第33話 白い妖精
コロセウムのギルドでテレポーターの手続きを終えたアイリたちは街の中心部にある巨大な闘技場へと向かう。入口にはここの歴史について簡単な説明が描かれている。
「ここで魔王と戦った王や騎士たちも自分の腕を鍛え上げていったんだって」
「今はここでプレイヤーとCPUが戦ったり、プレイヤー同士の模擬試合ができるようになっている。きっと勝てばレアアイテムとか貰えるはず!これはやるしかないっしょ!」
「ミミ、あまり対戦は……」
「一人にするわけにもいかないし、私はミミちゃんと街中をぶらつくね」
「良いよ。闘技場はソロでの戦いみたいだから。今はゲーム時間で10時すぎ……12時頃にこの場所に集合で」
「うん、わかった」
ユーリが自信満々に闘技場へと入っていくのを見送った後、街中を探索する。王都に近い都市ということもあり、ロマニアと同じく露天商も多いが、売られているのは人間用の武器や防具、ポーションなどの戦闘時に使うアイテム等どれもこれもが戦闘にまつわるものばかりだ。
「う~ん、私は欲しいものはないかな。ミミちゃんは?」
「このイルカさんのペンダント可愛いです。すみません、これください」
「あいよ、10000Gね」
おじさんからペンダントを買って身に着けるミミ。効果としては水属性への耐性と、現状ではあまり意味のない効果だが、ミミにとっては可愛さ優先なのである。
「えへへ、買っちゃいました。似合っていますか?」
「うん、似合っている」
「キャー、ひったくりよ!」
「どけ!」
NPCのおばさんの声が聞こえると、黒マスクの少年が雑踏の中へと入っていく。それを見たアイリたちはその犯人を追いかける。
「ひとごみで前が見えない……」
「大丈夫です。こういう時はわたしの出番です。天啓!」
ミミの頭上に光が降り注ぎ、進むべき道しるべを彼女の脳裏に示す。役に立つかどうかはプレイヤーの運次第だが、ミミは回復力に関わる知力だけでなく運のステータスもしっかりと上げている。さらに、聖女になった時に運が50上がっている。そんな彼女に見えたのは教会の姿。
「見えました。えっ~と、地図で教会があるのは……ここです。きっと犯人さんはここに行ったと思います」
「犯人も見失っちゃたし、そこに行ってみようか」
2人は地図を広げながら、その教会へと向かっていく。闘技場から離れた少し古びた教会、そこに入ると、少年たちがシスターにお金を渡そうとしていた。その少年の一人が先ほどの犯人と背格好が似ている。彼女たちに気づいたシスターが頭を下げて、出迎える。色白で、どこか憂うような儚げな表情を浮かべている若い金髪の女性だ。
「ようこそ、グラストン教会へ。私、ここのシスターを務めているギネヴィアと申します」
「私、アイリと言います」
「ミミです」
「今日はどのようなご用件で? 見たところ、御神の加護を必要としているようには見えませんが……」
「私たち、ひったくり犯を捕まえにきました」
「そこのお兄ちゃんが犯人です」
「何言っているんだ!俺が犯人だって証拠あるのかよ!」
「ドイル、また盗みをしたのですか?」
「それは……」
「ミミさま、私からこのスキルを渡すので、真偽を見ていただけませんか?」
「はい、頑張ります」
ミミはスキル【心眼】を手に入れた
「相手の心を見て真偽を確かめることができる……これでもう一度聞きます。ドイルお兄ちゃん、おばさんからひったくりをしましたか?」
「し、してねえよ……」
ミミの目にははっきりと嘘と描かれている。どうやら、スキルを与えたギネヴィアにもそのことが見えているようで、ゆっくりと頷いて応える。
「嘘ですね」
「聖女様もそうおっしゃっています。それにそのような手段で手に入れたお金は受け取りませんよ」
「う、ううう……」
「おばさんに謝りに行きましょう」
「うん、わかった」
項垂れる少年を連れておばさんがいるひったくり現場へと向かった。そこにはギルド職員に怒鳴り散らしているおばさんが居た。犯人の少年がひったくったバッグを返し、中身を見るが、何も盗まれているものはなかったようだ。
深々と頭を下げ、心の底から反省している彼を見て、冷静になったのかおばさんは「こんなこと二度とするんじゃないわよ!」と言い残して去っていった。
クエスト【ひったくり犯を捕まえて】をクリアしました。
スキルポイント10ポイント手に入りました。
「良いことすると報われるよね」
「はい!」
「やあ、アイリちゃん。君もこの街に来ていたんだね。てっきり、魔法都市の方に言っているかと思っていたよ」
「Arthurさん、こんにちは」
「こんにちは」
「ミミちゃんもこんにちは。ここであったのも何かの縁、一緒にランチってのはどうだい?」
「あっ、もうそんな時間!?」
「ユーリお姉ちゃんとの待ち合わせに行かないと」
「僕は友達と一緒でも構わないよ。ここで待っておくから、行っておいで」
「はい、お願いします」
ユーリを迎えにその場を離れる。十数分後、ユーリを連れてきたアイリはArthurと一緒に近くのカフェと入る。ウェイトレスさんからメニューを受け取り、ランチメニューをみる。
「僕はパスタセット、飲み物はホットコーヒー」
「さっきいい汗流して、お腹も減っているから、私もそれで。飲み物はアイスコーヒー。ミルク・砂糖入り」
「サンドイッチセット。飲み物はミルクティー」
「わたしはケーキセット。のみものはオレンジジュース」
「かしこまりました」
ウェイトレスがメニューを下げ、去っていく。何を話そうかと考えていると、Arthurが真っ先に口を開く。
「この街をまわって見たかい?」
「私はまっさきに闘技場にいったから、まだ。それにしてもArthurさん、闘技場のランキング1位じゃないですか」
「それほどでも。ランキング1位になったことでクエストを受注することになったんだけど、これが中々困るものでね。まだゴールが見えていないんだ」
「Arthurさんでも、クリアできないクエストがあるんですね」
「僕も1プレイヤーだからね。すぐにはクリアできないよ。しばらくはここで情報収集かな。アイリちゃんたちは何かクエスト見つけた?」
「ミミちゃんがひったくり犯を捕まえるクエストを受けました」
「はい。おかげで新しいスキルも覚えたんです」
「そうそうギネヴィアさんっていうシスターにも――」
「「ギネヴィア!?」」
「どうしたの二人とも、大声上げて」
「いや、失礼」
「ギネヴィアって言えば、アーサー王伝説の……」
「待ってくれ。それは地元民の僕から話そう」
ギネヴィア。ウェールズ語において白い妖精の名をもつ彼女は、アーサー王伝説においてはアーサー王の王妃でありながら、ランスロットと恋に落ちて不倫をする。この不倫は円卓の騎士にばれ、ランスロットは数多くの騎士たちを殺害する。この事件により、アーサー王とランスロットは決別し、円卓を崩壊させる引き金となった。
「アーサー王の死後、彼女は修道院に入ってその生涯を終えるのがアーサー王伝説のギネヴィアだ。わざわざNPCのシスターにその名前を付けるとなると、このゲームでは『その後』を描いているのかもしれない」
「でも、ギネヴィアなんてシスターが居たら、掲示板でも話題になるんじゃない? 今、みているけど、過去ログにもそんな情報は無い」
「いや、可能性はある。何らかの条件を満たさないと姿を見せない特殊なNPCなら、ギネヴィアの存在を見かけなくても納得はできる。問題はその条件だが……味方パーティーに僧侶を入れることが条件か、だが、それなら多くのプレイヤーが条件を満たすはず。となると僧侶から派生する上級職の祭司だとしても合致するプレイヤーは……」
「考えるのは良いですけど、せっかくきたパスタ冷めますよ」
「すまない、考え事をしていると周りが見えなくなってしまうんだ」
出来上がったばかりの料理を食べていく。そして、これだけの情報を聞いたのだからと、Arthurは自身の受けているクエストの詳細について話す。
「僕が受けているのは職業クエスト。メイン武器が補正値ゼロの朽ち果てた剣に強制的に装備されて、サブ武器も使用できなくなるというこまったクエストさ」
「クリア条件は?」
「この剣に相応しい使い手になれ。そう言って花びらとともに消えたよ、その男は。男の正体はともかく、相応しい使い手が何なのか、その手がかりだけでもつかみたいところだよ」
「大変ですね」
「でもやりごたえはある。こういう手探り期間が一番楽しいと思わないか」
「分かる。攻略サイト見ずにゲーム一本クリアしたときの達成感は格別だもの」
ユーリとArthurがゲーマー同士のあつい握手を交わし、フレンド登録を済ませる。そして、今日は僕のおごりだと言って、Arthurが会計を済ませる。
「今日は楽しかったよ。今度はイベントで会おう」
「そのときを楽しみにしています」
Arthurと別れたアイリたちはこれからどうしようとかと話し合う。
「ギネヴィアさんにまた会うのも良いけど、あまり人の過去を詮索するのも嫌だなあ」
「アイリならそういうと思った。じゃあ、この町の観光しましょ。また、そのひったくりみたいなクエストがあるかもしれないし」
「今度は一緒に回りましょう」
3人仲良く、コロセウムを満喫した3人はクランホームへと帰っていくのであった。