第143話 太陽を撃ち落とす者たち(前編)
愛理たちが今日もやっている東京昏睡事件のニュースを聞きながら、朝食を食べ終えるとさっそくゲームにログインする。どうやら、自分たちが寝ている間にランスロットが倒されたらしく、ムービーが再生される。
ランスロットを倒し、皇居と江戸城から都民のデータを回収したプレイヤーたち。国会議事堂から回収した分と合わせると都民のデータがすべてそろったところで、東京駅にガウェインが姿を現す。
「まさか、ここまで強くなっていたとは……予想以上でした」
『マーリン、この場はお前に任せる』
そう言い残すと、モルガンは空間の維持をマーリンに丸投げして東京へと向かう。対峙する二人に重く冷たい空気を感じたプレイヤーたちは邪魔にならないように後ずさり、その行く末を静かに見守る。
「もう、お前の企みは潰えた。戦力差は1対多数。人質もすべて取り返した。チェックメイトだ」
「ククク……」
「何がおかしい?」
「私が手にしている人質が都民だけだとでも?」
「まさか!?」
「貴方たちが戦っている間にこの世界にある軍事基地のコントロールを得ました。その証拠に明日の12:00、各国の主要都市にミサイル攻撃を仕掛けてあげましょう」
「オーディン……間に合わなかったか」
「いえいえ、ここまで引き延ばされたのは彼の活躍があってのこそです。それにこの程度の策、貴女にも思いついたでしょう、母上」
「………………」
「俺は貴女の意思を引き継ぐ。ただそれだけです」
「……そうか、ならば、私自身の手で止めさせてもらうとしよう」
「貴女にできますか、この太陽の加護を持つ私に!」
「ほざけ、アビスシャドー!」
「またそれですか。ですが、その程度の数で惑わされるような私ではありませんよ」
「誰が惑わせるためだといった? 【連続魔法(極)】【高速詠唱(極)】アビスシャドー!」
真昼間なため、1回あたりの分身の数は少なくなっているが、複数回重ねがけすることで周りのプレイヤーが圧巻するほどの分身が現れる。
「その分身ごと葬ってあげましょう。エクスカリバー!」
「ふっ、弟子を持つのも悪くはない。生前の私に足りなかったのはそういった人物かもしれん」
「何を言っている!」
「少しばかり真似させてもらうぞ。ロンゴミニアド!」
モルガンの分身たちがロンゴミニアドを投げつけると、それを一つに束ねて巨大なロンゴミニアドを作り上げる。それはかつてアイリがモルガンに放ったフェイク・ロンゴミニアド・ディープインパクトの本物版、ロンゴミニアド・ディープインパクトであった。
「よし、エクスカリバーを押しているぞ!」
「これで――」
「やったかと思いましたか?」
「なに!?」
「ガラディーン、そしてエクスカリバーの所有者になってどれくらいの年月が経っていると思っているのです? 貴女がロンゴミニアドを束ねたように、今の私は2つの聖剣の力を同時に引き出すことも可能。我が修羅の道を阻む者を焼き払え、エクスカリバー・ガラディーン!」
エクスカリバーの斬撃に炎がまとわりはじめ、モルガンのロンゴミニアドを押し戻していく。両者、似たような攻撃ではあるが、ガウェインが本物の聖剣を束ねているのに対し、モルガンが束ねているのは偽のロンゴミニアドだ。
「所詮、偽物ではいくら束ねようと本物には勝てない!滅びろ、亡霊!」
「くっ……すまない……」
モルガンが吹き飛ばされ、ガウェインとの力の差をプレイヤーたちに見せつける。倒れているモルガンに確実なとどめを刺そうとガウェインが近づいた時、療養中であるはずのソロモンが中に割って入る。
「この女は俺が引き取らせてもらう」
「私が見逃すとでも?」
「安心しろ。余はこれ以上手出しするつもりはない」
「取引になっているとでも?」
「余よりも戦うのにふさわしい者がここにいるからな」
ソロモンがそういうと、プレイヤーたちが一斉にガウェインに襲い掛かり、混乱に乗じてソロモンが気を失っているモルガンを連れて元の世界へと戻る。かくして、レイドイベント最終バトルが始まるのであった。
「で、どういうギミックがあるわけ?」
「ガウェインを倒そうとみんなで攻撃したんやけど、全ての攻撃がダメ1になって全く通らんのや」
「すると、マーリンが『おそらくこの世界のどこかに彼に力を与えている聖杯が隠されているようだ。それを破壊しない限り、彼を倒すことはできないだろうね』と言ってきたのよ」
「というわけで足止め係と探索係に分かれて東京中を走り回っとるちゅうわけや」
「なるほど。イベントの残り時間もあるし、すぐに気づく所にありそう」
「一応、大手クランが東京の外周からローラーをかけとるで。今のところ、成果無しやけど」
「それなら、私たちは東京駅起点でもう一度、調べたところを洗いなおしましょう」
「そうだね、聖杯が東京タワーに出現なんて可能性もありそうだし」
「これまで、都民のデータがあった場所と円卓の人たちと戦った場所を探すよ!」
「「「おー!」」」
元気よく【桜花】が飛び出し、これまでの戦いを振り返りながら敵が居なくなった東京を駆け巡る。東京タワーや皇居などをじっくりと調べるも刻々と時間が過ぎていく。大手クランからも聖杯が見つかったという報告はなく、探索地域を黒く塗りつぶされた地図が掲示板で共有されながら、探索が続く。
「そろそろログアウト時間だね」
「うん、これは探索方法を考え直したほうが良いかもしれない」
「ワイらも、インターバル中にどこ探すか考えておくで」
「私たちもそうする。また夜に」
アイリたちがログアウトして前もって作っておいたサンドイッチを食べていると、東京昏睡事件の被害者全員の意識が戻ったとニュースで話題になっていた。
「クリスちゃん、良かったね」
「はい!ダディからも家に帰れると連絡がありました」
心配事もなくなり、笑顔になったクリスをうれしく思いながら、話に花を咲かせていくアイリたち。その一方で、運営側は悲壮感を漂わせていた。
「マーリンのいうことが正しいなら、イベント終了直後にミサイル攻撃がくる……ってこと!?」
「まあ、そうなるな」
「ニュースはどうなっている?」
「昏睡事件の話題ばかり。まあ、軍事基地が何者かに掌握されたなんて死んでも報道されるわけねえよな」
「つまり、プレイヤーがクリアしてくれたら何もなかったことになるよな」
「で、どこに聖杯は隠されているんだ?」
「知らん。俺の脚本にない」
「ついでに言うと、俺もガウェインのパラメーターをあそこまで上げたつもりはない。それに夜間に攻撃すれば削りやすくはなるはずだが、一日中昼だし」
「…………さてと、2サーバーは……Normalになっているな」
「というより、Hard選んでいるユーザーがいるの1サーバーだけだぞ」
「難易度上げすぎたな。次は下げとけよ」
「……わかってるって。でもまあ、聖杯の有無を仕様でごまかせる分よかったのか?」
仕様外のことが起こりすぎて運営は胃が痛くなりそうな1サーバーの戦いを見守るしかできなくなっていた。
その夜、世界の危機が起こっていることを知らない愛理たちは再びゲーム内にログインする。黒塗りの個所は順調に増えており、東京の半分以上を埋めていても未だに見つからない。残された空白地域にある有名な場所を中心に回る【桜花】や他のプレイヤーたち。それでも、時間は無情にも過ぎていく。
「一体、聖杯はどこにあるのよ!」
「地下とか海の中ちゃうんか?」
「海はにゃんにゃんクラブが探索済み、今は地下道・地下鉄含めて探索中よ」
「一体、どこにあるんだろう……?」
アイリはふと足止め部隊と戦っているガウェインをみる。戦いを引き延ばすことが目的である彼らは無理な攻撃を仕掛けず、ガウェインを包囲しているに過ぎない。だが、アイリが見た彼の姿はまるで焦っているようには見えない。
(私たちがもし聖杯の場所に近づいているなら、それを止めようと包囲網を突破してくるはず。それだけの火力があるんだから)
アイリはモルガンすら倒したあの一撃を思い出していた。つまり、ガウェインからすればその一撃を繰り出さなくてもいつでも突破できる程度の包囲網なのか、それとも自分たちが見当はずれの場所を探しているかだ。
(もし、それが正しいなら聖杯はどこにある?)
アイリは思考を巡らせる。今、東京中を探し回っている。海の中、地下、地上、建物の中。考えられる場所は全てだ。もちろん、空白地域のどこかに隠されていて、まだプレイヤーが近づいていない可能性もある。
(だけど、その可能性を外せば答えは出てくるはず。地下でも海でも地上でもない場所。例えば、空。アドバルーンとか航空機とか)
だが、ここは現在の東京を再現したTOKYO。一昔前ならば見れたアドバルーンは存在せず、空港はあっても空を飛び交う飛行機は存在しない。鳥一匹も飛んでいない。
(だったらもっと遠く、例えば人工衛星とか)
その考えにたどり着いた瞬間、アイリにひらめきが走る。最初のムービーでNPCの住人がスマホを使えなくなったことから、今、この瞬間に人工衛星があるかどうかまでは分からない。下手すれば、イベント前はあったが、イベント中は無い可能性まである。月も星も夜が来ないこの世界では確認できない。だが、この世界においてただ一つ、確実に存在すると保証できるものがある。
「まさか、そこにあるの……」
アイリは雲一つない青い空を眺める。そこには太陽がギラギラと燃え盛っていた。
そう答えは最初から提示してあったのだ。プレイヤーたちに最もわかりやすい場所に。