長老達
マコムにレファンヌが言っていた事があった。赤毛の少女の村では、ラタラ神を信仰していると。
それは万物の怒りを鎮める神だと言う。マコムの額に巻かれたあの金色の糸で刺繍された布は、マコムの怒りを鎮める為の封印だったのか。
いずれにせよ狂戦士と化したマコムは、ハーガットの地下重力の強力な圧力下から立ち上がり、強引にそこから脱した。
「おいべロス!俺は夢を見ているのか?全身の骨が砕けそうなこの重力から、動ける者が存在するのか!?」
「心配するなヒズケイト。この耐え難い痛みは夢では無く現実だ!あの赤毛の少女は普通では無く異常だ!そう言う事だ」
主君から放たれた地下重力の呪文にもがきながら、ヒズケイトとべロスはお互いにぼやき合う。
凄まじい速力でハーガットに迫るマコムは、自分に危害を加えたハーガットへ死の鎌を振り上げる。
その時、マコムの後方から一本の矢が飛来した。矢はマコムの足に命中した。その瞬間、マコムは崩れるように前方に倒れる。俺は矢を放った人物を目で追った。
この舞台の南側の端には、弓矢を持った黒い甲冑の男が立っていた。あの小柄な騎士は、以前街に攻めて来たロコモ大尉か!!
マコムは喘ぐような叫び声を発し、意識が途切れたように顔を床に埋めた。た、たった一本の弓矢でマコムがやられた!?
「······よくやったロコモ大尉。その矢は毒矢か?」
冷や汗を流すロイエンスが、主君を窮地から救った殊勲者に声をかける。
「熊をも眠らす薬を塗った矢です。ロイエンス様。間に合って良かった」
ロコモ大尉も安堵したように息を吐く。共に倒れたレファンヌとマコム。俺はどちらの元へ向えばいいのか判断に迷った。
そんな俺の逡巡を許さぬかのように、アミルダが再び俺に襲いかかる。
「アミルダ!俺だ!頼むよ。思い出してくれ!」
救出に来た相手に刃を向けられた俺は、泣きそうな思いで必死に訴える。
「······ハーガット様に危害は加えさせない」
俺の嘆きに近い声は、冷酷な答えによって返された。八方塞がりの俺は、己の無力に絶望しかけた。
その時、この舞台の外側から大きな地鳴りが轟いた。その大きな振動はこの舞台にも達し、俺は足元の揺れに均衡を保つのに必死になる。
アミルダは何かを察したのか、踵を返しハーガットの元へ駆け出した。俺は城下町の方角に自然を移した。
そこには死霊に姿を変えた数万の住民達がロッドメン一族を襲っている筈だった。その一族達を包囲していた死霊達が、地面に押し付けられていた。
倒れた死霊の半数は、巨大な圧力に潰されたように身体が四散していた。こ、これは地下重力の呪文か?
その重力下の範囲は徐々に拡大し、ロッドメン一族を包囲していた死霊は全滅した。その数は数千と思われた。
だが、死霊に変えられたこの城下町の住民達は数万人いた。ロッドメン一族達から離れた位置にいた死霊達が、獲物を見つけたように一族達が固まっている方角へ行進を開始する。
俺は空を見上げた。そこに、白い法衣を着たた五人の老人達が浮遊していた。その内の二人がこちらに向かって来る。
一人はグレソル達の所へ。もう一人はレファンヌの元へ降り立った。
「······想い人の人形に惑わされたかレファンヌ。暴れ者のお前も一人の娘と言う事か」
「······お前は糞ジジィ!」
小柄な老人は、血に塗れうずくまるレファンヌに沈痛な表情を向けた。レファンヌは苦痛に歪めた顔で口汚く返答する。
その老人は髪も長いひげも白髪だった。シワの数と深さがかなりの高齢だと感じさせる。ミデットの死霊はその老人に手にした剣を振り上げた。
「アークレイ!メルサル!しっかりせんか!
護衛の任務は忘れたのか!!」
老人が叫び杖を振ると、ミデットの死霊は爆発四散した。更に杖をかざし、ロリシアとラグラントの死霊も爆裂の呪文で塵に変えた。
爆風が舞台の上を吹き荒れる。その老人の姿を凝視していたハーガットは、放心したように口を開けていた。
「······おお。おお!!そなたはロッドメン一族の長老メグラル!!まさか老いた身を引っさげ、そなたはが参戦するとは思わなかったぞ!!」
ハーガットが興奮した様子で口角を上げる。
「参戦するつもりは無かったがのお。この事態に至っては、敗戦処理の役目ぐらいは果たさんとなあ」
ロッドメン一族の長老と呼ばれたメグラルは、グレソル達の元へ向かった老人に声をかける。
「クーヘル!!グレソル達はどうじゃ!?」
クーヘルと呼ばれた老人は力無く顔を横に振った。クーヘルの側には、腹部を剣で刺されたグレソルが倒れていた。
「グレソル!しっかりして!どうして私を庇ったりしたのよ!!」
メルダがグレソルを抱き起こし絶叫する。十法将の最高実力者の一人は、力無く小声を発した。
「······女を戦場で見捨てて一族の長になれるか。メルダ。お前はいつも爪が甘い。悪い癖だ」
「待ってて!今すぐ治癒の呪文を!!」
「······もう遅い······」
グレソルの言葉はそこで途切れた。グレソルだけでは無い。ハーガットの呪文を封じる漆黒の空間の中で、十法将は死霊騎士になす術無く倒された。生き残ったのはメルダを含め三人という惨状だった。
空間が解除された後は反撃に転じ、死霊騎士達を全滅させたが、ロッドメン一族の失った物は余りに大きかった。
「······アークレイ!メルサル!さっさとレファンヌを連れて逃げんか!!」
メグラル長老は怒声に近い声を上げる。自失を取り戻したのか、アークレイとメルサルはレファンヌの元へ駆け出す。
「······面目無いな爺さん。この借りは必ず返すぜ」
「メグラル長老。この失態は必ず埋め合わせをする。我が名誉に誓って」
アークレイとメルサルが神妙な面持ちでメグラル長老に詫びる。
「行け。アークレイ。メルサル」
メグラル長老はそう言うと、自らは身体を浮遊させハーガットの元へ飛んでいく。
「······メルサル。お前はレファンヌを連れて行け。俺は赤毛の嬢ちゃんと坊主を拾って行く」
「······承知した。集合場所を間違えるなよ。アークレイ」
アークレイの言葉に返答したメルサルは風の呪文を唱え、レファンヌと共にこの舞台から飛び立つ。アークレイはマコムの元へ駆けて行く。
「坊主!お前も来い!風の呪文で逃げるぞ!」
アークレイは走りながら俺に叫ぶ。俺もマコムを救出するべく、不良勇者の後を追う。倒れていたマコムの前方では、メグラル長老とハーガットの一騎打ちが始まろうとしていた。




