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ニードデリバリー

作者:

「こんにちはー! ニードデリバリーです!」

 せっかくの休日なのに、インターホンを連打され起こされる。あくびをし、寝ぐせだらけの頭をかく。今も鳴り続けているインターホンを聞きながら、仕方なく玄関のドアを開けた。そこには、見知らぬ若い女が立っていた。

「頼んでません」

 女は紺と白のメイド服を着ていた。耳の下で二つに結ばれた黒髪は、蛍光灯の光に当たり艶やかだった。俺はまだ夢の中なのかもしれないと、扉を一度閉める。

「ちょっとー、開けてくださいよー。相模護(さがみまもる)さんですよね?」

 女がドアをドンドンと叩く。どうして俺の名前を知っているんだ?

「そうですけど」

「今日から一緒に生活するので、よろしくお願いしますね!」

 服のフリルが揺れた。笑顔が眩しい。

「はあ?」

 一緒に生活? どういうことだ? ふと、メイド服の胸元を見ると「ニードデリバリー」と描かれたバッチが目に入った。このロゴをどこかで見た気がする。

 ……そうだ、「二―ドデリバリー」を頼んだのは、紛れもなくこの俺ではないか。じゃあ、商品はどこに? 女は大きめのキャリーケースを持っているだけで、他には何も持っていない。一緒に生活するということは……だが、商品が物でなく人だということは聞いていない。

 ため息をつき、どうしてこんなサービスを利用してしまったのだと思い出そうとする。


 俺は疲れていた。

 毎朝電車でもみくちゃにされ、出社する。古い考えの上司と嫌味なお局様に囲まれ、仕事。帰宅すると、もう何もやる気が起きなくてただ寝るだけ。休日もそんな感じだ。そのため、洗濯物も溜まっているし部屋はもちろん汚い。一人暮らしを始めるときに揃えたキッチングッズも、棚の中に眠っている。

 今年で社会人四年目だった。ずっとこんな生活が続くのかと思うと、恐ろしい。

 しかし、そんな生活に嫌気がさすものの変えようとはしなかった。転職をしてまた一から始めるのも、億劫だと思っていたからだ。

 そんなとき、ネットのある広告が目に留まった。

「二―ドデリバリー……?」

 最初は、新しい出前のサービスかと思った。しかし、食べ物がデリバリーされるわけではないらしい。広告をクリックし、サイトを見る。

「私たちは、あなたも知らないあなたの必要なものをお届けします。人生の道に迷ったとき、ぜひ二―ドデリバリーをお使いください」

 こんな文面が書かれていた。怪しさ満点だが、「二―ドデリバリー」で検索するとその口コミは予想よりも高いものだった。「あなたも知らないあなたの必要なもの」を知ることができた利用者は、ある人はスランプから脱却し、またある人は大企業の社長になったという。

 サイトを読み進めると、本当に口コミ通りなのかさらに怪しく思えることがあった。それは、届いた商品は他言してはいけないということ。一度の料金が五十万円であること。説明によると、「二―ドデリバリー」は一度の利用で満足できリピートをすることがないため、高額になっているという。

 怪しさの中に惹かれた文面がある。「あなたも知らないあなたの必要なもの」という部分だ。俺が今、必要としているものは何だろう? 転職か、はたまた休息か……気付けば、それが知りたいと思い五十万を振り込んでいた。幸い趣味という趣味もなく、金だけは有り余っていた。

 「二―ドデリバリー」に金を振り込んで、二か月が経った。そんな大金を振り込んで今の今まで忘れていたのは、あまり期待していなかったからだ。

 今思えば、こんな怪しいものなのだから人間がデリバリーされてもおかしくない。

「ではでは、さっそく失礼しますね」

 謎の女は、キャリーケースを持ち家の中に入る。

「ちょっと、勝手に……」

「わあ、凄く汚いですね。とりあえず、掃除しちゃいましょうか」

 はい、と言って、俺にゴミ袋を渡してくる。

「俺も?」

「だって、どれをとっておいて、どれを捨てていいか、わからないでしょう?」

 女は、メイド服を着ているだけあってテキパキと働いた。俺は、さっきまでの睡魔が嘘のようで、久しぶりの掃除に夢中になった。

「やっと床が見えましたね」

 掃除がひと段落ついたあと、女は夕飯を作った。食パンの中にシチューが入っているという、なんだか洒落た食べ物だったが非常に美味しかった。誰かと一緒に料理を食べたのは久々だったから、余計にそう感じたのかもしれない。と言っても、女は俺が食べるところを見ているだけで、自分の分は作っていなかったが。

「君は……」

 俺の知らない、俺の必要なものなんですか? そう聞こうとしたが、直球すぎて躊躇してしまう。

「私の名前、ムートです。まだ言ってませんでしたっけ?」

 ムートと自己紹介した女が笑った。どきりとしたが、ムートが急にがっくりと項垂れた。

「ムート……さん?」

「ごめんなさい……充電切れです……二の腕の裏に、刺して……」

 ムートは何かのケーブルを、震える手で渡した。その後、ピクリとも動かなくなってしまった。

 ムートの二の腕の裏を見ると、USBが差し込める穴が開いている。

「嘘だろ……」

 渡されたケーブルを二の腕に差すと、ピッタリと入った。そのコードをコンセントに差し込もうとする。が、もう少しのところで届かない。仕方なくムートを移動させようとすると、その体は人間のとは思えないほど重たかった。なんとかして、コンセントにケーブルを指す。パソコンの起動音のような音がした。

 二十分ほどして、ムートがぱちりと目を覚ました。先ほどの威勢のいい声はなく、弱弱しい様子で口を開いた。

「ごめんなさい。私、出発する前に、充電をしてなくて……」

「君はロボットなのか?」

「そうですよ。今更気づいたんですか?」

 ふにゃっと、ムートは笑った。

 家事が得意なメイド服の女は、ロボットだった。これが、俺にとって必要なものだったのだろうか。

「私が、あなたにとって必要なものなのか気になりますか?」

 コンセントに繋がれたロボットが言った。

「私と生活していれば、わかりますよ」

 今度は笑わずに俺の顔をしっかり見つめて言った。その真面目な眼差しに、俺は今後の生活を不安に思いながらも少しの希望を感じた。

こうして、この日からムートと俺は一緒に生活することになった。会社に行っている間は、彼女が家で家事をする。掃除、洗濯、料理と、ありとあらゆることは全て彼女任せであった。

 生活水準が上がったものの、会社での肩身の狭さは変わらなかった。バランスの良い食事や十分な睡眠時間があり、俺自身は仕事をきちんとこなそうという気持ちは増した。が、周りはそうではなかった。そのちぐはぐさが気持ち悪い。

そんな中、最も変化したのは休日である。一日中寝て過ごすことも多かったが、ムートが来てからは起きて一緒に過ごすことが大半であった。外に出かけたいとムートが言ったのは、俺がムートにプレゼントを贈った同じ週の休日のことだった。

 会社帰りに、ショーウインドーに立っている一体のマネキンに目を奪われた。そのマネキンが着ていた淡い水色のワンピースが、ムートに似合うと思ったからだ。女性店員しかいない華やかなショップに何とか入店し、そのワンピースを購入した。帰宅してからプレゼントすると、最初は驚いており受け取らなかった。その態度に好みではなかったかと焦ったが、単に遠慮しているようだった。普段は押しが強い性格のはずなのに、そのときは照れて恥ずかしそうにしていた。そんな押し問答が続いたあと、ようやくムートはお礼を言い受け取った。今では見慣れたメイド服をすっかり着なくなり、水色のワンピースで動きづらそうに家事をこなしている。

 ムートは喜んでくれたらしく、これを着て外にたくさん出かけたい、と言っていた。それがきっかけで、ムートと過ごす休日は外へ遊びに行くことが徐々に増えていったのだった。

 俺はムートの、家事をこなす完璧なところと、ロボットらしからぬ少し抜けているところが好きだった。ムートには合鍵を渡しており、自由に買い物などに行かせている。しかしこの鍵を忘れて、オートロックの玄関に入れなかったことが何度もある。思えば、初日から充電をするのを忘れていたし、その性格は最初からだった。

 ずっとこんな生活が続けばいいと思っていた。けれど俺は、気になることがあった。

「なあ、ムート」

「なんですか?」

 ムートが洗濯物をたたむ手を止め、こっちを見る。

「ムートは、二―ドデリバリーで雇われてるのか? 注文があったら、別のやつのところに行くのか?」

「いいえ。雇われていませんし、別の人のところにも行きませんよ」

 心底ほっとした。今ではムートがいなくなることが、考えられなくなっていたからだ。

「でも、護さんとずっと一緒にいられるわけでもありません」

「どういうことだ?」

「護さんの必要なものがわかったら、お別れなんです」

「そんなの……」

 ムートに決まってるじゃないか、と言いかけたが、ムートがそれを制する。

「あっ! ちなみに、私ではないですよ。別のものです」

「そんな……俺はムートと一緒に過ごしたいよ」

「だめなんです。私には、寿命があるから」

 ムートによると、起動してから五十日後に動かなくなってしまうらしい。そんなルールがあるならば、最初に言ってほしかった。

「もし、自分に必要なものが見つからなかったら?」

「見つからなくても寿命は来ます。でも、その場合お金は返金されますから、安心してくださいね」

 金なんてどうでもいい。俺はため息を付いた。

「ちなみに、五十日前にわかった場合は、寿命が来るまでここにいることができます」

 どちらにせよ、五十日後の寿命は変わらないのではないか。不機嫌な俺を見て、ムートはいつものように明るく言った。

「まだ時間はありますよ! 護さんは、絶対必要なものが自分自身で見つけられますから」

 ムートの笑顔が、こんなに切なく感じたのは初めてだった。

 ムートと一緒にいられるのなら、自分の必要なものなんてわからなくてもいい。しかし、わからなくてもムートは五十日間でいなくなってしまう。

 だったら、自分自身の必要なものとやらを見つけて、かっこよくムートとお別れをしようじゃないか。そう心に決めたのは、ムートが来てから三十五日目だった。

 三十六日目の朝、俺が朝ご飯を作りゴミを出した。ムートはそんな俺を、我が子のように見守っていた。家に帰ってからは、ダラダラと携帯を見るのをやめ早く寝た。やはり、自分に必要なものは「休息」なのではないか。家事をしたのは、ムートがいなくなっても一人で生きていく覚悟を決めたからだ。今まで自分でやっていたはずなのに、コンロの使い方すらあやふやだった。

 三十七日目の朝、ムートは普段通りであった。俺に必要だったのは、「休息」ではなかったらしい。やはり、「転職」が必要なのか。しかし、そんな簡単には辞められそうもない。けれどムートがいなくなってしまうのは、あと十三日後だ。なるようになれ! と、思い切って退職届を出した。上司は形式上引き留めたが、俺は何とも清々しい気持ちでオフィスを後にした。

 無職になった三十八日目。起床すると、いつもと変わらない様子のムートが朝ご飯を作っていた。ほっとしたのはもちろんだが、俺に必要なものは「転職」ではなかったらしい。いよいよ答えがわからなくなってきた。

 無事に新しい職場が決まり、就職して数日が経った。今のところ人間関係にも恵まれ、過ごしやすい日々を送っている。夕食時に会社での出来事を話すと、ムートは楽しそうに聞いてくれた。こんなことなら、もっと早く転職しておけばよかった、と後悔する。

 ついに、歓迎できない五十日目を迎えた。朝、ムートはまだ俺の部屋にいた。「絶対必要なものが自分自身で見つけられる」というムートの言葉もあり、俺はこの数日間かなり焦っていた。が、とうとうこの日が来てしまったのだ。

「今日でお別れですね」

 朝食のハムエッグを食べる俺を見ながら、ムートが言った。

「ごめん。せっかく来てくれたのに、俺の必要なものはわかりそうもない……」

「いいえ。護さんはもうわかっているはずです。自分に必要な、いや、自分に必要だったものを」

「えっ? そんなの、わからない」

「本当に?」

「嘘ついても意味ないでしょ」

「じゃあ、ヒントをあげます」

「ヒントって……最後の日なのに、答えを教えてくれないのか?」

 ムートがよくする、いたずらっ子のような表情を見るのも、今日で最後だった。

「全部教えちゃったらつまらないじゃないですか。それに、今度こそ見つけてくださいね」

「見つけられるかなあ……」

「大丈夫ですよ。ヒントは……」

 ムートは、夕飯の買い出しに行ってきますね、と言って家を出た。

 一人の間、ムートのヒントについって考えたり、調べたりした。その結果、ムートが教えてくれたことはヒントを通り越して答えのようであることを知る。

「ヒントは私の名前です。ドイツ製なので、ドイツ語から由来してるんですよ」

 そう言われ、スマホで意味を調べてみた。「ムート」とは、ドイツ語で「勇気」という意味らしい。どうやら俺に必要だったものは「勇気」だったようだ。思い返せば、当てはまるものがたくさんある。サボっていた家事を始める「勇気」、嫌な会社を辞める「勇気」。変わることを面倒に思っていたが、そこには一歩踏み出す「勇気」が足りていなかったということだ。そのことに気が付いて納得する。ムートが来て、その「勇気」を持つことができた。

 せっかく答えを見つけたのに、ムートは夕方になっても帰ってこなかった。コンセントにはムートの充電器が差しっぱなしになっており、キャリーケースもそのままだ。だが、待ち続けても帰ってこない。寿命がきて、どこかで倒れているのかもしれないと思った。俺は、ムートとの五十日間を思い出す。人生で一番楽しかった時間だと、はっきり言える。ムートの笑顔を思い出して、思わず涙が出た。俺に必要だった「勇気」は、まだ足りていないようだ。ムートと離れ離れになる「勇気」は、まだ持ち合わせていなかったからだ。

 ムートを外に探しに行こうとした。が、そのとき、ムートのキャリーケースから「MT0113型説明書」と書かれた紙が見えた。ペラペラと捲ると、それはムートの説明書のようだ。大体がムートの説明した通りである。が、一点、気になるところがあった。それはこの部分だ。

「MT0113型は、友好度が上昇すると寿命が延びることが稀にあります。もし、五十日以上活動しましたら、下記にご連絡ください。電話番号……」

 どういうことだ? と困惑して、動けずにいた。そのとき、家のインターホンが連打されたのは俺の幻聴だったのだろうか。

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