終幕の始まり
「······レファンヌ。マコム。アークレイにメルサルも」
俺は闇に包まれた舞台に現れたレファンヌ達を見て驚いた。どうやってこの中に入ったんだ?
「この趣味の悪い舞台に上がった所でハーガットの禁術が発動されたのよ」
レファンヌは不快そうに黒一色に染められた周囲を見回す。十法将のノホットは外のロッドメン一族達を指揮する為に残ったらしい。
「おお。ロッドメン一族の聖女。勇者アークレイに魔王メルサル。我が劇場への来訪を心より歓迎するぞ」
ハーガットが細い両手を広げてレファンヌ達に笑みを向けた。その間にもグレソル達は三百体の死霊騎士達に襲われていた。
「別に歓迎される筋合いは無いけどね。その劇場とやらを木っ端微塵に破壊し尽くした時のアンタの顔が見たくなったわ」
レファンヌは銀の杖を構える。マコムも愛用の戦斧を握り締め臨戦態勢だ。俺達の前には呪文が使えない丸腰のハーガットとロイエンス。
武器を手にしているのはヒズケイトとべロス。あの二人を突破すればハーガットを倒せる!
「予の劇場に役者は集い揃った。名残惜しいが終幕を始めるとしよう」
狂気王が悲しげな表情を見せ、両手を高く掲げた。すると、ヒズケイトとべロスが姿を現した床の穴から、新たな人影が出てきた。
······一人目は女だった。若い女だ。二十歳前後に見える。長い黒髪の女はとても美しい顔をしていた。女はゆっくりとアークレイの前に歩いてゆく。
二人目は男だ。これも若く二十代前半と思われた。砂色の髪に逞しい身体は戦士だと容易に分かる。戦士はメルサルの元へ歩いて行く。
三人目も若い男だった。白髪の髪の下に覗かせる顔は細く、秀麗だがとても弱々しかった。それは見る者に病的な印象を与える顔だ。
だが、とても穏やかで優しそうな顔だ。男はレファンヌの前にある居て行く。
······そして四人目は、金髪の少女だった。甲冑を纏った少女は、俺の前に立つ。それは俺が救出に来たアミルダだった。
突然現れた四人の共通点。全員が土色の顔と虚ろな目。そして手には剣を握っていた。
「さあ!終幕を始まりだ!!」
ハーガットが興奮したように高らかに宣言した。その終幕の序章は、メルサルの震えた声で幕を開けた。
「······ラグラント。何故死んだ筈の貴方が?馬鹿な。あり得ない」
メルサルは目の前の戦士を見ながら声と肩を震わしていた。そしてそれは、動揺とは一切無縁な不良勇者も同じだった。
「······ロリシア。お前なのか?」
神経が太く図々しいアークレイが一言呟いた後に呆然としていた。その異様な事態は金髪の聖女候補にも飛び火した。
「······ミデット」
俺は目を疑った。不遜横柄な聖女。レファンヌが白髪の青年を見ながら両目から涙を流していた。俺は頭が混乱した。
油断の文字とは程遠いメルサル、アークレイ、レファンヌの三人が武器も構えずただ呆然と立ち尽くしていたのだ。
土色の顔。あの三人の前に立っているのは間違いなく死霊だ!だが何故かレファンヌ達が見知った顔らしい。
きっとハーガットが禁術で造り出した死霊だ。奴は人の心を覗く術を会得しているらしい。三体の死霊は手した剣を振り上げ、目の前のレファンヌ達に斬りかかる。
レファンヌ達は辛うじてそれに反応して防ぐが、たちまち防戦一方に陥った。
「くそっ!奴は何処まで俺達を振り回すんだ!」
俺は地を蹴りハーガットを倒す為に駆け出した。奴さえ。ハーガットさえ倒せば全てが終わる筈だった。
だが、アミルダが鋭い斬撃を俺に浴びせそれを阻止して来た。俺はラークシャサでそれを防ぐ。
「アミルダ!俺だ!キントだよ!思い出してくれ!!」
俺は悲痛な声で金髪の少女に叫ぶ。アミルダは虚ろな表情を一切変えなかった。
「······私はハーガット様の忠実なる下僕。ハーガット様に仇なす者は排除する」
アミルダは感情の欠落した声色で更に剣を繰り出して来た。以前アミルダの部下が言っていた通り、彼女は剣の達人だった。
俺はアミルダの高速の連撃に手も足も出なかった。肩や足に次々と傷を負って行く。以前、森の中で死霊になった時のアミルダは確かに俺の名を呼んだ。
だが今は俺の事を理解していない。何でだ
?俺は直ぐにその理由が分かった。考える迄も無かった。アミルダはあの狂気王に何かされたのだ。
「クソッ!! ハーガット!!」
俺は憎しみを込め絶叫した。
「キントさん!!」
マコムが後方から叫びながら俺に加勢してくれた。
「レファンヌさん達は我を忘れ失なっています!一刻も早くハーガットを倒さないと!」
マコムは冷静に状況判断を下し、唯一我を保っている俺と共闘する事を選んでくれた。だがアミルダの剣技の前に、俺とマコムは二人がかりでも金髪の少女を突破出来なかった。
「さあ!いよいよ予の劇は最高潮に達する!!」
ハーガットが裏返りそうな大声を発した瞬間、舞台を覆っていた黒い壁が消失した。長い時間見ていなかった様に思わせる太陽が舞台を明るく照らす。
俺は狂気王のその行為が何の為か分からなかったが、とにかくこれでレファンヌ達は呪文が使える筈だ!!
だが、俺は同時に思った。それは呪文が使用出来るのはハーガット達も同様だった。俺の視界の先に、両手で杖を握り掲げる狂気王の姿が見えた。
狂気王が破局の禁術を発動させた事に、この時の俺は全く気が付かなかった。




