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瓶の悪魔は眠れない

作者: 宇喜多輝

 悪魔、という存在を知っているな?

そう、人の願いをかなえてやる代わりに魂をもらう。それが悪魔だ。


 『悪魔の願いは必ず不幸せになる』?

くくく…人聞きの悪いことをいわないでくれたまえ。

言っておくが、私は契約の内容を守らなかったことは一度もないぞ?

契約の結果、人間が不幸になったとしてもそれは契約に従っただけであって、私には関係がない。

そう…契約の内容を正しく理解できていない人間が愚かなだけで、私のほうを悪く言うなどお門違いというものだ。


 ふふふ…愚かな人間がいなくならない限り、私の仕事もなくならないのだから、ありがたい話ではあるがな…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さぁ、今日も張り切って人間をだま…げふん…契約を結ぶことにしよう。

契約を交わすにはいくつか方法があるが、今日は古典的な方法である『瓶の悪魔』で行こうか。


 なに?お前は『瓶の悪魔』も知らないのか…。

なにをきょとんとした顔をしている。お前だ。お前。この小説を読んでいるそこのお前だ。

 ふん…まぁ知らぬものは仕方ない、説明してやろう。お前は契約者ではないし、住む次元が違うのでは魂もとれぬからな。


 瓶の悪魔とは、その昔、私の先輩悪魔が編み出した契約を結ぶ方法のことだ。

やり方としてはまず、悪魔である私が瓶の中に入り、人が通りそうな場所にさも怪しげに瓶を置いておく。

そして人間がこの瓶を手に取ったら声をかけるのだ。

この時、人が通らない場所はまずいが、あまり人通りの多い場所もまた避けたほうがいいな。

なぜなら瓶の中から私が声をかけても、周りに人眼があっては答えてくれないからな…。

そこらへんは腕の見せ所だ。

 

 さて、首尾よく声をかけることに成功したら、私はある契約を提示する。

それは

 ・不老不死以外の願いをなんでもひとつだけ叶える。(数は一つだけ)

 ・ただし契約した人間が死ぬ際にこの瓶を持っていると、その人間は地獄に引きずり込まれ、その魂は永遠に責め苦を味わされれることとなる。

 ・瓶は捨てることも壊すこともできない。手放す方法はただ一つ、買った金額より安い金額で誰かに売ること。その際、この瓶の説明は必ずしなければならない。


 この条件を人間が飲めば契約は成立だ。

ふむ、お前はこの契約の罠に気づけたか?頭のよい者ならすぐに気づくかもしれんな…。

『いいから早く説明しろ?』だと?

ふん…せっかちな奴め。もしお前のいる次元に行けたなら真っ先にお前に契約を迫るところだ。お前のようなせっかちで迂闊なものが私の一番の餌だからな。


 種を明かすと、この契約は、もし人間が合理的ならば、どんな値段であれ買ったやつは他の人間に売ることはできない。

どうしてそうなるかということを説明しよう。


この瓶を1円で買ってしまうと誰にも売れない→1円で買うものはいないということはわかるな?

では、1円で買うものがいないなら2円で買っても誰にも売れない。ということになるのはわかるか?

あとは同様だ。2円でも売れないなら3円でも売れないし、100円でも売れないし、100万円でも売れない。

つまりいくらで買っても次の売り手がいないわけで、最初に契約したやつは私の餌食になるということだ。


 じゃあ詐欺じゃないかって?いやいや…契約条件はしっかり説明しただろう?わからないほうが悪いのさ…。


おっと、話をしているうちに中々よさそうなカモ…げふんげふん…契約を結びそうな者がいたじゃないか。

さて、今日も人間の魂をいただくことにしよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(今日も仕事疲れたな…)

 俺は夜、仕事が終わったあと、住宅街の中を家へと向かって歩いていた。

(会社も軌道に乗ってきたけどまだまだ……ん?あれはなんだ?)

 ふと気づくと、目の前の道に怪しげな瓶が落ちていた。

(なんだろう…落とし物っぽい感じはしないけど…中に何か入ってるな…)

 なんとなく拾ってみた俺は中をしげしげと見つめた。

(人形…か?こういうのなんて言うんだっけ。悪魔娘?それにしてもいやにリアルだな。)


「おい人間。」


 高い物だったら交番に届けなきゃな…などとつらつら考えていた俺は、突然の声に驚いた。

「は?…え?」

 瓶の中に入っている人形が動いて、俺に向かってしゃべっている。

「聞こえているんだろ?まぁ悪魔を見るのが初めてであれば驚くのも無理はないか。」

「あ、悪魔?」

「そう、悪魔だ。つまり、お前は悪魔と出会えた幸運な奴だ。」

「幸運…なのか?」

「そりゃ幸運だろう。願いをなんでも叶えてもらえるんだからな。」

「悪魔の契約ってやつか。」

「ほう、わかっているとは話が早いな。その通りだ。私はお前と契約を結びたい。なに、お前に損は何もない契約さ。」

 悪魔は俺に契約内容を説明した。

「んー…つまり、俺はお前と契約して願いをかなえてもらった後、誰かにこの瓶を売ればいいんだな?」

「そういうことだ。私としては、人間の魂が必ず手に入るのであればだれでもいいのさ。お前が誰かに売ってくれれば、私はそいつの魂をいただくことにするよ。」

「…なるほどな」

 俺はしばらく考えていた。

「どうする?早く答えを出してくれないか。お前がいやだって言うんなら私はさっさと次の人間のところに行きたいんだ。」

「わかったよ。…なぁ、一つだけ教えてくれ。売るのはいくらでもいいし、誰でもいいのか?」

「あぁ、構わないぞ。好きに売るがいい。もし売れるならの話だがな…くくく。」

「よし、じゃあ契約する」

「なに!本当か!?本当に契約するのか?」

「何度も言わせるなよ」

「よしよし、わかったわかった。ではさっそく契約といこうじゃないか。」

 悪魔と名乗る人形が指をふると、俺の目の前に怪しく光る羊皮紙が現れた。

「…くくく。一度結べば絶対に取り消せない契約だ。しっかりと確認してからここにサインするがいい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(ふふ…あははははは!やはり人間は愚かだな。たいして考えもせずに契約を結ぶとは…。)

(一度サインをもらえばこっちのものだ。仮にこいつが他の馬鹿に売ることができたとしても、そいつの魂をもらえばいい。)

(私はいずれ確実に魂を取ることができる…!

(やはり先達の編み出した手法は素晴らしいな。こうも簡単に契約が取れるとは…。)


「サインしたぞ。」

「あぁ、確認した。これで契約は成立だ。どうする?願いは今ここで叶えるか?せっかくの願いだ。よく考えるといい。」

「ここで叶えてもらう。というかもう願いは決まってるんだ。」

「なんだ?言ってみろ。すぐに叶えてやろう。金か?地位や名誉か?お前のことが大好きな絶世の美女でもいいぞ?」


「俺を家まで運んでくれ。」


「…………」

「…は?」

「聞き間違いか?その、家まで運んでほしいと聞こえたんだが。」


「それであってるって。『家まで運んでくれ。』これでちゃんと聞こえたか?」

「いや、その…。お前がよいのならいいのだが…本当にそれでよいのか…?願いは一つだけなのだぞ?」

「いいって言ってるだろ。早くしてくれ。」

「わ、わかった。まぁ価値観は人それぞれだからな。よし、叶えてやろう。」

 私が指をぱちんと鳴らすと、住宅街の道が消え、かわりに綺麗に片付いた真っ暗な部屋が現れた。

(人間にしてはだいぶ豪勢な家に住んでいるではないか…。)

 人間は手慣れた様子で部屋の電気をつけると、私の入った瓶を机の上に置き、ソファにどっかり座ったかと思うとくつろいだ様子でテレビをつけた。


「お、おい!お前、なにをしている?」

「なにって、テレビ見るんだけど?」

「それはわかっている!私が聞いているのはそういうことではないぞ。願いをかなえた以上、早く私を売り払うべきだろう!」

「んー。たしかに仕事を明日に残すのは嫌だな…。よしじゃあ今済ませちゃうか。」

「そ、そうだろうそうだろう。早く済ませるといい。」

(こいつはなんなのだ…。どうでもいい願いに魂を懸けたうえ、なにも考えていないような行動をとる…。わけがわからないぞ。)


 人間はカバンからパソコンを取り出すと、なにやら作業を始めた。


「何をしているだ?それは?」

「ん?これ?この瓶の売買契約書を作ってる。」

「ば、ばいばいけいやくしょ…?」

「そうそう。一応口頭でも売り買いは成立するんだけど、社内の管理を考えると一応書類は残しときたいかなって。」

「しゃない…?しょるい…?お前、いったい誰に売るつもりだ?」

「俺の会社。」

「お前の会社!?」

「そう。俺が俺の会社に売って、そのあと俺の会社が俺に売ったって契約書を作ってる。これで、瓶の所有権は動かずに俺はもう一度願いを叶えられるだろ?」

「ま、まあたしかにそういうことになるが…」

「よし、とりあえず俺用と会社保管用と2枚ずつ印刷して…これに角印と、俺個人の印鑑をっと。よし。なぁこれでいいだろ?」

 人間は私の前に計4枚の紙を突き出した。

「…た、たしかに。これで大丈夫だ。買値もきちんと前より安くなっている…。」

「これで売買契約は成立だな。じゃあもっかいなにか叶えてもらうかな~。あ、そういやコンビニ寄るつもりだったんだった。近くにファミマあるからさ。ファミチキ2つ買って来てくんない?」」

「ファミチキ!?悪魔の力でファミチキ!?」

「あぁそうか、買ってくる必要もないのか。じゃあファミチキ2つ出して。」

「お前は……いや、わかった。まぁ、好きにすればいい。ファミチキを出せばいいのだな。」

また指をぱちんと鳴らすと、机の上にほかほかと湯気が立ったファミチキが現れた。

「おぉ…すごいな。しかも揚げたてだ。」

「ふ、ふん…そうだろう!悪魔の力はすごいぞ?ファミチキなどと言わず、札束を山と積み上げてもよいし、この国の総理になることも…」

「そういうのいいから。とりあえずお前もこれ食えよ。」

 人間はそう言って私が出したファミチキのうち、ひとつを瓶の口に近づけてきた。

(ふん、もしかしてこれが狙いか?こうやって恩を売ることで私が魂を回収するのをやめるとでも思っているのか?)

「なんだよ、食わないのか?」

「……食べる。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(ファミチキは素晴らしい食べ物だ。人間の発明したものの中でもトップ10に入るな…)

 私が指についた油を舐めている間、人間はまたパソコンで先ほどと同じように契約書を作っている。


(どうやらこの人間は思ったより頭が回るようだ…。だが根本的な問題はなにも解決していない。)

(そう、たしかに自分の会社との売買を繰り返すことで、願い事を増やすことはできた。)

(だが、「前の契約より安く売らなければならない」という制約がある限り、願い事を無限に繰り返すことはできない。)

(いずれは願いもできず、他人に売ることもできなるだろう…。)

(私はそれまでゆっくりと待てばいいのだ。くくくくく…。)


「あぁそうだ。言い忘れてたけど。次の契約から支払いはビットコインにするから。」

「え?び、びっとこいん…?それはなんだ?」

「仮想通貨は知らないのか?まぁ紙幣とか硬貨がないお金だと思ってもらえればいいよ。で、さっき見せた契約書が600万円で瓶を売ったからとりあえず次は1ビットコインだな。それ以降はとりあえずしばらく0.001ビットコインずつ下げて契約書を作っとくから」

「は!?ちょっと待て。0.001とかそんなのダメだろ!」

「なに言ってるんだよ。契約書にはそんなこと書いてなかっただろ。仮想通貨がダメとも書かれてなかったし、最低いくらで売らなきゃいけないとも書いてなかったじゃん。ちゃんと取引所で取引するし、契約書もこうやって残す。ちゃんとした売買だぞ。」

「いや、それはその…常識的に考えて!」

「悪魔が常識とか言うなよ。とりあえず値段が低くなったら前の100分の1、1000分の1って分割して売買するから。これで無限に願いは叶えられるな。」


「そ、それじゃあ…」

「長い付き合いになるだろうが、これからよろしくな!」


「もう契約はいいから、取り消してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「何言ってんだよ。契約書は取り消せないって言ったのはお前のほうだろ?」


 契約書は内容を正しく理解してから結びましょう!

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