第22話 vsプレイヤーキラー(前編)
「速いけど、ユーリちゃんほどじゃない。だったら、シャドーミラージュ!」
「ふん。その分身は攻撃に移るのにワンテンポ遅れるのはわかって……なに!?」
後ろに現れた分身即座にダガーを振るってきたのをジャックは紙一重でかわす。明らかにこれまでの挙動とは違う動きに困惑しながらも、ナイフを投げつけ背後にいた分身体を落としていく。
「死霊召喚!」
「サモナーならともかく魔法使いが雑魚モンスターを召喚? そんな魔法聞いてないぞ……スキル【道具回収】!」
投げつけたダガーがジャックの手に戻り、取り囲んできた骸骨剣士を次々と倒していく。召喚された死霊は1体1体が弱い。だが、数が多いため、それに取り掛かりきりになってしまい、アイリから目をそらさざるを得なくなっていく。
「よし、足が止まった。これなら狙える、シャドーロック!」
「急に体が……!?」
「ポイズンショット!」
「なんだあれは、前とは違う!ぐ、ぐわああああああ!!」
ジャックは毒使いであるアイリ対策として高めの毒耐性スキルを用意していた。だが、それをあざ笑う様に貫通していく基本技。しかも今のゲームトップとも呼べるほどの高い知力から繰り出される魔法は彼のHPを大きく減らし、毒を消す暇さえ与えることなくリスポーン地点であるロマニアへと飛ばしていくのであった。
スキル【PKK】を手に入れました。
「プレイヤーキラーをしたことのあるプレイヤーに対し、攻撃力が小アップ。ジャックさんみたいな人に有利がとれるスキルってことだね」
PKに襲われたとはいえ、思わぬ収穫に喜びながら、森を後にする。その様子を彼と同じクランに属しているメンバーに見られていることを知らないまま。
ロマニアにある宿屋の一室で【アルカナジョーカーズ】の幹部が集まっていた。その中でも、アイリに手も足も出ないまま負けたジャックはかなり苛立っていた。
「くそ!あんなガキに俺が!」
「あらあら、随分と無様な負け方をしたわね」
「うるせえ、黙っていろ。クイーン!」
「PKである我々がベスト8とはいえ、ただの少女に負けたことは許しがたいと言いたいところだが、ジャックが戦ってくれたおかげで色々と分かったことがある」
「へえ、何が分かったの? キング?」
「3つ。イベントの後に強力なスキル・魔法を手に入れるチャンスがあったということ。これは我々の探索不足を意味している」
「ちまちま探すの性に合わねえんだよな。掲示板や攻略サイト見ながらの方が早くて済むだろ」
「まだ人が話している途中だ、クラブ。2つは魔法は何らかの条件でレベルアップできる。考察班は使用回数ではないかと推測しているが、まだ誰も到達していない。だが、彼女だけが到達したということは彼女が持つ特異的な魔法、シャドーミラージュによる分身で使用回数を稼いだのではないかと考えられる」
「考察班通りならば、そう考えられるってわけね。最後の一つは?」
「今、彼女の情報を確認していた。フレンドでもない我々が見れるのはレベルと職業だけだが、彼女の職業が魔法使いではなく黒魔導士になっている」
「なんだそれは!? そんな職業、聞いてないぞ!」
「俺も驚いている。掲示板に書き込んで既出の話題か探りを入れてみたが、見知らぬ情報にお祭り騒ぎというわけさ」
【アルカナジョーカーズ】の面々が掲示板を見てみると、
『あのエルフ、またやらかしたの!?』
『忍者じゃないのか……』
『レアジョブとか強いに決まっているやん』
『ただでさえ強いのに、レアジョブ? になるのかよおおおおお!!』
『教えてくれ、どうすればその職業になるんだ!』
『【桜花】に入らせてください、お願いします』
『おおおおおまままえええらららら、餅つけ!』
てんやわんやの大騒ぎとなっており、【桜花】のメンバーに対し、乞食やカキコを要求しているほどだ。しばらくは収拾がつきそうにもない。
「これほどの不確定要素を抱えていれば、さしものジャックもやられてやむなしだろう」
「ちっ、あの女がとんでもねえパワーアップしたのはわかった。だが、どうするつもりだ」
「狩場は変えない。たった1人のプレイヤーを恐れたと他のプレイヤーになめられてしまうからな。だが、負けっぱなしではPKクランの名に傷がつく。ここはクラブ、ダイヤ、スペード、ハートはPKをして、数字持ちのメンバーに狩りに専念させるように。クランの戦力の底上げは重要だからな。ジャック、クイーン、そして俺がその少女にPKを仕掛ける」
「ふらついているジョーカーはともかく、エースは出なくていいの?」
「……今日は1日仕事でログインできないとのことだ」
「おいおい、土曜の夜も仕事かよ」
「前のイベントに出られなかった社畜のエースだ、格が違う。情報は伝えておく。最低でも我々3名で彼女の情報を丸裸にする!」
気合いが入る【アルカナジョーカーズ】の面々たち。アイリに奪われたプライドを取り戻すため、彼らは次の機会を楽しみにしていた。
「ここの森にもカタツムリはいるんだね」
【アルカナジョーカーズ】との戦いを避けるため、はじまりの街の近傍の森に来ていたアイリはさっそく、前回と同じく無数の分身体と骸骨剣士を作ってカタツムリを倒していく。カタツムリのレベルが低いせいで紫陽花のドロップ個数は1~2個と少なくなっているが、その分倒すスピードは速くなっており、総合的に見ればトントンかやや少なめで終わりそうなペースだ。
「うんうん。あとは待つだけだね」
シャドーロック中はその場から大きく離れることができないアイリは大人しく、昨日の本の続きでも読もうとしたとき、背後からナイフが突き刺さる。
「いたっ! 防御上がっていなかったら死んでいたかも……」
「おいおい、確実に決まったのになぜ生きてやがる」
「その声は昨日のプレイヤーキラーさん。後ろにいる人は?」
ジャックの背後から、口元をマフラーで隠している目つきの悪いお兄さんとLIZと比べると色気のある赤髪の女性が出てくる。
「俺はクランリーダーを務めているキング。そして、彼女はサブリーダーを務めている……」
「クイーンよ。よろしくね、お嬢ちゃん」
「よろしくお願いしま……うわ!」
地面から棘が出てきたのを慌てて立ち退く。アイリに自己紹介は不要と言わんばかりに、態勢を崩されたアイリに対してジャックがナイフを持って襲い掛かってくる。
「前は油断したが、今度はそうはいかねえ!スキル【加速】!」
「ユーリちゃんと同じスキルなら、シャドーダイブ!」
「その技は既に研究済みだ。もう一度潜るには一定時間のクールタイムが必要だということもな。クロスブレード!」
キングの2本の剣によってエックス字に切られるアイリ。戦士でも半分は持っていかれるその攻撃を喰らっても、1/3程度しかHPが減らないことにキングは舌打ちする。
「並のタンク以上には硬い……魔法を使っている様子はないことから、その見知らぬ装備かそれとも隠しているスキルか……」
「どっちでも関係ねえ!五月雨突き!」
高速で突くことで、無数に分裂する刃。それを見ながら、自身の後ろからこちらに向かわせてきている分身体をチラリとみる。
(大丈夫。もう少ししたら、私の分身がシャドーダイブの射程内に入る。まずは距離をとって、立て直す)
「おっとそうはさせないよ。ローズウィップ!」
地面から生えてきた薔薇の鞭で後ろにいた分身体がかき消される。ジャックの猛攻で回復させる間を与えず、じわじわと削られるHP。シャドーダイブやシャドーロックを警戒し、後ろで待機しているキング。スキルで戦場を俯瞰し、周りから増援が来ていないか確認しているクイーン。3人の連係プレーはアイリをこれ以上までなく苦しめていた。
「ここから逆転できるとしたら、コレしかない。ケルベロス召喚!」
ジャックの足元に魔法陣が展開され、何らかの魔法が飛んでくると察知した彼はすぐさま距離を取る。そして、かつての強敵であったケルベロスがプレイヤーキラーたちに吠える!
「なんだありゃああああああ!?」
「雑魚モンスターの召喚はわかるとしても、あれはボスモンスターじゃないの!?」
「なるほど、あれが彼女のジョーカーというわけか……」
『ずいぶんとやられたようだな』
「ジャックさんたち、かなり強かったから呼んじゃった」
「だが、いくら強いモンスターと言えども術者を倒せば!スキル【加速】」
『いかせるとでも?』
ケルベロスが炎を吐き、今度はアイリの前に炎の壁を作る。加速しながら突っ込んだジャックは急に止まることができず、炎へダイブ。今度ははじまりの街へとリスポーンするのであった。
「まずはアレをどうにかするよ。アタイが動きを止めている間に。ローズロック!」
「了解した。スキル【一斉開放】一気に行く!」
全てのスキルを一度に使用でき、単独で使う場合よりも強化される【一斉開放】を使用したキングが猛スピードでケルベロスに近づいていく。当たれば文字通りの必殺技ではあるが、その彼の努力をケルベロスは鼻で笑う。
『ぬるいわ!』
巻き付いた薔薇のツルを引きちぎり、飛び込んできたキングをカウンター気味に噛みつき、捕食する。火力で劣るクイーンになすすべはなく、抵抗する気もない彼女はケルベロスに踏み殺されるのであった。