第38話 海底遺跡
【桜花】のメンバーたちは海の家でライチョウとこれまでにあったゲームでの出来事を振り返りながら、雑談していた。
「攻撃極振り……そういう戦い方もあるんだ」
「おうよ、レベル20以上で転職できるようにしているってことは職の追加もありうると睨んだ俺は戦闘スタイルに合う職業が来るまでは、最低限のスキルだけ取って物理職には必須な攻撃に極振りしたほうが良いと考えた。そっちの方が無駄なステータス振り、スキルや技を取ることも無いからな。最初のPVPイベは毒に巻かれて惨敗したが、今度は負けん」
「いや〜、そこで睨まれると困るなぁ」
「近々、開催されるであろう次のPVPイベではそうはいかんぞ」
「PVP→PVE→ミニゲームって来たら、9月か10月くらいにそろそろPVPイベントが来るかもって思いますよね」
「ユーリ、お前もそう思うか!もし、そのときが来たら正々堂々勝負だ!!」
「いや~、さすがにライチョウさんに真っ向勝負はちょっと……お手やわらかに」
「俺はそんな器用なことはできんぞ!」
会計を済ましたライチョウは競技タイプのミニゲームが置かれている場所へと向かっていた。彼が言うには最高難易度でクリアすると、スキルポイントが追加でもらえるそうだ。興味本位で【桜花】も覗いてみると、プロがやるようなきびきびとした動きをするCPUをみて、学生やただのOLでは到底太刀打ちできないと思い知らされてしまう。
「よし、今日はアクティビティ系を制覇。ゲーム内での明日は競技系の参加賞だけでも回収。現実での明日以降はパーティー組んで、一人きりにならないようにしておこう。さっきのナンパ男が逆上して襲い掛かるかもしれないし」
ユーリの提案に一同が頷き、賛同する。というわけで【桜花】はその日をマリンスポーツを堪能して過ごすのであった。
現実世界から見て翌日、LIZは海岸でゆっくりと日光浴をし、その近くでミミが砂のお城を作っており、傍から見れば親子にも見えなくはない。そして、アイリ、ユーリ、ケイの3人は船に乗せてもらい、沖合まで行ってから海の中へと潜っていた。
「シュノーケリングって難しいって聞いたことあるんだけど、装備付け替えるだけでいいんだね」
「そこはゲームの利点だよね」
「それに万が一に備えているんか装備品に【水中呼吸】のスキルもついているから安心やわ」
仮に空気ボンベが漏れたり、装備品が予期せぬエラーが外れても一定時間だけ、水中でも地上のように息をすることができる。呼吸できる時間はHP依存だが、よほど深く潜っていない限りは海上に出られる時間設定となっている。
「このお魚さんたちってテイムとかできないのかな?」
「そもそもモンスター扱いなんやろうか? オブジェクト扱いならできんけど……まずは試しや。モンスターテイム」
装備品を外していることで、捕獲率は自身の運次第。そして、手のエフェクトが消えると、熱帯魚を捕獲したメッセージがでる。
「テイムできたわ」
「やってみるものだね」
「せやけど、戦闘用ちゃうで。水の中に入れて鑑賞するだけや。ウチにはピッタリやけど」
「じゃあ、この調子で海の生物テイムしちゃう?」
「それやったら、ウチはあそこのイルカ狙うで!モンスターテイム!」
白い手が飛び出していくも水中をスイスイと泳ぐイルカにはあたらない。その後もケイが何回かテイムを行うも一向にテイムできる気配はない。そして、空気ボンベの量もわずかとなり、その日のシュノーケリングは終わるのであった。
「くう~、まるで当たらん!」
「同じアクティヴィティは同日には受けられなくて、明後日に帰らないといけないから、残されているチャンスは今日の夜のログイン分と明日のログイン2回分、合計3回だね」
「今度は私たちも手伝うよ。武器は無くても魔法や技は使えるから」
「よ~し、絶対捕まえたるで!待ってろや、ウチの海豚太郎!!」
遠ざかっていく海に対し、大声でイルカに宣戦布告をするのであった。
現実時間換算での夜のログイン、今度は【桜花】メンバー5人でシュノーケリングをする。眼前にいるのは目的であるイルカ。キューキューと鳴いているイルカは昨夜の失敗をあざ笑っているのかのようにも見える。
「分身からの【加速】!」
ユーリがイルカの背後に回り込み、殴り掛けるもゆうゆうとそれを躱す。躱した先にメンタルブレイクとホーリーショットを撃つも、それすらもすいすいと避けていく。
「武器ないから技がほとんど使えないし、水の中だとスピードが足りない!」
「こっちも全然だよ」
「わたしもおなじです」
「こっちに敵の注意を惹きつけるタンクが居れば話は変わるんだけど……」
「なんでこういうときにおらんねん、アイツ!!」
「あとはゴールドデーモンみたいに範囲攻撃があれば、弱らせることができるんだけどね」
「ポイズンミストは毒の霧を出す魔法だから水中だとつかえ……ん、今、みんなパーティーに入っているんだよね」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「ヒュドラブレス!」
アイリが突如、自身が持つ最上級の毒を出す魔法を使い始める。強力な魔法なので、毒がすぐに希釈されることは無く、イルカを追尾していくが、その泳ぐ速度には敵わない。だが、水中で拡散していく毒はイルカの逃げ道を防ぐかのように広がっていく。
逃げ場を失いつつ、周囲から攻撃を受け続けていたイルカのついに毒のエリアに踏み入れてしまう。すると、イルカは苦しみだし、弱っていく光景が見受けられる。
「よし、モンスターテイム!」
弱って逃げることができないイルカに向かってテイムの魔法が放たれる。元々の捕獲確率が低いこともあって1発では捕まえられず、何回か繰り返してようやくゲットする。
「さてと、ウチのイルカの特徴は……背中に乗って一緒に泳ぐと潜水時間が延びて、さらに深海に行くこともできるんやな」
「へえ、水中探索に便利そう」
「というよりかはテイマー専用のマップがあるって感じかな」
「明日、海豚太郎と一緒に海底探索してみるわ」
イルカの捕獲に時間がかかったことで、今日はお開きとなった。
そしてその翌日、実質イベント最終日となるこの日、【桜花】のメンバーに見送られながら、イルカに乗って海の奥底まで潜っていく。シュノーケリングしている場所よりも陽の届きにくい海底ということもあって、やや薄暗いが、きれいなサンゴ礁、カラフルなイソギンチャク、ここでしか見られないような生物が静かに暮らしていた。
「綺麗やな~、ウチのペットにも見せたいけど、海洋生物以外は出せへんからお預けや」
そして、イルカの気ままに移動していくと、そこには海底洞窟らしき洞穴があった。酸素ボンベの量は十分。ならば、いくしかないと思い、ケイは洞窟の中へと突撃していく。
洞窟の奥へと進んでいくと、海上に上がれる場所があり、そこで一息入れる。
「洞窟の中かいな。これならウチのペットも出せる。カモン、フォレストウルフ」
ケイは探索能力に優れた狼系モンスターをだして、洞窟の中を探索することにした。クンクンと匂いを嗅ぎながら、道を進んでいくフォレストウルフの後をついていくと広間に出ていく。青白く光る柱には見慣れぬ文字がびっしりと描かれている。そして、その中央には祭壇らしきものさえある。
「なんやこれ。古代遺跡の遺産とかそういうやつか!」
海に沈んだ古代文明にロマンを感じながら、祭壇へと向かっていくと青い宝玉が怪しく光り輝いている。大きさとしてはハンドボール程度の宝玉に手を伸ばしていくと、ゴゴゴと地響きが鳴り響き、どこからともなく声が聞こえる。
「ここに人が来るとは……何千年ぶりだろうか」
「誰や?」
「ほう、私を知らない者がいたとは驚きですね。ならば、貴女に私の力を扱えるほどの技量があるかを含め、この力を見せてあげましょう」
一方、そのころ、海底で不穏な動きがあることを知らない一般プレイヤーたちは、すでにスキルポイントの回収も終わっていることもあり、海に出て遊んだり、浜辺でゆっくりと過ごす者もいれば、本土に帰ってクエストをしている者もいた。
「ライチョウさんは、期間限定の本土クエストが無いか確認しなくてもいいんっすか」
「それも考えたが、よほどクエストを効率的に回さん限りは、経験値効率はこちらのほうが良い。あるならあるで、悔しがるだけだ」
「だからこうやって、釣りをしているっすね」
「戦士には休息も必要。一応、釣果でアイテムは貰えるわけだしな。無駄な時間には――」
緊急レイド勃発、緊急レイド勃発、緊急レイド勃発!
クラン【桜花】により緊急レイドが開始されました。
これにより、本土との移動はイベント終了時まで不可能になります。
勝利条件を満たすまで、生き残ってください。
勝利条件:リヴァイアサンの撃退
敗北条件:プレイヤーの全滅
「……今のお知らせ見ました?」
「見たぞ、イーグル。色々とツッコミたいところがあるなら、今の内だぞ」
「なんで1パテしかいないクランが2度目のシークレット引くんっすか!ウチも探しまくってこの間、ようやく1個っすよ。というより、リヴァイアサンってこんな序盤? MMOに序盤っていう概念はねえけど、こんなに早く遭遇していいようなネームドじゃないでしょうよ!最後の方にでてくるボス!!」
「それを言うならファフニールも相当だぞ。それにイベントももう終わりだからな。有名な海のモンスターを出したんだろうな」
「あれをみて、現実逃避はなしっすよ!武器も無しに釣竿だけでどうやって戦えっていうんっすか!」
船からも見える巨大な蛇型の龍を見ながら、プレイヤーたちは手持ちの武装なしという制限下のもと、レイド戦に挑むのであった。