長老の伝言
マコム達狂戦士一族は、精霊の加護が込められた額巻きを身につけると不思議と気持ちが落ち着き、普通の人間と同じ生活が送れると言う。
金の糸で刺繍されたその布は、ある精霊使いが狂戦士一族に贈った物らしい。
······精霊。その言葉を聞き、俺は昔の記憶を掘り起こした。そう言えば、小さい頃母さんが言っていた。
空や大地。風や草木には精霊が宿っていると。今は誰もそんな事を気にしなくなったと。でも遥か昔には、精霊は当たり前のように世界に満ちあふれていたと。
「······精霊使いか。今や精霊を扱える者など皆無だと思っていたが、まだ存在していたのだな」
メルサルが両腕を組みながら静かに呟いた。そんな美貌の魔王をマコムは切なそうに見つめる。ど、どうしたマコム?
「メ、メルサルさんは女性だったんですね。そんなお奇麗ですから、当然ですよね」
マコムは残念そうに力なく笑う。それを聞いたメルサルは頬を赤くする。
「······全てはハーガットの怪しげな禁術のせいだ!私は一生の不覚を取った」
ハーガットが原因で自分が女だと周囲に知れれた。メルサルは忸怩たる思いがあったのだろう。声を荒げ狂気王への怒りを露わにする。
「気を落とすなメルサル。俺は最初からお前が女だと知っていたぞ」
止せばいいのにアークレイが油に火を注ぐ。メルサルは不良勇者を鋭い目で睨んだ。そうなのだ。
ここに居る五人は、あのハーガットの禁術によってレファンヌ、アークレイ、メルサル達の過去の記憶を共有したのだ。
ハーガットが何故そんな事をしたのか。奴が喚いている劇とやらの為と思われた。
「わ、私は皆さんの過去を知ってしまいました。私が狂戦士一族だと言う事も打ち明けました。生意気なようですが、私は皆さんを仲間だと思っています。これからも皆さんと一緒に行動したいと思っています」
マコムは丁寧に、そして真剣な口調でベットの上から宣言した。俺は笑顔で頷く。そうだ。まだ戦いは終わってないんだ。
ハーガットの暴走を止めないと、この世界が滅んでしまう。
「無論だ。ハーガットには借りを返す」
「まあそうだな。長老に借りたままの貸しを返済せんと気分が落ち着かんしな」
メルサルとアークレイもハーガットとの再戦を望んでいた。ふと俺はレファンヌを見た。彼女は壁に背を預け黙っていた。
俺はメグラル長老からレファンヌへと預かった伝言を、今伝える時だと判断した。
「······伝言?糞ジジィから私に?」
先程のメルダとの決闘の余韻が遺っているのか、レファンヌはまだ気が立っているように見えた。
でも。五人がここに揃ったこの時しかない。メグラル長老の想いをレファンヌに伝えるんだ。
「愛している。メグラル長老はレファンヌにそう伝えれくれと言っていたよ」
俺の言葉に、レファンヌは暫く放心したような表情を見せた。だが、金髪の聖女は直ぐに好戦的な顔に戻る。
「······下らない掟で私を支配しようとした癖に、最期の言葉が愛している?はっ。どうやらジジィは最期の言葉の選択を誤ったようね。まあどんな言葉を並べた所で、私にした事の精算なんて出来ないけどね」
レファンヌはそう言うと、足早に病室を出て行った。俺はその後を直ぐに追う。
「レファンヌ!!」
長い廊下を走り、俺は彼女の手首を掴んだ。
「聞いてくれレファンヌ!メグラル長老は死を覚悟してこの伝言を俺に託した。人は死に直面した時に嘘なんて言わないよ!」
「嘘か真実かどうかなんて私には大した問題じゃないわ。要は私がどう思うかよ。私は何も感じない。ただそれだけ」
レファンヌはまるで、血の通って無い人形のように無表情だった。
「······ミデットへの想いは?彼に対しても何も感じなかったのか?」
俺がミデットの名を口にした瞬間、レファンヌの表情は一変した。
「ミデットとジジィは関係ないわ!」
「同じだよ!!」
廊下に俺の大声が響き渡った。俺とレファンヌは互いに睨み合うように視線を合わせる。
「······愛に違いなんて無いんだレファンヌ。レファンヌがミデットを想う気持ちと。メグラル長老がレファンヌを想う気持ちは同じだ」
レファンヌは俺から目を逸らした。それはまるで、悪戯をして親から嗜められた子供の拗ねた顔だった。
「······キントは。あんたは愛が何か知っているの?」
「え?う、うん。少なくとも死んだ両親は俺を愛して育ててくれたよ。」
俺の言葉を聞き、レファンヌは壁に寄り掛かった。
「······私は両親の顔なんて知らない。物心ついた頃から、この一族の中で聖女になる為だけに教育されてきたの。信じられないと思うけど、小さい頃は大人しくて従順だったのよ?」
レファンヌが口にした過去の話に俺は驚いた。愛を求めない子供なんていない。両親から受けられなかった愛情を一族に求めて、レファンヌは必死に一族の期待に答えようとしていたのだろうか?
「······でも、優等生を演じた所で私の心は何も満たされなかった。そう気付いた時、何もかも壊してやろうと思ったわ。伝統にしがみつくこの下らない一族を」
レファンヌは目を伏せながら吐き捨てるように呟いた。愛情を欲していた子供。だが、一族がその子供に与えた物は掟と規則だった。
メグラル長老達にレファンヌに対する愛情が無かったとは俺には思えない。だが、レファンヌが聖女候補だったのが大きく災いしたのだ。
レファンヌを聖女に育てる為に、メグラル長老達は必死だったのだろう。目に見える愛情を隠し、厳しくレファンヌを教育しようとした。
愛は言葉にしなくては伝わらない。子供相手なら尚更だ。メグラル長老達の愛情はレファンヌには伝わらなかったんだ。
でも。俺が今それを伝えても、レファンヌの心には届かないと思った。
「······レファンヌは一人じゃないよ」
俺の口から勝手に溢れ出た言葉に、レファンヌは怪訝な表情をした。
「何よキント。突然」
「マコムが言っていただろう?俺達はもう仲間だって。俺は絶対にレファンヌを一人にしないよ。ずっと側にいる。レファンヌは一人じゃないから」
不思議とこの時の俺は、自然にこの言葉を言えた。無自覚だったが、俺は両親の影と愛情を探している小さな子供にそう言っていたのかもしれなかった。
······メグラル長老の伝言はもう一つあった。それは、レファンヌの左腕に巻かれた鎖を解く方法だ。
レファンヌに愛情を持つ者の涙を落とす。それが条件だった。この金髪の聖女が愛についてもっと興味を示し始めたら、このもう一つの伝言を彼女に伝えよう。俺はこの時そう思った。
「······生意気な事を言うわね。年下の癖に」
「レファンヌだって年上のメルダに生意気だっただろう?」
俺は思いっ切り悪戯っぽい笑顔を見せた。すると、レファンヌが両腕を俺の首に回し絞めてきた。
「それとこれとは話が別よ!年長者には敬意を払う!世の常識でしょう!」
「い、言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だろう!!」
いつもの快活さが戻ったレファンヌの声を聞きながら俺は思った。レファンヌの満たされなかった愛情の器。
その器が誰かの愛情で満たされた時、レファンヌはメグラル長老達の愛情に気付けるのでは無いだろうか。
俺の首を拘束するこの金髪の聖女に、そんな日が訪れる事を俺は願っていた。




