8 寝ちゃいました?
弓木は、微睡みの中にいた。
☆ ☆ ☆
探偵事務所を開くにあたって、弓木はまず不動産屋を訪ねた。
何軒か渡り歩いたが、希望の場所が見つからず途方に暮れていた時、八重垣に勧めてもらったのがこの場所だ。
駅から近く、給湯施設があり、窓が大きめ。
賃貸ではなく、分譲。
幸い、退職金と貯金があったので、一括で購入して、内装を整える。
それだけで貯金が尽きそうになったのは、弓木も驚いた。
窓には大きく、『弓木探偵事務所』の文字。
弓木は満足気に笑みを浮かべ、心機一転、気持ちを切り替えようとした。
だけど無名の探偵。すぐに依頼が舞い込むわけもなく、今より閑古鳥が鳴いていた。
八重垣と健哉も加わり、ビラを配ったり、ホームページを作ったり、新聞に載せてもらったりして、少しずつ依頼がくるようにもなったあるとき、同じビルの一階に入っていたテナントのオーナーが亡くなった。
当時は、事件として扱われ、オーナーの死亡時刻に探偵事務所に一人でいた弓木が疑われた。
弓木は、捜査の杜撰さに呆れ、自身で捜査することにした。
結局、オーナーは過労死だった。弓木は、遺産相続の争いに巻き込まれただけだったのだ。
ため息を吐いて探偵事務所に戻ろうとしたとき、疑った事への謝罪を言いに来た刑事が、昔同僚だった、今は刑事課課長、五十嵐洋介だった。
再会した洋介は、まだ巡査部長だった。
弓木が警察を辞めた後、洋介も進退を迫られたらしいが、洋介は進むことを選んだ。
そんな話を聞いているとき、洋介が提案してきた。
「これからも、陰ながら捜査に協力してくれないか。報酬は払うから」
報酬の一言に、弓木は了承してしまった。
それから、洋介が持ち込む依頼を、弓木は八重垣と健哉と共に解決していった。
それを洋介が自分の手柄として、出世していったことを知ったのは、しばらく後になってからだった。
「やっぱり、警察は嫌いだ……」
酔った弓木が八重垣と健哉にそう愚痴を溢して以来、二人は洋介の依頼を完全に突っぱねていた。
それが今回、まんまと洋介の思惑に嵌ってしまったことが悔しい。
☆ ☆ ☆
「――――――……さん、弓木さん」
「……ん」
八重垣の声で、弓木は瞼を上げた。
「おはようございます。また事務所に泊まったんですか?」
「おは、よう……?」
ぼんやりした頭と、視界で、弓木は辺りを見回した。
ブラインドが下りた窓から、朝日が差し込んでいる。
「あれっ!俺、寝てた……!?」
慌てて身体を起こすと、背中から毛布が滑り落ちそうになる。
「え……これ……」
「おはようございます。ちゃんと横になって寝ないと、身体が休まらないですよ?」
そう言って、給湯室から顔を覗かせたのは、笑顔の健哉だった。
「おはよう。この毛布、健哉が?」
「はい。昨日忘れ物を取りに来たときに。風邪を引いたらいけないなと思いまして」
「ありがとう。起こしてくれてもよかったのに」
「弓木さん、とてもよく眠っていたので寝顔を拝見……おっと。起こすのは悪いかとおもいまして」
八重垣の不穏な気配を感じ、健哉が言葉を濁す。
弓木は首を傾げたが、笑顔で健哉が運んできたコーヒーを受け取る。
「それは、気を遣わせてしまって、すまなかったね」
「いいえ、役得……いえ、気にしないでください」
八重垣の嫉妬まみれの視線を受けながら、健哉は飄々と笑顔を向けた。
「ごちそうさま。それじゃあ現場のハイツに向かおうか」
「はい!」
眠気覚ましのコーヒーを飲み干し、弓木は八重垣と、健哉と共に調査に出かけた。
寝落ちってありますよね




