ツマヨウジ
「またおじいちゃんはたこ焼きを箸で食べちゃってー」
「やかましい。腹に入れば変わらん!」
そう言って国島駿は目の前のたこ焼きを箸で食べていた。
すでに爪楊枝がたこ焼きに刺さっているにも関わらず、それを抜いて箸で食べている。その行動に高校生の孫娘は苦笑していた。
「箸が汚れるでしょ。せっかくあるんだから使えばいいのに」
「歳を取るとこれが楽なんだ。それに、こんな細い『棒っきれ』で物が食えるか」
相変わらず頑固なんだからと孫娘は言って、一緒にたこ焼きを食べていた。
駿の妻はすでに他界しており、何年も経過していた。
他界する前の思い出はすでに風化しており、『そういえばそんな出来事があったな』という言葉が駿の口癖である。
娘は良い縁に恵まれ結婚し、円満な生活をしている。孫も生まれて不自由は何も無い。
時々駿だけが取り残されている感覚に襲われるが、孫娘がしつこく駿に話しかけてくるため、いつの間にか寂しさを忘れさせてくれる。
「おじいちゃんはどうやっておばあちゃんと出会ったの?」
突然の孫娘の質問に、思わず咳きこんだ。
「突然何を」
「気になるんだもん。こんな頑固なおじいちゃんとどうやって出会って結婚したのか」
「高校生が結婚の話なんて早い。……その内話してやる」
「えー、私も彼氏が欲しいし、ヒントが欲しいなー」
「焦るな。その時は来る」
「えー! せっかくの高校生活を謳歌したいよー!」
そう言いながら怒りをたこ焼きにぶつける孫娘。
一緒に食べていたたこ焼きは残り一つとなった。
「ふん」
「あー! 最後の!」
駿は箸で最後のたこ焼きを取り、それを一口で食べた。
「爪楊枝なんぞ短い『棒っきれ』を使うから箸に負けるんだよ。それに半分以上食べていただろう」
「育ち盛りには必要なんですー。まあ、お腹いっぱいだから特別に許すけどね!」
と言いながら、表情は少し怒っている。
駿の妻も何かを取り合いしていた時、負けると口では許すと言いつつも、悔しそうな表情をしていた。娘も似た表情をして、孫娘も同じく似た表情をする。
「……ばあさんとは同じ職場で出会った」
「え!? 話す気になったの!?」
「……やっぱりやめる」
「ええ! いいから続けてよ!」
「……はあ、ばあさんとはな……」
☆
「駿くん、たこ焼きを食べよ!」
「祭りの定番だな」
「ふふ、初めてのデートがお祭というのは色々記念になりそうね!」
駿にとって忘れられない初めてのデートは夏祭りだった。
二人が出会ったのは同じ職場……ではあるが、正確には同じ高校だった。
高校を卒業して数年後、毎日激務に追われていた駿の職場に新しく入社した人が後の妻になる雨宮未来だった。
同級生とはいえ会社内では先輩と後輩。色々教えあっていくうちにお互いを意識し始めて、最終的には付き合うという形になった。
「ほい、たこ焼き!」
グイっと爪楊枝で刺したたこ焼きを駿に向けてくる。
「……えっと」
「ほら、口を開けて。あーんだよ!」
「恥ずかしいわ!」
「えー、高校生の頃はできなかった青春を今味わおうよ! たこ焼きと一緒に!」
「たこ焼きだけで充分だ!」
「てえい!」
「むぐ!」
無理やりたこ焼きを口に入れられた。
「うふぉはっひー!(熱いいいい!)」
「あははは、変な顔!」
「うふはい!(うるさい!)」
激熱のたこ焼きに舌を火傷するも、その一つ一つの出来事が『楽しい』と感じている駿がそこにいた。
「にしてもまさか高校の頃は全然話さなかった駿君とこうして付き合うなんて、思っていなかったなー」
「そりゃ、俺もだけどな」
「運命の神様のいたずらかな?」
にししっと笑う未来。それに対して。
「いや、多分おせっかいだろう」
「何それー」
駿にとっては生まれてから未来と出会うまで色恋沙汰は一切なかった。そして今の会社で激務の日々を過ごしていて、見かねた神様がおせっかいを焼いたに違いないと……そう思っていた。
「そういう譲らないところ、頑固だよねー」
「あきらめろ。俺はそういう人間だ」
「ふふ、そうだね。今日ここでデートするというのも駿君が決めたんだもんね」
「ああ」
縁結びの神様が祭られている神社。
もし大切な人ができたらここに来て駿は報告すると誓っていた。同時にこれからの報告もする。そう決めていた。
「結ばれている縁なのに縁結びの神社。それって大丈夫なの?」
「縁というのは『糸』という漢字が使われている。切れないように強くするという意味でもここに来る理由にはなる」
「ほほう。良いことを言いますなー」
そして駿と未来は神社の本堂に入り、五円を投げて手を叩く。
同時に何かを願い、お辞儀をする。
駿にとっては未来と出会えた報告、つまりお礼参りとなる。
『良き縁と結ばれたようじゃな』
ふと頭の中で声が鳴り響く。
それは気のせいか、空耳か、誰かの会話がタイミングよく耳に入ったか。
しかし駿は驚きもせずにその場でこくりと頷いた。
「さて! お参りも終わったし、もう一回たこ焼きを食べよう!」
「って、またたこ焼きかよ! 熱いから箸を使わせてくれよ」
「駄目! それは許されない行為!」
「ええ!」
パタパタと未来は駿の前を走り出す。
「だって、箸よりも爪楊枝の方が距離が近いでしょ?」
☆
駿は知らぬ間に気を失っていた。
目を開けると白い部屋に白い布団。腕には針が刺さっていて、液体が注入されていた。
「おじいちゃん! 起きた!」
「う、あ? ここは」
「突然倒れたんだよ! もう、心配したんだから!」
目に涙を浮かべて訴えかける孫娘。突然倒れたことが相当ショックだったのがうかがえる。
「悪かった」
「まったく……ほら、何か欲しい物とかある? 喉とか乾いてない?」
「そうだな……何か食べ物が欲しい」
「バナナならあるけど、一口サイズに切ってあげるね」
そう言って孫娘は少し離れた場所の洗面台から果物ナイフを取り出して、バナナを一口サイズに切る。
「父さんも母さんも夕方には来るって」
「二人とも忙しいからな」
「でも昼には一回来たんだよ? おじいちゃん、全然目を覚まさないから、母さんはずっと震えてたよ」
「そうか」
駿の娘は本当に良い子に育ってくれた。忙しいと言いつつも時間が少しでもあれば世話を焼く。
婿も本当に優しい青年である。最初は怒鳴りつける覚悟で構えていた駿だが、一目見て全てを理解した。この青年なら娘を幸せにできると。
別に超能力とかそういうものではない。ただの勘である。
「なあ」
「ん? なあに?」
「お前も良い相手は見つかる。俺が……じいちゃんが保証しよう」
「急に何を言ってるんだか。ほら、バナナだよ」
そう言って孫娘は爪楊枝に刺した一口サイズのバナナを駿に向けた。
「へへー、おじいちゃんが嫌いな爪楊枝だ! ほら、このまま食べれば楽でしょ」
「……」
駿はじっとバナナ……では無く、孫娘を見ていた。
「み……らいさん?」
「え、何言ってるの? 時音だよ? 死んだおばあちゃんの名前を言うって、私まだそんなに老けてないよ!」
「ああ、そう……だな」
しかし駿の目は確かに他界した妻がバナナを……いや、たこ焼きを爪楊枝で刺して向けていた。
「そう……か。そういうことか」
「ん? どうしたの?」
「いや、何でもない。なあ、箸と爪楊枝の違いってなんだか判るか?」
「え、急に何……まあ、たこ焼きを取られたことを思い返せば、長さかな」
「箸は長い。長すぎた。それに引き換え爪楊枝は短い」
「そのせいでたこ焼きは取られたんだからね! 何、嫌味?」
この時すでに駿の耳には孫娘の声は聞こえていなかった。
目も徐々に見えなかった。
もう『その時』なのだろう。そう駿は悟っていた。
「爪楊枝は短い。だからこうしてお前との距離も縮まる。俺はこの短い距離さえも楽しんでいたんだな」
「え、何、どうしたの?」
ふうっと深呼吸を一回。
そして天井を眺める駿。
「ばあさん……いや、未来の言った言葉は間違いでは無かったな。あれは神様のいたずらだったのかもしれん。数千、数万と人がいる中で俺と未来を結ばせるなんて、気まぐれが無ければありえない。だが……」
駿はこの時すでに声も出せなかった。
駿の隣で何かが大声で叫んでいるように思えたが、もう何も感じない。
「孫娘よ。ちょっと妻に……用事ができたんでな。その爪楊枝とたこ焼きを後で届けてくれ」
俺はこの先もお前たちを……
ピーという音が鳴り響く。
同時に少女の泣き声も部屋中に響き、その声を聞きつけた医師が駆け付けた。
医師は腕時計を見て、紙に時間を書く。
孫娘は泣きながら、爪楊枝とバナナを皿に戻す。
偶然駿の表情が目に入り、孫娘は驚きと共に安心もした。
駿の最期の表情は、とても穏やかだったからだ。
了
こんにちは。いとと申します。
短編を描く際に、いつも自分には何か副題を設けて書いており、今回は「ダジャレ?」を入れての執筆です。
ですが、ダジャレと言うとどちらかと言えばお笑いやくだらない場合に多く見えるような気もしなくもないですよね。
それで今回は「爪楊枝」と「妻に用事」をかけて、少し悲しめなお話を書いてみました。
少しでも楽しいと思って下さればうれしいです!
また、活動報告(割烹)ではのんびりとイラストを乗せながらワイワイやっておりますので、初見の方でも気軽にコメント等下さればうれしいです!
では!