第29話 vsファフニール
1日目のレイド戦は日付が変わる前に終了したが、レイドに参加したプレイヤーはへとへといった様子だ。午後6時にモンスターがさらに1段階強化され、レベルが20付近にまで上がり、ロマニアの城壁を後ろにしながら戦う羽目となった。
「城壁援護バフなかったら、ワイら全滅していたかもな」
「そのときはゾンビアタックを繰り返すまでよ。デスペナも所持金が減るくらいだし」
「わたし、ちょっとお金預けに行きます」
「私も行くわ。いくら夜間戦闘用装備でも、レベル20以上はきつそう」
「ワイもちょっと……明日がこれ以上の相手なのは余裕で想像できるし、前衛職は真っ先にやられるからな」
「……言い出しっぺの私も」
「皆で今の所持金全額、ギルドに預けに行こうか」
「「「「さんせーい!!」」」」
夜のロマニアにあるギルドへと向かっていくと、同じように考えていたプレイヤーたちがぞろぞろと列を作って並んでいた。これはしばらく待ちそうだなと思いながら、最後列を並んでいるとArthurとMerlin、その後ろにはガタイのいい粗暴そうな金髪の男と、ホリの深いモデルのような外国人男性が並んで歩いてきた。
「――僕たちが攻撃を始めるタイミングだが」
「Arthurさん!」
「アイリか、君たちもゾンビアタックプランを実行するつもりかい?」
「できれば死にたくないかなぁ」
「こいつが例の?」
「そう。紹介するよ、GawainとLancelotだ。Tristanたちが先にログアウトしてしまったのは残念だ」
「Arthurを追い詰めたおもしれえ奴って聞いたぜ。ん? どこかで見たことある顔だと思ったら、前線でワンコに乗っていた奴じゃねえか!!」
「Gawain、声が大きい。周りのことを考えろ」
「へいへい。読者モデルも顔負けのLancelot様はリアルでもゲームでもお堅いことで」
「二人は知り合いですか?」
「俺たちだけじゃねえよ。円卓の騎士の名前を名乗っている連中は全員同じ大学のサークル仲間だ。先にとられないように真っ先にログインしてやったぜ」
「それにしても、二人のトランスレータはうまくいっていそうなのに私のは変に聞こえるわけ?」
「ウェールズ訛りが強いからじゃないか?」
「そうそう。普通に聞こえるだけでも頑張っている方だと思うぜ。機械が」
「ぐぬぬ」
「僕たちはこれで失礼するよ。今度は落ち着いたところで話をしたいかな」
Arthurたちが街の外に出ていくのを見送ったアイリたちはギルドにつくのは今か今かと退屈そうに待つのであった。
「我が眷属を追い払うとは……異邦人どもをなめていたか」
ファフニールがプレイヤーたちの力を認め、ゆっくりと立ち上がり、巨大な翼を羽ばたかせて異空間から飛びだっていく。神々から財宝を奪ってから久しく訪れていない地上に出ると、ずんと体が重くなる。
「むっ、我に呪いだと……!? これでは本来の力の1/3も出せぬではないか」
だが、何者かの妨害を受けてもファフニールはロマニアの街へと向かっていくのであった。
そのころ、ロマニアの街では1日目の報酬が美味しいと聞いたのか、昨日よりも多くのプレイヤーが集まって、レイドボスについて話し合っている。そして、昨日と同じく町中に響き渡る鐘の音を皮切りに走り出していくプレイヤーたち。
「アイリが突き止めてくれたおかげで、相手がファフニールってのはわかっている。伝承通りなら毒対策は必須!準備は大丈夫?」
「どっかの誰かさんのおかげで毒の脅威を知ったからな。毒対策は万全や!」
「それ、誰のことかな!? ダークエンチャントかけないよ」
「めんごめんご」
「万が一、みんなが毒になってもわたしが治します」
「って、話しているうちに来たわよ!」
ファフニールが紫色の毒ガスをプレイヤーたちにまき散らしていく。広範囲に散布したせいかダメージはそれほどでもないが、毒対策していなかったプレイヤーは毒によるスリップダメージを受けていき、数分も持たないうちにロマニアへリスポーンしていく。
毒のブレスだけでは倒せないプレイヤーがぽつぽつといることに気づいたファフニールは地上へと降り立つ。
「我に歯向かうプレイヤーども!我が怒りを受けよ!」
ファフニールがドラゴンクローを振り回しながら、無事なプレイヤーを薙ぎ払っていく中、それを盾で受けとめたリュウが吹き飛ばされる。
「回復します。ヒール」
「これはうまいこと防御しないとすぐやられるで」
「掻い潜ってもダメージの通りも悪い。リュウ、オカシラさんから学んだカウンターを使って攻撃しよう」
「了解や!いくで!!」
こちらに前進するリュウとユーリに気づいたファフニールが近くにいたプレイヤーもろとも、大きな尻尾で薙ぎ払おうとしたとき、アイリを乗せたケルベロスが突進して妨害する。
『我を忘れたら困る』
「貴様……」
『その様子だと何かされたようだな。ここが最大の勝機!』
「今度はこっちの番、目には目を!毒には毒を!ヒュドラブレス!!」
9つの首を持つ毒竜がファフニールに向かって毒のブレスを吐き、ダメージを与えるものの毒状態にはならなかった。貫通効果はあくまでも確率なのである。だが、毒のブレスで一時の視界を封じたことで、大ぶりになったドラゴンクローをユーリがひょいとかわす。
「カウンタースラッシュ!」
「カウンターシールド!」
2人のカウンター攻撃がさく裂し、並のアタッカーよりもはるかに大きいダメージをファフニールに与えていく。
「ダメージ勝負ならこっちも負けてないわよ!パワースタンプ!」
LIZが渾身の力でたたきつけていく。他のプレイヤーからも攻撃を受けているファフニールは【桜花】のメンバーにかまけるわけにもいかず、その膨大なHPをガリガリと削られていく。
そんなファフニールにもついに転機が訪れる。【桜花】をはじめ、大半のプレイヤーがロマニアへと戻り始めたのだ。現実時間で12時過ぎ、昼食のためプレイヤーがログアウトするからだ。そして、彼らは夕方までログインしてこない。
「なぜ引いたかは分からんが、今がこそ好機!」
ファフニールが翼を広げて、ロマニアへ進攻しようとしたとき、銃弾がさく裂する。
「どうだい、バーストショットの威力は? って言ってもモンスターがしゃべるわけねえか」
「何者だ?」
「ギャーギャー喚かれても我々には分からないのだが……」
「こういうときは名乗るのが礼儀だろう」
「そうね、アタシたちは【アルカナジョーカーズ】。他プレイヤーが抜けた時間を狙って、貴方に挑むPKクランよ」
「そういうことだ。今回はPKじゃないが、狙った獲物は逃がさねえから覚悟しな!」
「おっと僕たち、【Noble Knights】もお忘れなく」
有数の戦力を誇る【Noble Knights】と【アルカナジョーカーズ】の面々が、多数の一般プレイヤーが含まれる昼食ログアウト組の隙間を狙って、ダメージを与えていき、前線を維持していく。
早めの夕食をとった【桜花】のメンバーが戻ると、前線はログイン前よりも押されているもののHPの7割をすでに削られているファフニールが居た。
「すごいわね~、昨日よりもゲージの消費が早いわ」
「敵は1体だけ、広範囲の攻撃はみんなが対策している毒攻撃。残りの物理攻撃は強力だけど、耐えきれない・避けられないわけじゃないとなれば、こうなってもおかしくない。問題は時間ね」
ユーリは現実世界の時間を確認する。間もなく18時になろうとしたところで、ファフニールの動きがピタリと止まる。
「やっぱり、昨日と同じ……」
「狂暴化あるわよね」
「先ほどから同じ面々があの街から出ている……となれば、あの街を滅ぼすが優先か」
邪龍ファフニールの優先目標がプレイヤーからロマニアに変更になりました。
「げっ!?」
「いくらプレイヤーがゾンビアタックできても、ロマニアの城壁が持たないとワイらの負けや」
「戻ってファフニールから街を護るよ」
【桜花】や【Noble Knights】をはじめ、最前線にいた有力クランたちが一斉に街へと戻っていく。だが、彼らが戻るよりも早くファフニールが城壁を攻撃しようとしたとき、1本の矢がファフニールの目に突き刺さる。矢が飛んできたほうを見ると、そこには赤毛のエルフの女性が居た。
「私を前線から遠ざけ、守りにつかせたArthurの手腕、お見事です。このTristan、少しの間、お相手しましょう」
Tristanが城壁から飛び降りながら、弓を連射して片目を潰したファフニールを狙っていく。だが、彼女からの攻撃を警戒していて、矢を叩き落としていく。不意打ちでなければ脅威すらならないと思ったのか、Tristanを無視してファフニールは城壁を壊し始める。
「ラピッドアローではやはり無理か。ならばこれでどうだ!パラライズアロー!」
電撃を纏った矢を放ち、ファフニールに着弾。そこから体表に電撃が流れ、一時的に麻痺らせる。いくらダメージが無くても、鬱陶しくなると思ったのか、ファフニールが雑に尻尾でTristanを薙ぎ払おうとする。
「スキル【縮地】」
一瞬にして距離を取ったTristanが再びパラライズアローでファフニールの動きを止める。一度ならず、二度までも攻撃の手を緩めさせられたファフニールはTristanに猛毒のブレスを吐く。朝の時よりも濃厚なそれはTristanの身体をあっという間に溶かしていく。
「私が負けても最終的に勝てばいい、時間は稼がせてもらう」
「ええい、圧倒的な力を見せつけているというのになぜ諦めない!」
ゾンビアタックを継続しているTristanが奮闘している中、彼らが戻ると、ファフニールが城壁に向かって毒のプレスを吐いて溶かしていた。城壁のHPは【Noble Knights】の予想よりも大分と残っているが、このまま攻撃を受け続ければ、ファフニールのHPを0にするよりも先に城壁が陥落するペースだ。
「こっちも攻撃しているんだが、ついにヘイトを向けられなくなったよ。どうする、Arthur?」
「戦術上、防ぐよりも攻撃したほうが有利だと判断しているゆえの行動だろう。ならば、我々の最大攻撃でファフニールの意識をこちらに向けさせる」
「OK!こっちもマジックエンチャントで味方のステータスをアップさせるわ」
「私もダークエンチャントがあるんで、近くに集まってください」
Merlinとアイリのバフが付いた味方プレイヤーが一斉に各々の最強技・最強魔法を放ち、防御行動をとらないファフニールに襲い掛かる。ゴリゴリに削られていくファフニールのHPゲージ。
「くっ……これほどの攻撃を受けてもなお攻撃を続けるのか!」
「キング、まずいぜ、城壁のゲージがレッドゾーンに入っちまう!」
「しっかりしな、ここが踏ん張りどころよ!」
「こちとら、金食い虫の出血大サービスの大盤振る舞いしているんだ。さっさと倒れろ!」
「夜空の帽子の効果でクールタイム減少!もう一度、パワースタンプ!」
「守る必要が無いなら、ワイもここで切り札使うで!スキル【捨て身】!防御力が半分になる代わりに攻撃力をその数値分アップや!シールドアタック!」
「わたしも回復魔法ばかりじゃあありません。めいっぱいのホーリーショット!」
「Arthurさんも使っていたスキル【連撃】からのパワースラッシュ・連続切り!」
『我の業火を喰らえ!』
「いくよ、ヒュドラブレス!」
【アルカナジョーカーズ】や【桜花】も必死に攻撃魔法や技、スキルを使ってファフニールのHPを減らしていく。そして、彼らの懸命の攻撃、どんな思惑があれロマニアを護るという一念が神にでも届いたのかファフニールに毒が付く。
「これで一気に決めるよ。スキル【ギャンブラー】からのデッドリーブレス!」
毒が付いた相手なら即死級のダメージを与えるアイリの必殺技がリッチから得た【闇の力】や他のバフスキルがかかりながらファフニールに届き、この日最大のダメージ量をたたき出す。
そして、毒によるスリップダメージの後押しもあり、城壁が完全に壊れる前に、ファフニールのHPゲージを0にするのであった。