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無名  作者: 天空瞳
8/21

 8 寝ちゃいました?

弓木は、微睡(まどろ)みの中にいた。


  ☆ ☆ ☆


探偵事務所を開くにあたって、弓木はまず不動産屋を訪ねた。


何軒か渡り歩いたが、希望の場所が見つからず途方に暮れていた時、八重垣に勧めてもらったのがこの場所だ。


駅から近く、給湯施設があり、窓が大きめ。


賃貸ではなく、分譲。


幸い、退職金と貯金があったので、一括で購入して、内装を整える。


それだけで貯金が尽きそうになったのは、弓木も驚いた。


窓には大きく、『弓木探偵事務所』の文字。


弓木は満足気(まんぞくげ)に笑みを浮かべ、心機一転、気持ちを切り替えようとした。


だけど無名の探偵。すぐに依頼が舞い込むわけもなく、今より閑古鳥(かんこどり)が鳴いていた。


八重垣(やえがき)健哉(けんや)も加わり、ビラを配ったり、ホームページを作ったり、新聞に載せてもらったりして、少しずつ依頼がくるようにもなったあるとき、同じビルの一階に入っていたテナントのオーナーが亡くなった。


当時は、事件として扱われ、オーナーの死亡時刻に探偵事務所に一人でいた弓木が疑われた。


弓木は、捜査の杜撰(ずさん)さに呆れ、自身で捜査することにした。


結局、オーナーは過労死だった。弓木は、遺産相続の争いに巻き込まれただけだったのだ。


ため息を吐いて探偵事務所に戻ろうとしたとき、疑った事への謝罪を言いに来た刑事が、昔同僚だった、今は刑事課課長、五十嵐洋介(いがらしようすけ)だった。


再会した洋介は、まだ巡査部長だった。


弓木が警察を辞めた後、洋介も進退(しんたい)を迫られたらしいが、洋介は進むことを選んだ。


そんな話を聞いているとき、洋介が提案してきた。


「これからも、陰ながら捜査に協力してくれないか。報酬(ほうしゅう)は払うから」


報酬の一言に、弓木は了承してしまった。


それから、洋介が持ち込む依頼を、弓木は八重垣と健哉と共に解決していった。


それを洋介が自分の手柄として、出世していったことを知ったのは、しばらく後になってからだった。


「やっぱり、警察は嫌いだ……」


酔った弓木が八重垣と健哉にそう愚痴(ぐち)(こぼ)して以来、二人は洋介の依頼を完全に突っぱねていた。


それが今回、まんまと洋介の思惑(おもわく)(はま)ってしまったことが悔しい。


  ☆   ☆   ☆


「――――――……さん、弓木さん」


「……ん」


八重垣の声で、弓木は(まぶた)を上げた。


「おはようございます。また事務所に泊まったんですか?」


「おは、よう……?」


ぼんやりした頭と、視界で、弓木は辺りを見回した。


ブラインドが下りた窓から、朝日が差し込んでいる。


「あれっ!俺、寝てた……!?」


慌てて身体を起こすと、背中から毛布が滑り落ちそうになる。


「え……これ……」


「おはようございます。ちゃんと横になって寝ないと、身体が休まらないですよ?」


そう言って、給湯室から顔を覗かせたのは、笑顔の健哉だった。


「おはよう。この毛布、健哉が?」


「はい。昨日忘れ物を取りに来たときに。風邪を引いたらいけないなと思いまして」


「ありがとう。起こしてくれてもよかったのに」


「弓木さん、とてもよく眠っていたので寝顔を拝見……おっと。起こすのは悪いかとおもいまして」


八重垣の不穏(ふおん)気配(けはい)を感じ、健哉が言葉を(にご)す。


弓木は首を(かし)げたが、笑顔で健哉が運んできたコーヒーを受け取る。


「それは、気を(つか)わせてしまって、すまなかったね」


「いいえ、役得……いえ、気にしないでください」


八重垣の嫉妬(しっと)まみれの視線を受けながら、健哉は飄々(ひょうひょう)と笑顔を向けた。


「ごちそうさま。それじゃあ現場のハイツに向かおうか」


「はい!」


眠気覚ましのコーヒーを飲み干し、弓木は八重垣と、健哉と共に調査に出かけた。



寝落ちってありますよね

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