命を賭した戦い
俺とレファンヌはハーガットの元へ駆け出した。すると、ラークシャサが俺の頭の中に語りかけてくる。
『小僧。力の使い所を誤るなよ。脳を喰われている間、力を使えるのは僅かな時間だ』
俺は無言で頷いた。四肢の血肉。心臓の血肉。そして脳の血肉。ラークシャサの力は部位によってその力を増して行く。
俺は走りながらレファンヌの前に出る。そう。俺はレファンヌの盾なんだ。ハーガットの前に立ち塞がるロコモ大尉がこちらに向けて弓を構える。
その時、ロコモ大尉の両腕が異常な太さに変化していく。もう驚く必要も無い。彼もハーガットに身体を改良されたのだ。
三倍の太さになった両腕から放たれた豪弓は、風を切り裂き俺の頭部を正確に捉える。
「そのまま走りなさい!キント」
背後からレファンヌの声が響く。唸りを上げて飛来した弓は、見えない壁に当り跳ね返された。
レファンヌが物理障壁の呪文を唱えたのだ。俺は速力を上げ、一気にロコモ大尉の間合いに迫る。
「全く。君達はしぶとく。そして、しつこいな」
ロコモ大尉が短く呟き、手にした弓を放り投げた。そして、凶器と化した両腕を振り上げ、俺に叩きつけようとする。
「ラークシャサ!腕の肉を喰らえ!」
俺は神喰いの剣の最初の力を発動させた。柄の穴から三匹の蛇が勢い良く飛び出し、俺の腕に噛み付く。
その瞬間、黒い刀身は紅い光に包まれる。ロコモ大尉の両拳が俺の頭部に直撃する寸前、俺はラークシャサを振り抜いた。
それは一瞬だった。轟音がとどろき、ロコモ大尉は驚愕の表情を作る間も無く吹き飛ばされる。
「おお。以前、余の「樹木の根」を粉砕したあの力か。素晴らしい。その黒い剣を是非研究解析してみたい物だ」
俺はハーガットの感嘆の声を無視し、全ての元凶であるこの男に十歩の距離まで迫った。そして、俺は再びラークシャサに叫ぶ。
「ラークシャサ!俺の心臓を喰え!!」
俺の腕の血肉を貪っていた三匹の蛇は、胴体を伸ばし俺の胸の中に侵入して行く。全身が麻痺したような感覚に陥るが、歯を食いしばり精神を奮い立たせる。
三匹の蛇が心臓の血肉を喰らった時の、刀身の紅い光は更に輝きを増した。
「ハーガット!!これで終わりだ!!」
俺は両腕で握ったラークシャサを振り下ろした。刀身を包んでいた紅い光が刃に形を変えてハーガットに飛んで行く。
紅い光の刃が弾けた瞬間、目の前で大爆発が起きた。俺は血を吐き、立っていられず片膝を地面に着けた。
直ぐに三匹の蛇を心臓から遠ざけたが、意識が朦朧として気を失いそうになる。
「キント。アンタは限界よ。もうその力は使うのはやめなさい」
細い息を切らす俺に、レファンヌが声をかける。気のせいだろうか?この金髪の聖女の声が俺の事を心配しているように聞こえる。
意識が朦朧としているせいだな。俺は心の中で苦笑した。俺は目を凝らし、ハーガットの居た場所から目を逸らさなかった。
粉塵が拡散して行くと、人影が視認出来た。ハーガットは黒い衣服が所々焦げ、額から血を流していたが健在だった。
俺は動揺しなかった。奴なら。人成らざる狂気王なら。この攻撃をも防ぐと予想していた。
「素晴らしいぞ半身死霊の少年よ!!余の二重障壁を破るとは賞賛に値する!!さあ!その剣を余に渡すのだ。伝説の神喰いの戦士、ラークシャサを復活させる為に!!そしてラークシャサを使い天界に攻め入るのだ!!」
ハーガットは細い両眼を見開き、狂喜したように未来予定図を叫んだ。俺は地に刺した剣を杖にして、震える足を立たせる。
······迷いは無かった。やる事は決まっている。後は俺のこの命を使って、ハーガットを倒すだけだった。
俺の心は不思議と落ち着いていた。最後に伝えるべき言葉を伝えるべき相手に届ける為に、俺は後ろに立つレファンヌに微笑みかけた。
「レファンヌ。いつかレファンヌが誰かを愛した時。誰かがレファンヌを愛した時。レファンヌは知る事が出来るよ。愛が何かを」
「······何を言っているのキント。アンタさっきから変よ」
レファンヌの表情は怪訝と言うより、何処か戸惑っているように見えた。
「······愛を知った時。レファンヌにはこう考えて欲しいんだ。レファンヌが顔も知らない両親。でも、きっとレファンヌはその両親に愛されてこの世に生まれてきた。きっとそうだ。いや、そうに違いないよ」
心臓を喰われた俺は、脂汗を流し動悸が激しくなっていたが、必死に耐えていた。
「······私を生んだ両親が、私を愛していた?」
レファンヌの表情は一瞬放心しているように俺は感じた。
「今じゃ無くてもいいんだレファンヌ。いつか。きっとそう思えるようになるよ」
俺はレファンヌにそう言うと、最後の力を振り絞りハーガットに向けて駆け出して行く。
「キント!その身体で何をする気!?待ちなさい!!」
レファンヌの静止を無視し、俺はハーガットだけを見据えていた。名も無き村の名も無き少年が、ハーガットを倒し世界を救う。
吟遊詩人が詩にしそうなそんな一節を想像し、俺は一瞬笑ってしまった。無名でいい。誰にも知られなくても良かった。
あの狂気王を倒せれば、俺はそれで良かった。俺はラークシャサに自分の脳を喰わせる為に、最後の指示をしようとした。
「舞台は整った!!最高潮の我が最終劇に最後の演出を施そう!!」
ハーガットが叫びながら両腕を広げた。その瞬間、俺とハーガットの間に四つの影柱が現れた。その影柱は、人の形に変化していった。




