第21話 梅雨イベント
現実では長続きしている梅雨もゲーム内では気持ちいほどの晴れ晴れとした天気の中、クランホーム内に【桜花】のメンバーが全員集合していた。目の前にはでかでかと、次のイベントの告知が張り出されている。
「というわけで運営からのイベントがこの前、発表されたわ」
「えっ~と、梅雨で大繁殖した巨大カタツムリを倒して紫陽花をゲット。集めた紫陽花とアイテムを交換するんだよね」
「そう。パーティーを組んでももらえるけど、その場合は報酬が平等に分けられるから、最大で1/6まで減る(小数点以下切り上げ)。効率よく紫陽花を集めたいならソロが推奨されるイベントだね」
「わたし、ソロは苦手です」
「大丈夫や、お兄ちゃんがおるで」
「装備は一新したけど、戦闘は得意じゃないからパーティーくみたいわ」
「じゃあ、LIZさんも一緒にワイらのパテやな」
「私は一人でも。アイリはどうする?」
「う~ん、たまにはソロ活動も良いかな」
「決まりやな。【桜花】でどのパーティーが多くの紫陽花を集めるか競争や」
「じゃあ、ドベはゲーム内で晩御飯おごるってのはどう?」
「よ~し、負けないよ!」
ちょっとした罰ゲームを設け、【桜花】はイベントの間だけ、ライバル関係となってイベントに参加するのであった。
イベント開始時間は過ぎているものの、アイリは装備を整えようと武器屋に来ていた。中にいたのははじまりの街にいたおじさんとうり二つのキャラが店主を務めていた。
「ほう、魔導士さんがウチに来るなんて珍しい。たいてい魔法都市で買うモノかと思っていたよ」
「ははは、まだそっちには行けなくて……」
「何か事情があるとみた。残念だが、ウチで魔法都市産の装備は取り扱ってな……ちょっと待ってくれ。確か……」
店主が店の奥に行ってガサゴソと何か探し出し始める。しばらくすると、古ぼけた箱から黒いローブを散りだしてくる。
「こいつはご先祖様がこの街に流れ着いた魔女から頂いたローブらしい。だが、使い手を選ぶらしく誰も装備できぬまま、こうやって保管だけされていたんだ。黒魔導士のアンタならもしかすると……」
店主から渡された漆黒のローブを着てみると、何の抵抗もなく装備することができ、黒魔導士らしさが出てきた気もする。
「黒魔導士のローブ……最大MP+20、最大MPの1/4の数値だけ防御アップ。今、装備品を合わせると190だから+48!? 旅人シリーズの目じゃないよ」
「やはり、俺の目には狂いはなかった。これ、アンタにあげるよ」
「えっ、でもお金は……」
「いいんだ。だれかに使ってもらったほうがこいつも喜ぶ」
「ありがとうございます。おじさん!」
アイリはうれしさのあまり、他の装備を買うことを忘れて武器屋を出てしまう。その後、雑貨店でケルベロス戦で大量に消費したポーション、売っていた「耐呪のネックレス」を装備し、そのほかの店も回りながらも、アイリは町の外へと向かっていく。
「カタツムリってどこにいるんだろう……山や荒れ地にいるイメージは無いから、やっぱり行くとしたら森かな」
行き先を決めて、アイリは魔法都市側へと歩いていく。鬱蒼と生い茂る森の中、歩いていると人ほどの大きさのカタツムリとバタリと出会う。のっそりとした動きで逃げられることは無いだろうが、自分とほぼ同じ大きさとなると中々に迫力はある。
「で、でかい……た、倒せるかな。ポイズンショット!」
ジュワと音を立て、一瞬にしてカタツムリが溶け、その後には数個の紫陽花が落ち、イベントのポイントが加算される。
「……これ、結構倒さないといけないよね」
交換数を見ていると、今、アイリの狙っているランダムスキル書はそれなりの数を要求しており、このペースなら100匹どころで済むような話ではない。
「う~ん、カタツムリを探すためにも手数が欲しいな……」
アイリがどうしようかと考えているとキラービーの巣を見つける。ここにいるキラービーははじまりの街にいるものよりもレベルが高く、それにともない技も増えて、その厄介性はパワーアップしている。ポイズンミストで一掃していたころを懐かしく思っていると、アイリの脳裏に電撃が走る。
「そうだ。巣から出てくるキラービーの大群を利用して……えい」
小石を投げて巣を揺らすと、キラービーが群れて飛び出してくる。その瞬間、シャドーミラージュを唱えて、数多の分身体を作りだしていく。
「ポイズンショット!」
元々の高い毒耐性に加えて、先ほどの防具で防御性能が向上したアイリに、キラービーはまともなダメージを与えられずにいた。
「残り数匹……シャドーロック!」
アイリの影がキラービーの影に向かって伸びていき、一つに交わる。その瞬間、キラービーの動きがピタリと止まる。
「よし、これで戦闘状態を維持しておいて……死霊召喚!私の分身さんたち、骸骨さんたち、カタツムリの討伐よろしく!」
キラービーの群れを利用して作り上げた何十体の分身体と100は優に超える骸骨剣士が一斉に森の中へと消えていく。そして、しばらくすると、ポイントのカウンターがカチカチと上昇していく。
「これなら楽できていいね。さてと、本屋で買った小説でも読もう」
時間つぶしにゲーム内で買った恋愛小説を読み始め、のんびりと過ごすことにした。その足元ではキラービーが必死に逃げようとあがき続けているのだが……
アイリが区切りの良いところで読み終わると、すでに日は傾き始め、間もなく夕方になろうとする時間帯だ。
「集めた紫陽花の数は……初日で323個!? 1回の戦闘で3個落ちたとしても、カタツムリ100匹以上を倒しているんだ。数は暴力っていうけど、よく魔法の支援なしで倒せたね。スキル書が1000個だから、1日に2回ログインすれば、明日中には目標数に届きそう」
イベント期間は2週間と長いが、表向きでは真面目な学生のアイリにとって平日にゲームを長時間することは難しいため、土日中にはある程度終わらしておきたかった。そのため、次もこのペースで紫陽花を手に入れられるなら、十分すぎる成果だ。
暗くなる前に帰ろうとしたとき、突如、愛理に向けて刃が飛んでくる。近くにモンスターが居れば、流れ弾と思うが、あいにく、愛理の周りには何時間も拘束された後、ポイズンショットで跡形もなく消し飛んだキラービーだったもの跡しかない。
「おうおうおおう、良くも俺たち、【アルカナジョーカーズ】のシマで荒らしてくれたな!」
「貴方は?」
「俺は第1回イベントのとき、てめえと同じベスト8だったジャックだ!」
「ごめんなさい、反対側のブロックにいた人は覚えてないです」
「くそ!Lancelot、あの優男に負けていなければ……」
苦い思い出がよみがえったのか、スキンヘッドの強面の男がアイリを睨めつける。
「てめえはここで殺す!」
「プレイヤーキル!? でも何の得もないって……」
「あるさ。雑魚を倒しても、こっちに来る輩は出てくる。だが、ここでお前を倒せば、他の連中は恐れてここに寄ってこねえ。つまり、ここにいるカタツムリは俺たちのクランが独占できるっていう話だ!」
「独り占めはだめです」
ナイフを持って切りかかろうとして来るPKジャックに対し、アイリは逃げずに戦うことを決める。