第37話 バカンス
サンダーバードのクランホーム内でリーダーであるライチョウが仲間たちの報告をまとめていた。攻略情報を共有し、ゲーム攻略を優先とするギルドだ。そのため、クラン内にはレベルが高いプレイヤーが数多く籍を置いている。
「アイリの魔法習得条件、黒魔導士への転職条件はわからず仕舞いか。はじまりの街のクエスト、NPCへの一通りの声掛けも試したのか」
「アイテムの仕入れイベント、街の清掃、酒場でたむろっている悪者の排除……すべてクリア済みっす」
「終わったら買えるアイテムの種類が変わったり、街が少し綺麗なったりするから、もしやと思ってクリア後も住民に話したけど、特殊なイベントが起こる気配なし、あたいはお手上げだよ」
「レア職業はHPかMPに+50、どれか1つのパラメーターに+50上がる。普通の上級職と比べると上がり幅が大きい。だが、それになるためには普通のプレイヤーならば習得できない条件を満たせねばならん」
「リーダーの場合、武器を持たずにボスモンスターを倒せるかとかやってましたからねえ。拳闘士も納得っすよ」
「初心者向けの攻略情報も発信しているからな」
「攻撃極振りのどこが初心者向けなんですかねえ……」
「相手の技を見切るポイントだとか、スキルや魔法・技を使うタイミングは共通だぞ」
「いやいや、それできるのライチョウさんくらいですからね!」
「ゲームばかりしている軟弱な若造にはまだまだ負けん。あと現在、独占している入山許可証の件は夏休みイベント前に発信する」
「了解。あまり進みが悪すぎると、いつまでたっても新ステージが配信されなくなりそうっすから」
「あたいとしてはずっと握ってもいいんじゃないかって思うけどね」
「その間、クランメンバーは金取り放題、金ぴか悪魔を倒したから雑魚に妨害されることも無くなって作業効率も良くなった。だが、【桜花】は既にこの情報をつかみ、実行している。他のクランに情報が流れる前に、こちらから情報を流せば他のクランの印象は良くなる」
「それにしてもあのきんきん、雑魚は湧いてくるわ、範囲攻撃やってくるわで大変でしたからね」
「しかも雑魚を倒すと呪いを付与してくるから、あたいみたいなヒラは大忙しよ」
「だが、得たものは大きい。さてと、次のイベントについてだが……」
サンダーバードでは発表された次のイベントについて話し合うのであった。
ロマニアの城壁の復興が進んでいく中、1個でも補修用アイテムを納品したプレイヤー全員に太陽王から南の島でゆっくりと体を休めてほしいとバカンスへの招待状が届いた。【桜花】たちははじまりの街の噴水広場前に設置された期間限定のポータブルに来ていた。
「南の島でサマースポーツを経験して豪華アイテムをGET!ってことは今回のイベントは戦闘がなさそうだね」
「ちょっとつまんないなぁ~」
「バトルが苦手な人もおるから、こういったミニゲーム的なイベントもあるんやろうな」
「リュウお兄ちゃんの分まであそびましょう!」
盆休みということもあり、プレイヤーの何人かは実家に帰る関係でログインできない人もいる。リュウは実家からでもこっそりとゲームしようと思っていたらしいが、両親に取り上げられログイン不可になった。というわけで、【桜花】は5人での参加だ。
そして、テレポート先で目を開けると、そこには太陽がサンサンと輝いている空と透き通るような青い海と白い砂浜。そして、リゾート地らしい白い巨大なホテル。さてと、どこから手を付けようかとマップ情報を見るためにステータス画面を開くと、経験値が少しずつだが溜まっている様子が見える。
「島にいると経過時間ごとに経験値がもらえるんだね」
「うん、戦闘しなくてもレベルアップできるようにしているみたい」
「プレゼントボックスに届いた水着引換券をホテルで使うと、水着をレンタルできるみたい」
【桜花】一行がホテルへと向かい、フロントで受付を済ませた後、さっそく水着引換券を使ってみる。すると、キャラメイク時と同じ空間に飛ばされ、そこには数多くの水着が陳列されていた。
「うわ~、色々とある。これなんてほとんど紐だよ。えっ~と、どれにしようかな……」
どうせなら、ユーリと一緒に水着を選びたかったなと思いながら、いくつかの水着を選び、姿見で確認していく。この方式にしたのはたとえゲーム内では親しいプレイヤー同士だとしても、現実では何をしているのか不明だというオンラインゲームの匿名性に考慮したためである。
「いつも黒いローブだし、ここはちょっと大胆に真逆の……」
鏡にはまばゆいまでに輝く白いビキニを着て恥ずかしそうにしているエルフの姿があった。
「げ、現実だとこんなの着れないし、ゲームくらい良いよね。よし、決めた!」
心変わりしないうちにと水着を選ぶと、ホテル内に戻され、プレゼントボックス内に選んだ水着が入っていることを確認する。水着に着替えると、装備している装備品はアイテム欄に行くため、ステータスはガクンと下がる。その代わりに、水中でも呼吸が可能になるスキルなどが付与され、カナヅチでも泳げるようになっているようだ。
「みんな、水着も貰ったし、さっそく海にいくよ!」
ユーリの号令と共に、水着姿に着替えた【桜花】のメンバーは海へと繰り出していく。最年長のLIZは大人らしく落ち着いた露出の少ない水着、最年少のミミはスクール水着、年の近いケイはアイリやユーリと同じビキニ姿であった。
「思ったより人が少ないわね」
「混み混みじゃない海水浴場って初めてきたよ」
「お知らせによると、ココ以外にも別荘地を持っているっていう設定らしいから、いくつかのクラン毎に分かれているのかも」
「向こうにはマリンスポーツがあるみたいです。ドラゴンボードとか、パラセーリングとか」
「アクティビティ系だね。あっちはビーチバレーとかビーチフラッグとかの競技系。負けてもスキルポイントだけもらえて、勝てば景品がもらえるみたい」
「ウチは運動音痴やから、そっちは参加だけにしようかな」
「私も」
「わたしもです」
「日頃運動していない私にはこたえそうだから、そっちはパス」
「スポーツより戦闘の方が激しい動きしているよ!」
「私、後ろから魔法を撃つだけ。動くのは分身」
「ウチはモンスター任せや」
「ほとんど動きません」
「動いてもおおざっぱよ」
「リュウがいれば、少しは賛同してくれると思うんだけどなあ……」
リュウの不在がこんなところで響いてくるとは思わなかったユーリはみんなに合わせて、アクティビティに参加するのであった。
「はやーい!」
「HEY!こんなもんじゃないぜ、お嬢ちゃん!イヤホオオオオ!!」
ノリのいいインストラクターのお兄さんが水上バイクのスピードをさらに上げて、急カーブ!水上バイクで出来た波でアイリたちが乗っているバイクをバウンドさせて、振り落とそうとしているのではないかと思うほどだ。
「地獄までGO TO DA!!」
「もうちょっと緩めて~!」
ドラゴンボードの乗客から悲鳴が上がる。アクティビティ終了後、たっぷりとスリル味わったプレイヤーにスキルポイントが5ポイント付与されるのであった。
パラセーリングによる空の旅を終え、海の家で一服し始めるアイリたち。変哲もない焼きそばも、海の風が心地よく当たるこの場所では美味しく感じられるものだ。次何処に行こうかと、話し合っているとチャラそうな魔族の男数人がこちらによって来る。
「お姉さん、俺たちと遊ばない?」
「あら、ナンパ? まだ若く見られるのはうれしいけど、あいにく私はそういう男はノーサンキュー」
「ああん? せっかく下手に出てやっているのがわかんねえのか!」
LIZに殴りかかろうとしたチャラ男を横からブーメランパンツを履いたムキムキマッチョなスキンヘッドの男が片手でバシッと止める。
「まったく。知り合いを見かけたから、声を掛けようとしたんだが……いくら何でも女を殴りかかるのはナンパどころかマナー以前の問題だ」
「なんだてめえ!俺たちは泣く子も黙る【暗黒ブラザーズ】の――」
「知らんな」
チャラ男の顔面に1発パンチを入れると、梅干しのように顔が潰れたかと思うと、男の身体が粒子となって消える。PK行為ではあるが、正当な理由が有りと判断されているのか、表示はPKを示した赤ネームではなく予備軍扱いの黄色ネームとなっている。
「武器も装備も持たずにワンパンだと!?」
「嘘だろ、卓也は俺らのタンクだぞ。防御だってしっかりと上げて……」
「ふん、俺の『攻撃』は500を超えている。通常攻撃が必殺技だ。まだ手を出すつもりなら容赦はせんぞ」
「攻撃力500!?」
「に、にげろ!!」
残ったチャラ男が一目散に逃げていく。そして、スキンヘッドの男性を知っているユーリが【桜花】メンバーの前に出る。
「まあ、とりあえず何もなくてよかった。紹介するね。この人が【サンダーバード】のクランリーダー、ライチョウさん」
「おう!よろしく頼むぜ、【桜花】のお嬢ちゃん方」