月夜の逢瀬
青年の名はミデット。レファンヌと同級生だったが、身体が弱く滅多に教室に姿を見せない。同じくロクに授業に出ないレファンヌとは、この時が初めての顔合わせだった。
「やあ。君とは初めて会うね。所で生徒の皆はどこかな?今日最後の授業には間に合ったと思ったんだけど」
ミデットは困った様に破壊された教室を見回す。
「今しがた授業は続行不可能になったわ。私がそうしたの。教師も生徒も強制帰宅になったわ」
レファンヌは冷笑混じりにミデットを睨みつける。この時のレファンヌは、今よりも攻撃的で鬱屈とした感情を剥き出しにしていた。
ミデットは「そうか」と言うと、まだ使えそうな机と椅子を探し出し、レファンヌの前に置いた。
「なら君が勉強を教えてくれないか?僕は滅多に学校に来れない。貴重な機会を無駄にしたくないんだ」
凶暴な獣に柔和な笑みを向ける様に、ミデットはレファンヌに無防備に近づいた。
「······あんた。変っているわね。私が恐くないの?」
「恐い?どうしてだい?夕陽に染まった君の金色の髪はとても綺麗だ。僕には無い生命力に溢れた瞳もね。いや。正直言うと羨ましいよ。僕の名はミデット。君は?」
「······レファンヌ」
細身の病弱な青年と凶暴な問題児。二人の出会いは、運命の言うには余りにも殺風景な場所だった。
ミデットはロッドメン一族の末席と言って差し支えの無い血の薄さの家の出だった。魔力の潜在能力に周囲は期待したが、生来の身体の弱さが祟り、将来の大成は絶望視されていた。
太陽の光は病弱な身体に障る為、ミデットの一日は何時も夕暮れ時から始まった。
最初はただの気まぐれだったのかもしれない。若しくは自分を奇異な目で見なかった相手への興味だったのかもしれない。
ともかくレファンヌはミデットの家を訪れた。月夜の下で、ミデットは庭にある椅子に座り魔法書を読んでいた。
「やあレファンヌ。来てくれたんだね」
ミデットはレファンヌに家庭教師の真似事を頼んでいた。頼まれた本人は鼻で笑って無視していた筈だった。
「······本当に夜しか活動出来ないのね」
レファンヌはミデットから魔法書を乱暴に取り上げ、瞬時に解説をしていく。ミデットから鋭い質問が飛ぶと、レファンヌは三回に二回は即答し、一回は授業の出席不足を理由に回答を拒否した。
レファンヌとミデットは、こうして夜に会う事が日常になって行った。一族の聖女候補であると同時に、問題児でもあるレファンヌに対し、ミデットは一人の女性として接した。
レファンヌは自分の鋭角な性格を全て柔らかく受け止めるミデットに不思議と興味を持ち、それは時間と共に好意に変わっていった。
「と、言う訳でまた教室を壊してやったわ。今度は学校そのものを瓦礫に変えてやろうかしら」
自己の破壊行動をまるで武勇伝のように語るレファンヌを、ミデットは羨望の眼差しで見つめる。
「······凄いな。レファンヌは。好きな時に存分に魔法を使える。僕にはそんな真似が一生望めないだろうな」
ミデットは何時もの様に穏やかに微笑んだが、その瞳には少し影がかかっていた。レファンヌはミデットが見上げる夜空を見た。
その夜以降、レファンヌは夕暮れになると魔法を一切使わなくなった。レファンヌはミデットと一緒にいる時、一族の聖女候補でも無く。問題児でも無く。ただの一人の娘である事を望んだ。
ミデットに会える夜は決して魔法を使わない。そうする事で、レファンヌは一人の娘としてミデットの前でいられた。
いつしかそれは、レファンヌの固く誓った誓約になった。
ミデットの穏やかさがレファンヌの攻撃性を和らげたのか、レファンヌの問題行為は減少していった。
ミデットと出会って半年が経過したある月夜の日。レファンヌは何時もより緊張した面持ちでミデットの家へ向っていた。
その日はミデットの誕生日だった。レファンヌは滋養に効く薬草を掻き集め、独自の製法で薬を作った。
飾り付けも無く、薬を乱雑に布袋に入れただけ。贈り物など今迄した事が無いレファンヌにとって、それは不器用ながら精一杯のプレゼントだった。
ミデットは何時もの様に庭の椅子に腰掛けていた。椅子の背もたれに身体を預け、眠っているように見えた。
「······ミデット。寝ているの?外で寝ると風邪をひく······」
レファンヌの声は途中で途切れた。ミデットの寝顔は生者の物では無かったからだ。レファンヌは震える指でミデットの頬に触れた。
ミデットの頬は微かにまだ温かった。それは、レファンヌが訪問する少し前にミデットが事切れた事を意味していた。
月夜の光は、レファンヌとミデットを静かに照らしていた。
······翌日、レファンヌはロッドメン一族の正式な聖女に任命される式に出席した。そこでレファンヌは大暴れした。
任命式に使用された伝統ある一族の遺跡を破壊し、列席した一族の重鎮達に牙を剥いた。その姿は、正気を保った者では無かったと目撃者は口を揃えて言った。
廃墟の中で魔力を使い果たしたレファンヌは、長老達に両手に魔力を制限する鎖を巻かれた。そして一族から追放された。
レファンヌは抜け殻の様に孤独な旅を続けた。彼女に生気を取り戻させたのは、かつてミデットがレファンヌに言った言葉だった。
『レファンヌ。君を言葉で表現すると、それは「自由」だ。ずっと自由でいて欲しい。流れる雲のように。世界の果てまで吹いていく風のように』
······両腕に巻かれた鎖を解くためにレファンヌは死霊を狩り始めた。俺と出会ったのは、ミデットの死から半年後だった。
······メルサル。アークレイ。そしてレファンヌの記憶を追体験していた意識はそこで途切れた。
俺の目の前には、ミデットの姿をした死霊の前に立ち尽くすレファンヌの姿が映っていた。
「······ミデット。本当に貴方なの?」
レファンヌは涙を流しながら、弱々しく右手をミデットに近づける。
「······ああ。僕だよレファンヌ。いつ見ても君の金髪は綺麗だ」
ミデットは優しくレファンヌの手を左手で握り、右手に持っていた剣でレファンヌの腹部を突き刺した。




