覚えたのはミニマムと【速読】のスキルだけ。もう隠された魔法とかないのかなあ……次のイベントも近いし、気が向いたらまた来よう。次はエルフの村探し。頑張るぞ!」
この日はログアウトするも、文化祭、中間テストと学業行事がいくつも重なり、愛理が長時間のログインをするのはチーム分けが決まる日であった。
「で、発表されたわけだけど……」
人軍
【Noble Knights】
【サンダーバード】
【暗黒ブラザーズ】
……etc
魔軍
【アルカナジョーカーズ】
【にゃんにゃんクラブ】
【ALL FOR MONEY】
【桜花】
……etc
ユーリの表情が暗いのもわかる話だ。ゲーム中No.1、No.2を競い合っているクランが同じ【人軍】、敵側にいるのだから。
「これ、勝ち目あるんかいな……」
「上位2チームを除けば、他のクランはそれほど脅威じゃない。そして、こっちは中間層が厚め。その2チームを足止めしている間に他のプレイヤーが城に突撃すれば勝ち目はある」
「でも、それは相手もわかっとるやろ。何人かは防衛で城を護るんちゃうか」
「策は考えているけど、結局、他のクランの動き次第で大きく変わるから事前に考えてもあまり意味が……」
「だったら、みんなで話し合おう。私はエースさんとフレンドだから相談するね」
「せやったら、ウチは【にゃんにゃんクラブ】と話をするで。あそこに所属している人とフレンドやからな」
互いに自分たちのフレンドと話をした結果、【にゃんにゃんクラブ】のクランホームに呼ばれることとなった。ただし、招待できる人数にも限度があるため、1つのクランから2人の代表が選ばれることとなり、アイリとケイが行くこととなった。
「すごい、牧場みたい」
「ウチもこういうの作ってみたいわ」
「じゃあ、帰ったら私たちのクランにもこういうの作ろうか」
「せやな」
ホーム前に設置されたテイムされたモンスターが放し飼いになっている牧場を眺めていると、猫耳を生やしたおねえさんがやってくる。
「私がこのクランリーダーのにゃんぞうにゃん」
「えっ、男の人じゃないの?」
「違うにゃん。名前は私のリアルペットからとったにゃん。雄猫のにゃん蔵にゃん」
「そうなんだ」
「ところでその猫耳ってどうやって手に入ったん? 獣人っぽくなってええやん。ウチもつけてみたいわ」
「課金」
「……おいくら万円?」
「スキンガチャなんて学生がするものじゃない……にゃん」
相当な金額をつぎ込んだらしく、にゃんぞうの目のハイライトが消えている。このゲームの闇を知ったところで、キングが遅れてやってくる。
「すまない。エースがどうしても出ることができなかった」
「仕方がないにゃん。今日は金曜日の夜。まだ仕事している人が居てもおかしくはない」
「そう言ってもらえると助かる。有休はとったと言っていたから、明日のイベントには参加はできる」
「それは重畳。【ALL FOR MONEY】や【錬金LABO】は道具や消耗品を格安で売ることで同意。他にも有名どころに声をかけてみたけど返事なし。半分諦めているって感じにゃ」
「戦う前に負けているクランは戦力にはならないと考えるべきだろう」
「逆に言えば勝ち目がうっすらとでもあれば、大きな戦力にゃ」
「その心理を取り入れた作戦か。ふっ、我々が事前にそのことを考えた策を考えていないとでも」
「おっ、さすがは問題児ばかりを集めているクランのキングにゃ」
「最近はまっとうにプレイしているつもりだがね。作戦を伝える前にここにいるメンバーのスキルや魔法、技を確認したい」
キングとフレンドになりますか?
→はい
いいえ
「もちろん。これが私のステータスです」
互いのステータスを見せ合い、問題があるならここに居ないクランメンバーとチャット機能で話をしながら、大まかな作戦を立てていく。問題は戦闘の地形によっては戦略方法が大きく変わる。特にこの【魔軍】において、エースアタッカーの一人であるアイリの影魔法の有無はとてつもなく大きい影響を与える。
「備えあれば憂いなし。戦闘は戦う前から始まっていることを【人軍】に教えてあげましょう!」
キングを頭にして有力クラン同士の連結を固めている一方で【サンダーバード】では……
「あー、やっぱ事前の話し合いは無理か」
「そうっすね。やっぱり、自分たちのステータスなんて見せたくないっすから。それに2台巨頭が同じクランにいることで、自分たちが適当にやっても勝てるなんて思いあがっているクランもあるとか」
「そいつらに油断が一番の敵だってことを教えてやれ。だが、【Noble Knights】も断るのは意外だったな」
「そうっすね。あっちはArthurが弱体化を受けているみたいで、周りがフォローしないといけないから大変らしいっすよ」
「そういや、そうだったな。他のクランのフォローまでは手が回らないから、今回は見送ったってところか」
「つまり、今はライチョウさんがNo.1プレイヤーってことっす!」
「ほめても何も出ないぞ。こうなったら天運に身を任せるしかねえな」
それぞれの軍は各クランの思惑を乗せながら、イベント開始の時間まで待つのであった。