敗走
ハーガット軍とロッドメン一族の全面戦争に先立ち、ロッドメン一族はハーガットに和平交渉の使節団を送った。
後にノホットに聞いた話だが、使節団の代表の名はマリガル。長老達の新任厚いその若者は、一族の最高位に最も近いと言われていた。
だが、ハーガットは自らが開いた茶会で使節団を騙し討ちし皆殺しにした。その使節団の亡骸がどうなったかなど、ロッドメン一族が知る由も無かった。
メグラル長老は口から大量の血を吐いた。白い髭が鮮血に染まる。長老の腹部を貫いたのは、長い薄刃のような物だった。
そして薄刃が飛び出て来た床から、木張りを割って何者かが這い出て来た。その人物を見てメグラル長老は両目を見開く。
「······マリガル!!何故死んだ筈のお主が」
マリガルと呼ばれた男は虚ろな表情でメグラル長老を見る。その右腕は手首の先から鋭利な薄い刃に形状が変っていた。
そしてその薄刃が伸び、メグラル長老の腹部を突き刺さしたのだ。
「メグラル長老!!そなたの薫陶厚い愛弟子を予は惜しみ、その姿を死霊として残した。凡百の死霊では無いぞ!その右腕には竜の牙を薄く研ぎ移植した。最終局面での師弟の邂逅!!この私の劇は遥かなる高みに昇華したぞ!!」
ハーガットは狂喜したように叫ぶ。メグラル長老は重症を負って尚、ハーガットへ唱えた古代呪文を継続させる。狂気王は身体を覆った光の葉で身動きが出来ない。
俺はマリガルと呼ばれた死霊に剣を振るった。死霊は左腕を盾にしてラークシャサを防ぎ、俺から後退して距離を取る。
「お爺さん!大丈夫ですか!?」
俺はメグラル長老に声をかける。長老の腹部の法衣は赤く染まり、その範囲はどんどん広がって言った。
「······お若い剣士よ。レファンヌに伝えて欲しい事がある」
メグラル長老はか細い声で俺の耳元でさ囁いた。それは、マリガル、アミルダ、ロイエンスの三人が一斉に俺達に向かって来た時だった。
「掴まれ坊主!!」
俺の後ろからアークレイの叫び声が聞こえた。べロスとヒズケイトの包囲を脱したアークレイは、マコムを抱え風の呪文で飛翔していた。
アークレイは急降下し、床に身体が触れそうな低空飛行で俺の元へ接近し腕を伸ばす。その時、俺は足元に落ちていたマコムの額巻きの布を拾った。そして俺は無我夢中で右手をアークレイに差し出す。
両者の手が重なり、俺達は空高く高度を上げて行く。俺は最後までメグラル長老を見ていた。
メグラル長老はこちらを見て微かに笑いなから、力尽き床に倒れていった。俺はこの戦場に赴いた目的を思い出し、それが何一つ達成出来なかった事に気づき項垂れた。
······こうしてハーガット軍とロッドメン一族の全面戦争は終結した。結果はロッドメン一族の大敗で終わった。十法将はグレソルを始め七名が戦死。
戦闘に参加したロッドメン一族二百名の内百三十名が死亡。残りの七十名も重軽傷を負った。
そしてロッドメン一族の最高位である長老達が五名、全て死亡した。一族は壊滅的と言っていい人的損害を被った。
······アークレイが俺とマコムを連れて降り立ったのは、ロッドメン一族が本拠地としている城だった。
城の中庭には既にメルサルの姿があり、仰向けに横たわっているレファンヌに治癒の呪文を施していた。
中庭には脱出して来たメルダ、ノホット達もいた。ノホットは城下町で死霊の大軍に包囲された一族達を指揮していた。
ノホットの冷静な指示が無ければ、助かった七十名はその数をもっと減らしていただろう。そう周囲の者達は口を揃えて話していた。
比較的軽傷で済んだメルダの顔色は、死人のそれと変わらなかった。メルサルの治療で腹部の傷口が塞がれたレファンヌは、半身を起こす。
レファンヌとメルダの互いに生気の無い両目が交錯した。
「······何よレファンヌ。私達の無様な敗北を見ていい気分かしら?」
メルダの見開いた両目に、怒りの炎の種火が灯ったように見えた。
「······売られた喧嘩は必ず買うわ。でも今日だけはそんな気分じゃないメルダ。別の日にして頂戴」
レファンヌの口調は静かだったが、その声色には殺気がこもっていた。
「······レファンヌ。今回の事態は全て貴方のせいよ。貴方が聖女の座を放棄しなければ、一族は強力な団結の元もっと力を発揮出来た!こんな敗北は無かったのよ!!」
メルダは肩まで伸びた金髪の髪を振り乱し、腰まで届く金髪のレファンヌに詰め寄る。
「惨敗のショックで頭の中が支離滅裂になっている様ね。緒戦の連戦連勝に驕り、ハーガットを軽視した。奴らの重ねた敗走はあんた達を油断させる為よ。あんた達はあの狂気王の掌の上で踊らされたの。今の有様は偶然では無く必然よ」
レファンヌの冷然とした毒舌に、我を失ったメルダが掴みかかろうとした。
「レファンヌ!!何が聖女よ!あんたは一族の疫病神よ!!」
「落ち着けメルダ!言い過ぎだぞ!!」
半狂乱のメルダをノホットが背後から抑える。俺はその光景をただ黙って見るしか無かった。
「やらせてやれ。抱え込んだ鬱憤をお互い形を変えて発散しないと耐えられんのだろう」
俺の横でアークレイがそう呟いた。俺の脳裏には、黒い翼を生やしたアミルダの姿が焼きついて消えなかった。
焦燥感に苛まれる俺は城の外に視線を移す。太陽の位置はいつの間にかに西に沈みかけていた。




