窮地の狂気王
グレソルが左手を上げると、一人の冒険者がハーガットの前に浮遊していた十本の武器に複数の鎖を投じた。
鎖は武器に巻き付き地面に落ちた。ハーガットはそれを見下ろし怪訝な表情をする。
「その「束縛の鎖」は魔法具だ。鎖に巻かれた物は魔力を全て封じ込まれる。その物質量移動とやらも発動出来んぞ」
グレソルは勝ち誇ったようにハーガットを見下ろす。
「ハーガット。貴様が死ぬ前に一言だけ言っておこう。正道で魔力を極める事は難く、禁術で闇の力を得る事は容易い」
グレソルは肩の傷を痛む様子も無く、狂気王を正面に見据えながら言葉を発する。
「安易に禁術に溺れた貴様は精神が脆い弱者だ。弱き己の心根を恥じるがいい」
グレソルは堂々と狂気王を弾劾する。弾劾された本人は細い両目を見開いていた。
「······予が弱き人間だと?」
ハーガットは震えた声でグレソルの弾劾に反応した。
「そうだ。貴様は惰弱な王だ。それとも、禁術しか拠り所の無い裸の王と言う表現がいいか?」
グレソルはハーガットを論破したとばかりに、畳み掛けるように毒舌を浴びせた。
「······そうか。予は心弱き者だったのか。予は元々劇作家を志した。だが、虚構の世界は予の心を満たさなかった。故に予は現実世界で名劇を造り上げる為に禁術を極めた。その是非を裁かれる要因が予にあると言うのか?」
ハーガットはまたブツブツと理解不能な事を言い始めた。グレソルはその狂気王の様子を動揺と取ったのか、他の十法将達に指示を出す。
「ヒメラルロ!!ハーガットに魔力が尽きる迄攻撃し続けろ!!」
グレソルに名を呼ばれた十法将の一人が、ハーガットに火炎の呪文を叩きつける。炎の槍は狂気王の魔法障壁に阻まれる。
ヒメラルロは呪文を唱え続ける。壁に弾かれた炎が周囲の温度を跳ね上げて行く。俺もあまりの暑さに距離を取らなくてはならなかった。
「次はイースタットだ!!」
魔力を使い尽くしたヒメラルロが後退すると、グレソルは直ぐさま次の名を呼び指示する。
イースタットと呼ばれた十法将は地下重力の呪文を唱える。だが、再びハーガットは障壁でそれを阻む。
イースタットの呪文が止んだ時、ハーガットは額から汗を流し息を切らしていた。こ、これはどう言う事だ?
「······予の魔力を枯渇させる事が狙いか?ロッドメン一族よ」
狂気王はグレソルを見上げる。グレソルはハーガットを見下し失笑する。
「今頃気付いたか狂気王よ?ロッドメン一族が誇る十法将の二人の魔力を受けきったのだ。これは称賛されるべき事だと言っておこう」
グレソルはそう言うと、メルダに大仰に口を開く。
「メルダ。止めは俺とお前で同時にやるぞ。ハーガットの障壁を破った方が一族の後継者となる。異論は無いな?」
「······いいわグレソル。その提案に二言は無いわね」
メルダとグレソルは同時に杖を構える。メルダは吹雪の呪文を、グレソルは火炎の呪文を放った。
吹き荒れる猛吹雪と巨大な炎の塊がハーガットを襲う。狂気王を守っていた見えない壁は、徐々に縮小して行き吹雪と炎がハーガットの眼前に迫っていた。
ハーガットの魔力が尽きようとしているのか?ま、まさか。このまま狂気王は倒されるのか!?
「さらばだ。狂気王」
グレソルが言い捨てた瞬間、炎と吹雪はほぼ同時に障壁を貫いた。吹雪と爆炎が混じり合い、ハーガットの立っていた場所には大きな氷の塊が出現した。
「私の呪文の方が威力があったようね」
メルダが氷塊を眺めながら、グレソルに自分の力を知らしめる。
「自惚れるなメルダ。俺は周囲の被害を考慮してハーガットに直撃する寸前に火力を調節しただけだ」
グレソルがメルダを嗜めると、言われた本人が短い叫び声を上げた。
「······ハーガット!!」
メルダの声に、グレソルは彼女の視線の先を見る。二人の頭上に、ハーガットと左腕が無い白衣を着た男が浮遊していた。
あいつは、ロイエンス!!
「······その白衣の者が物質移動の使い手か?ハーガット」
グレソルは歯ぎしりしながら、今度は自分が狂気王をみ上げる立場となった。ロイエンスの物質移動の呪文により、ハーガットは死地から瞬時に移動したのだった。
「偉大なる君主は絶対絶命の危機を脱した。第二幕を始めるには良い頃合いだな」
ハーガットは指を鳴らした。その瞬間、この王都全体を揺るがす様なうめき声が聞こえてきた。
その余りに多い声は、まるで地鳴りのように俺の鼓膜を突いた。俺は舞台から街の方角を見下ろした。
「······こ、これは何だ?」
想像を絶するその光景に、俺はただ呆然とするしか無かった。城下町の地中から、数え切れない死霊達が土を掻き分け這い出て来た。




