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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

遠くから来て、知らないどこかへ行ってしまった友達

掲載日:2021/09/29

 ホラーは読むのも聞くのも大好きです。

 

 怖いかどうかは自信がありませんが、特に罪のない人が理不尽な目に合います。ホラーなので。

 翔太が小学四年に進級したとき、新しい友達ができた。

 隼人(はやと)という都会から来た少年だ。


 親の転勤とやらで引っ越して来た隼人はひと学年につき十数人しか生徒のいない学校で大層話題の人となった。

 一時は毎日のように人垣ができていたものだ。


 そんな熱狂は一週間もすれば収まる。

 ほかの生徒たちがいつもの友人同士で固まるなか、翔太は隼人の側になんとなく残った。

 たったそれだけのことがきっかけでふたりは友達になったのだ。


 隼人の両親は共働きで、帰りが遅い。それにマンション住まいで遊ぶには狭いこともあり、ふたりは翔太の家に集まることが多かった。

 正確に言うと、翔太の家の隣にある祖父母の家だ。

 祖父母はすでに定年を迎えていて、趣味の家庭菜園を楽しみながら悠々自適の生活をしている。

 いつも忙しそうな母より、顔を出せば歓迎して貰える祖父母の家のほうが居心地がいいのだ。


 都会育ちの隼人は意外にも、ゲームより外で遊ぶほうが好きで、特に初めてだと言う虫取りに熱中していた。

 いつも遊びに来ているからと家事や畑の手伝いも自分から積極的にやるので祖父母はすっかり隼人を気に入ったようだ。

 当然のように夕食を食べて帰るようになり、週末にはふたりで祖父母の家に泊まることもあった。


 寝支度を整え、古い木の匂いがする部屋の中、友達と枕を並べる。

 そんな経験は初めてだったので、必要以上にはしゃいでいた。

 布団を被り、とりとめのない話をするうちにふと、隼人がこんなことを言い出した。


「この村に引っ越してきて楽しいことばかりだけど、夜は苦手だな。真っ暗だし、ものすごく静かだし」


 翔太はよくわからず首を傾げた。彼にとって夜とは真っ暗で静かなことが当たり前だからだ。

 隼人がいた都会は夜になっても薄っすら明るいし、夜遅くても車や電車が走る音がしたらしい。

 そんなに騒がしくて眠れるのだろうか。


 隼人は夜が怖いようなので、もうすぐ蛙が騒がしく鳴くようになるし、明るくはならないけれど、六月には蛍がたくさん飛ぶよ、と教えると喜んだ。

 そのあとも、怖い気持ちを紛らわせようとギンヤンマが棲む池や、オニヤンマをよく見かける場所、カブトムシがたくさんいる雑木林の話をしていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。


 翌日、日が暮れるまでたっぷり隼人と遊び、その日は彼の両親が早く迎えに来たので夕飯前に別れた。

 車が見えなくなるまで見送って、そう言えば隼人が夜を怖がっていたことを思い出す。


 今夜、隼人はひとりで眠るのだ。

 もう田植えが終わったからそろそろ蛙が鳴き始める頃合いだ。

 蛙の声が隼人の恐怖を少しでも薄めてくれればいいと思う。


 そんな話を一緒に見送っていた祖父に話すと「仕方ない」と言った。

 何が仕方ないのか隣の祖父を見上げる。

 薄暮に沈んだ祖父の顔はよく見えなかった。


「あの子はよそから来た子だからなぁ」


 そして、彼の頭を撫でた。祖父は笑っているようだ。


「お前は大丈夫だ。ここで生まれた子だから」


 言葉の意味がわからず首を傾げる彼に、祖父は何も答えず家に入るよう促した。




 祖父母の家に泊まってから数日後、盛んに蛙が鳴き始めて、隼人は驚いていた。


「こんなに一斉に鳴くんだ」


 これから田んぼでおたまじゃくしが見れるようになると教えると、また喜ぶ。

 翔太にとっては毎年同じ当たり前のことでも隼人には珍しくて仕方ないようだった。


 なかでも一番喜んだのは蛍だ。

 蛍を初めて見る隼人は大変感動して、今目の前を飛んでいるのに「来年もまた見たい」と言って、翔太を笑わせた。

 隼人の親が急に引っ越さないかぎり、来年も、再来年も、何度でも見られる。


 翔太と蛍を見たあと、隼人は両親を蛍を見に行こうと誘ったらしい。

 ふたりもまた初めてだという蛍に感動し、さらに涼しい夜の散歩も気に入ったそうだ。

 その日から毎日家族で夜道を歩いていると隼人は嬉しそうに話してくれた。


 一方の翔太も、いつも家事を手伝っているという隼人を見習って、母に手伝いを申し出たら大袈裟なほど喜ばれた。

 自主的にやっていると知った父にも褒められて、擽ったくも誇らしい気持ちだ。


 こうして褒められるのも隼人のおかげだ。

 翔太は隼人に感謝して、ふたりはますます仲良くなった。

 これから先も、ふたりは助けたり助けられたりしながら、いつかは親友と呼べる仲になっていくのだと、信じていた。



 

 新しい出会いのあった一学期が終わり、胸躍る夏休みがやって来た。

 宿題をほったらかす、ことはなく、ふたりは遊ぶために早めに終わらせた。

 隼人の提案である。


 都会の学校に通っていた隼人は勉強が得意で、物知りだ。

 先生には内緒だが、翔太の自由研究は隼人のアイディアである。

 自分の分もちゃんと用意した上で、翔太の研究も考えてくれたのだ。自由研究が苦手なので、とても助かった。


 日記以外の宿題さえ終わってしまえばあとは自由だ。

 ふたりはそれから、ひたすら虫を追いかける日々を送った。

 カブトムシやクワガタムシは勿論のこと、隼人が一番夢中になったのは蝉だ。

 透き通る羽を持つミンミンゼミやクマゼミにすっかり魅了されてしまったのだ。

 たくさんいるアブラゼミと違ってそれらの蝉はなかなか見つからないし、捕まらない。

 しかし、難しいほど燃えるものだ。


 翔太は翔太でオニヤンマをなんとか捕まえたいと虫網を振る毎日だった。

 すいすいと翔ぶオニヤンマを捕まえるのは至難の業で、祖父も一度しか捕まえたことがないそうだ。

 そう聞くとますます燃える。


 残念ながら、夏の間に翔太の虫網にオニヤンマが入ることはなく、隼人はなんとかミンミンゼミを捕まえられたが、クマゼミの捕獲には失敗した。

 お互いまた来年があるさと慰め合い、ふたりの夏休みは終わったのだ。




 新学期が始まり、夏休み気分が抜けた頃、村の秋祭りが近づいてきていた。

 どんどん増える赤とんぼや夜に鳴く虫に気を取られていた隼人も流石に祭りは気になるらしく、どんなものなのか質問された。


 子供の彼らに関係あるのは夜店と花火が上がることくらいだ。

 村唯一の神社では何やら催しがあるらしいが、翔太は参加したことがないので詳しくは知らない。


 祖父の話では、神社の神に野菜や魚のような供物と村の少女たちによる巫女舞を奉納するそうだ。

 その場に立ち合うのは氏子総代や巫女の少女たちの身内だけなので、子供で姉や妹がいない翔太は今のところ絶対に参加できない。


 それは隼人も同じだ。

 彼の場合、氏子にもなっていないので翔太よりも無縁である。

 だからだろうか。

 隼人の好奇心を大いに擽ったらしい。

 見てみたいと言い出したのだ。


「無理だよ」


 翔太はそう否定した。

 祭りの日、神社の参道周辺は夜店が立ち、人でごった返すが、神社の中は関係者以外まったく立ち入らない。

 翔太も普段なら気軽にどんぐり集めに行くが、祭りの間は近づこうとも思わない。

 特に誰かに注意されたわけではない。しかし、自然とそうなっている。


「大丈夫、見つかって怒られても謝ればいいんだ」


 隼人は目をキラキラさせてそう言った。

 これは翔太が駄目と言ってもひとりで行くつもりだ。

 神社の中は鬱蒼と木が茂っているため足元が悪く、とても暗い。隼人は暗闇が苦手だし、ひとりでは危険である。

 翔太は仕方なく、隼人と神社に行くことにした。




 やると決めた隼人はすごかった。どうやったのか、奉納が始まる時間を調べてその前に神社へ侵入する計画を立てたのだ。


「神社の周辺はだいたい調べられたよ。流石にお(やしろ)の中までは下見はできなかったけど。

 隠れる場所は当日見つけようね」


 翔太は度肝を抜かれた。ふたりはいつも一緒にいるのに、いつの間にそんなことをしていたのか。

 所詮、田舎の祭りである。そこまでする価値はないと思うのだが、やる気に火の付いた隼人は止まらない。


 一抹の不安を覚え、祖父に打ち明けようかと悩むうちに当日になってしまった。

 もう翔太の気持ちはなるようになれとやけくそだ。

 隼人が祭り自体よりも神社にこっそり侵入することに興奮しているとはわかっていたが、どうしたら止まってくれるのか、翔太にはわからなかった。


 ふたりは計画通り、日が傾き始めた頃に神社に侵入した。

 参道からではなく、鎮守の森の管理のために設けられた西側の入り口からだ。

 ここから入ると人目につかない社の横手に出る。

 夕暮れ時で、木々が繁っているので神社の中は薄暗い。

 視界が悪い上、足で踏み固められただけの土と木の根でできたでこぼこ道で、とてつもなく歩きにくかった。


 それでも隼人の下調べのおかげか、ふたりは誰にも見咎められることなく境内まで辿り着いた。

 社まで至る石畳の参道は、両脇に篝火がいくつも焚かれ、意外と明るい。

 だから、社の前に人がいるのも、すぐわかった。


 翔太の位置からは横顔だけで、長い前髪のせいで目元が見えない。しかし、体形から男であるのは確かだ。

 白いワイシャツに黒いズボンを穿いていて、年齢は若く見える。

 シャツより白い肌が、篝火のちらつく光のせいかぬらぬらして見え、気持ち悪かった。

 神社の関係者にしては髪が黒いし、ふさふさしているのもおかしい。白髪かつるつるが基本だ。

 それにずっと村で育った翔太でも見覚えのない人物だった。

 一番最近の転居者は隼人の家族だけなので、完全な余所者かもしれない。


「困ったな。あそこにいられると中に入れないよ」


 男の怪しさに気づいていないのか、隼人が小声でぼやく。

 確かに社には背を向けているが、距離が近い。

 少しでも物音を立てたら見つかるだろう。

 流石にこの状況なら諦めるかと思った隼人は、人差し指を立てて「静かに」とジェスチャーするとそろそろと歩き始めた。


 隼人はまったく諦める気はないようだ。

 大胆にも男の目を掻い潜って侵入するつもりらしい。

 巧みに木の影に隠れ、砂利を敷かれた場所を避け、時間をかけて社まで辿り着いてみせた。

 固唾を飲んで見守る翔太に一度笑い、親指を立てて見せてから身をかがめる。

 男の様子を伺いながら、賽銭箱の奥に身体を潜り込ませ、社の中へ繋がる障子戸に手をかけた。


 それと同時に男が、ぐるん、と前触れもなく、身体を捻るように振り向いた。

 隼人はそれに気づいて固まった。

 翔太は喉が引き攣って悲鳴も出ない。

 男は隼人のほうへ振り返り、ゆったり歩いていく。

 すり足気味なのか、歩くたひにザリザリと砂が擦れる音がした。


 隼人は気づかれるようなことをしていなかったはずだ。音を立てることもなければ、男の視界にも入っていない。

 何故見つかったのかはわからないが、きっと、謝れば隼人の無謀な挑戦も許して貰える。

 けれど、翔太の口からは隙間風のような音しか出ず、体が動かなかった。


 男が隼人の元に辿り着いて、覆い被さるように身をかがめていく。

 隼人は目を見開いたまま、男を見上げて硬直していた。

 篝火の薪がパチンと大きく爆ぜる。


 その瞬間、隼人の目玉が裏返った。


 眼球の、白い、本来は見えてはいけない色を晒し、口からは泡を吹いた。

 全身がガクガクと揺さぶられているのかと思うほど痙攣し、傾いていく。

 地面に倒れ伏す前に、男はひょいと隼人を持ち上げた。

 まるで米袋のように小脇に抱えられた隼人は完全に脱力しているらしく、男の動きに合わせ、手足がゆらゆら揺れている。


 男は隼人を抱えたまま、社に向き合う。不思議なことに、するすると勝手に障子戸が開いていく。

 男が細い隙間にするりと体を滑り込ませると、障子戸はまたするすると静かに閉まり始め、最後にカタッと小さく音を立てて閉じた。


 それきり、境内には篝火の爆ぜる音だけが満ちる。

 残された翔太はまばたきすらできなかった。

 恐怖のあまり、頭が真っ白だ。

 隼人が怪しい男に連れ去られたのに、助けに行くのではなく、一刻も早くこの場から逃げたくて堪らなかった。

 けれど、足に根が生えたように動けない。


「あっ、翔太じゃねぇか! こんなとこで何してんだ‼︎」


 翔太が動けるようになったのは、奉納のための人々と共に現れた氏子総代をやっている祖父の友人が見つけてくれたからだ。

 錆びついたブリキ人形のようにぎこちなく振り向いて、つるりとした頭頂を見た途端、色んなものが体から抜けていき、翔太は気絶した。




 翔太が目覚めたのは、祭りの日から三日も経ってからだ。

 母にとても心配をかけたらしく、目覚めると泣かれ、父は何度も翔太の額を撫でて熱を確認していた。

 特に熱はなく、体の不調も感じない。食欲も普通にあったので、その日のうちに布団から出て家族と同じ食卓についた。

 長く寝たせいか、あの出来事は夢のように思えて、明日になれば普通にまた隼人と会えるような気がしていた。


 その楽観は翔太が目覚めたことを知った祖父とその友人が彼に話を聞きに来て脆くも崩れる。

 隼人はあの日から行方不明だそうだ。

 それを聞いて、あの時の恐怖がぶり返した翔太は震えながら質問に答えた。

 祖父はずっと彼を抱きしめ、勇気付けるように背中を撫でている。


 翔太からすべての話を聞き終えると、祖父の友人は少し考え込んだあと、「仕方がないことだ」と言って帰って行った。

 祖父も彼を抱きしめたまま、「仕方がない」と言う。


「あの子はよそから来た子だから、仕方ないんだ」


 翔太はもう、そうなのかとしか思えなかった。




 その後、どうなったのかというと、警察に隼人の行方不明が届けられ、捜索が行われた。

 大規模な山狩りまでしたが、隼人の足跡はまったくわからず、二週間ほどで警察は引き上げていった。

 同級生や村の人々も捜索が終わると共に隼人のことを忘れて、村の日常はなんら依然と変わらない。


 警察か、隼人の両親か、いずれかが翔太に話を聞きに来るかと身構えていたが、結局誰も訪ねては来なかった。

 あの日の翔太は祭りに行くため待ち合わせていた隼人が現れず、待ちぼうけをくらったということになっているらしい。

 まったくの嘘だ。

 祖父とその友人がついた嘘は誰にも疑われず、翔太も真実を言い出せなかったため、事実となってしまった。


 それから一カ月後、隼人の両親がひっそりと村を出て行った。

 隣の、もう少し大きな町に引っ越したのだ。

 翔太は最後まで会えず仕舞いだったので、ふたりがどんな理由で転居を選んだのかは知らない。

 ただ、ふたりが消えても気にかける住民はまるでいなかったことを肌で感じていた。


 隼人がいなくなっても翔太の今日は変わらずやってくる。

 翔太の日常から欠けてしまった隼人の存在に戸惑ううちに月日は過ぎて、いつの間にか進級して五年生になっていた。


 その年に転校生はおらず、いつものクラスメイトと去年と同じ担任教師と、少しだけ難しくなった授業を受ける。

 誰ひとり、翔太以外は隼人のことをこれっぽっちも覚えていない。


 一番の友達は翔太だったが、皆もそれなりに仲良くしていたし、担任は転校生の隼人が馴染めているか気にかけていた。

 なのにこの変わり身に翔太はついていけない。


 隼人を見捨てた罪滅ぼしにもならないが、翔太だけでも彼を忘れないために、夜、明かりを消して布団に包まると、去年のことを思い出すようにしている。

 静かで暗いところが苦手な隼人は今どんなところにいるのだろう。


 五年生になった翔太は勇気を振り絞って、隼人が連れていかれた社の、あの障子戸の中を見に行ったのだ。

 心臓が破れそうなほど緊張したが、あっさりと障子戸は開き、あの日隼人が消えた場所は真っ赤な夕焼けの元に晒された。


 社の中は板敷きで、舞を奉納するための一段高い舞台とその奥の祭壇があるだけの、実に簡素な空間だった。

 驚くほどガランとしていて、隠れるような場所はなく、隼人の痕跡はどこにもない。


 彼は社の先の、どこへ行ってしまったのだろうか。

 翔太にはわからないが、せめてそこは明るく、賑やかであればいいと思う。


 翔太は隼人のことを思い出すたびに、祖父の言葉を思い出す。

 翔太はこの地の生まれだから、隼人と一緒にいても無事だった。だから、きっと、大きくなっても翔太はこの村を出ないだろう。


 何故なら、ここ以外は彼が生まれた土地ではないからだ。

 最後まで読んで頂きありがとうございます。

 イメージソングは少年○代でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相手の親に知らせていたら、親が覚醒して神に挑む感じで神社をタンクローリーでふっとばしたりして祀られなくなった荒神開放とか大惨事になってたかもですね。
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