破局
ハーガットが発動した禁術の効果を、俺は最初理解が出来なかった。頭の中に勝手に風景が流れ込んで来た。人の記憶をまるで追体験する様に見る事が出来る。
この狂気王の禁術がそうだと分かったのは、随分時間が経過してからだった。それ程狂気王が行った行為は、現実離れてしていた。
最初に俺の頭の中に流れ込んで来たのは、魔王メルサルの記憶だった。
それは、メルサルが山に湧く温泉で汗を流している所から始まった。周囲には誰も居なかった。
メルサルは入浴中は、誰も近付かぬように部下達に厳命していた。メルサルは部下を率い山賊の討伐に赴いていた。
沸き立つ湯気に身体を預けていたメルサルの前に、当然空から人が落ちてきた。熱い湯が四方に飛び散る。
湯に飛び込んて来たのはメルサルの部下の兵士だった。両手には子鹿を抱えていた。この兵士はどうやら食料調達の為に子鹿を追いかけ、山の斜面から子鹿と一緒に足を滑らしたらしい。
「失礼致しましたメルサル様!!この子鹿が諦めが悪くてどうも」
兵士は悪びれず、全身を湯に濡らしながらメルサルに謝罪する。その兵士が目撃した眼前に立つ者の身体は、女のそれだった。
······メルサルはある魔族の国の跡継ぎだった。男子に恵まれなかった国王は、女のメルサルを男して育てた。
メルサルも相応しい国王になる為に、女を捨て男として生きて行く事を決めた。メルサルはそのまま跡を継ぐ筈だった。
だが、国王に男の子供が産まれた。そこから国王でる父と娘のメルサルの間に亀裂が生じる。
産まれた男子を跡継ぎに考えた国王は、娘であるメルサルを冷遇し、排除しようと画策し始めた。
戦いが起こると、敵より少ない兵力を指揮させ、メルサルを戦死させようとした。だが、メルサルは過酷な条件下の元で智勇を駆使し生き残った。
そんなメルサルを正統な後継者として慕う臣下も増え、国内は国王派とメルサル派に二分された。
両者の緊張は日ごとに高まって行った。そんな中、入浴中に無粋にも湯の中に飛び込んて来た一兵卒とメルサルは恋に落ちた。
兵力の名はラグラント。邪気の無いおおらかなラグラントにメルサルは惹かれ、ラグラントも過酷な運命を強い意思で乗り越えようとするメルサルに魅了された。
だが、二人の仲は国王によって引き裂かれる事になる。国王とメルサルはついに武力衝突する日が来た。
二人の仲を察知していた国王は、ラグラントを人質に取りメルサルに降伏を要求した。メルサルの目の前で、ラグラントは微笑みながら舌を噛み自害した。
怒り狂ったメルサルは国王派を全滅寸前まで追い詰めた。そこに、国王と親しく親交していたロッドメン一族の長老が現れ仲裁に入った。
メルサルは父親殺しの汚名を被る事を寸前で回避した。血生臭い屍の海の中で、メルサルは穏やかな死に顔のラグラントを何時までも抱きしめていた。
······場面は一瞬にして切り変わる。そこは田舎の小さな村だった。そこには狩った熊を意気揚々と持ち帰るアークレイの姿があった。
十六歳にして熊を狩ってしまうアークレイ少年は、村で手がつけられない乱暴者だった。
アークレイが食堂に狩った熊を高く買うよう強要する。そのアークレイの後頭部を叩く少女がいた。
少女の名はロリシア。この村でアークレイ少年が唯一頭が上がらない幼馴染だった。ロリシアは美しい娘だった。
そんなロリシアとアークレイは、お互いに恋心を抱いていた。だが、王都に帰還中の外交官がこの村に立ち寄った事で二人の運命は激変する。
宿屋の娘であるロリシアを見た外交官は、その美しさに驚き、是非国王の愛人になる事をロリシアの親に勧めた。
父親は拒否したが、外交官が手を回しこの村の税金を倍にすると脅して来た所で父親は屈した。
ロリシアも村を守る為に外交官と共に王都に向かった。アークレイには他の村に嫁ぐと手紙で知らせ、ロリシアは王都へ旅立った。
ロリシアが居なくなってからのアークレイ少年は更に荒れた。そしてついに村から追放された。
四年後。アークレイは名のしれた冒険者になっていた。アークレイの名を聞き、国王は配下にしようとアークレイを晩餐会に招いた。
そこでアークレイが目にしたのは、国王の第二王妃になっていたロリシアだった。事実を知ったアークレイは激怒し、国王からロリシアを奪還しようとした。
だが、国王の村への報復を恐れたロリシアはアークレイを必死で止めた。アークレイとロリシアの仲を疑った国王は、アークレイを捕らえようとした。
大人しく拘束される性格では無いアークレイは、仲間達と共に反撃しようとした。その時、国王の特別顧問のロッドメン一族の長老が現れ、国王とアークレイの衝突を食い止めた。
そしてこの時期にロリシアの国は隣国から侵略を受けた。敗戦に敗戦を重ね、国王は王都の民を捨てて逃亡した。
王族の中で唯一王都に残ったロリシアは、王都の民衆を避難させる為に最後まで残った。ロッドメン一族の長老の提案で、王都から離れていたアークレイが駆けつけた時、ロリシアは廃墟の王都と共に亡骸と化していた。
······場面は三度変わる。そこは学校の教室だった。教室の黒板はひび割れ、机や椅子は燃やされ。夕日がさしこむ窓は全て壊されていた。
教室に残った唯一無事な椅子に座るのは、この教室を破壊し尽くした張本人、レファンヌだった。
黒いワンピース調の制服を着崩し、長い足を組みながら、無人の教室で機嫌が悪そうにしていた。
教室の半壊した扉から誰かが入って来た。それは白髪の青年だった。青年は自分を睨みつけるレファンヌに優しく微笑みかけた。




