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無名  作者: 天空瞳
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 6 出会い、ですか?

出会いです。

弓木は、ぼんやりと電車の車窓から景色を眺めていた。


その脳裏には、先ほど刑事課課長、五十嵐洋介(いがらしようすけ)が口を滑らせた、弓木にとっては思い出したくない事件が思い出されていた。


今から十年前、ある高校の男性教師が殺害された。


その教師は、生徒に優しくて人気だと評判の教師だった。


恨まれることもなく、怨恨(えんこん)すら見つからなかった。


当時、弓木は警部補で、巡査部長だった洋介と二人組で捜査をしていた。


捜査していくうちに、一人の男子生徒と()めていた事実を突き止めた。


弓木は、最初その男子生徒を疑った。


だけど調べていくうちに、死亡時刻にその男子生徒が別のところにいたことがわかり、弓木と洋介はその男子生徒を捜査対象から外し、捜査をやり直していた。


そんなとき、警察上層部から弓木達が捜査対象から外した生徒を再度調べるようにと要請がかかった。


疑問に思った弓木と洋介はその要請を無視して、捜査を続けていた。


そしてある日、警察上層部の一人の、その息子が怪しいと疑いが出てきた。


それを上司に報告したところ、上司は「そんな事実は認められない」と言った。それだけでなく、弓木と洋介に捜査から外れるようにと言い渡してきたのである。


まだ自前の正義感を持っていた弓木はそれに反発。


無実の男子生徒が取り調べを受けている中、真犯人、警察上層部の一人の息子を引っ張りだし、事件を解決させた。


連日マスコミに、えん罪を引き越す手前だったと報じられ、警察のあり方を議論され、注目された。


その中で弓木は辞表を上司に提出し、受理された。


「はぁ……」


停車駅のアナウンスで、弓木は記憶の中から現実へ戻ってくる。


「ちっ。洋介のせいで嫌なこと思い出したじゃねぇか。やっぱり五倍くらい請求額増やせばよかったな」


電車がホームに入り、ドアが開く。


ホームに降り立ち、弓木はふと、思った。


「そういえば、えん罪にされかけたあの男子高校生は今、どうしているのだろう」


弓木は気づかなかった。


その男子生徒が、先日女装して事務所に現われ、そして先ほど洋介との会話で出てきた不憫(ふびん)な刑事、清水(しみず)だということに。


   ☆   ☆   ☆


事務所の入り口を開けると、甘い匂いが(ただよ)ってきた。


「おや?」


「おかえりなさい、弓木さん!ちょうどいいところに帰ってきてくれました!」


八重垣と健哉が、笑顔で出迎えてくれる。


「ただいま。なんだか甘い匂いがするね」


弓木も笑顔で応え、匂いを辿(たど)るように応接セットに視線を向ける。


「弓木さんが戻ってきたらみんなで食べようと思って、注文していたんです!」


「それは、お待たせして申し訳なかったね」


応接セットのテーブルの上には、切り分けられ皿に乗せられたチョコレートケーキと、ポットに入れられた紅茶が置いてあった。


「そんなことはありませんよ。ちょうど紅茶を入れようと思っていたところです。さあ、座って頂きましょう」


八重垣は弓木をソファへと(うなが)し、自身もその横へ腰を下ろした。


「そうだね。ありがとう」


ちょうど甘い物が食べたかった弓木は、それが弓木の為に八重垣と健哉が用意したものだとは知らない。


二人も、弓木に知られないように隠している。


弓木は、チョコレートケーキを一口サイズに切ってフォークに刺し、口に入れる。


「ふふー」


幸せそうに笑う弓木の顔を見て、八重垣と健哉も笑顔になる。


二人は、弓木の笑顔を見るのが大好きなのだ。


八重垣も健哉も、弓木に助けられたことがある。


八重垣(やえがき)は、元は喫茶店を経営していた。


経営も順調で、お客もそこそこ入っていて繁盛(はんじょう)していたが、立ち退きを(せま)られ、断っていると嫌がらせを受け、客足も遠のいていった。そんな時、捜査で立ち寄った弓木に弁護士を紹介してもらい、嫌がらせの保証金を請求することができ、立ち退きを迫っていた会社は違法で捕まり、店も守ることができた。


お礼を言うと、弓木は大したことないと言い、それから紅茶を飲みに時々来店するようになった。


警察官立寄りの店として、客足も伸び、経営はとても順調になったのだ。


それが何故、探偵事務所の助手をやっているのか、それは弓木が警察を辞めたから探偵事務所を作ると聞き、あの時の恩を返そうと物件を紹介し、なおかつ自分も雇ってくれと頼み込んだからだ。


最初、弓木は断った。そこまでしてもらう理由がないと。


だけど八重垣は食い下がり、結局、弓木が折れた形になった。


八重垣の喫茶店は経営を弟に譲り、事務所のお茶は、八重垣の店から買い付けている。


健哉(けんや)は、元は不良少年だった。


路上で喧嘩(けんか)をしていたとき、仲裁に入ったのが弓木(ゆぎ)だった。


弓木は双方(そうほう)の話を聞き、(なだ)め、和解させた。


それでも反発していた健哉を、弓木は無理矢理連れ出し、健哉が抱える不満を否定することなく聞いた。


「人は、いろいろな考えを持つ生き物だ。自分と同じ考えを持つ人に会う確率の方が、難しい。自分の両親でさえ、意見が食い違うことなんて当たり前なんだよ。それをどう納得させるか、それを学ぶために学校に行っているんだと、俺は思うよ」


笑ってそう言った弓木の言葉に、健哉は(うつむ)くことしかできなかった。


弓木と別れた後、健哉は家に帰り、両親に謝り、話をした。自分が何を考え、どう思っているのかを。


初めて面と向かって話をしてくれたことに、母親は涙を流して、父親は成長を喜んでくれた。


その後も、両親と口論(こうろん)をすることもあったが、両親が何を思って言っているのか考え、自分の思いも伝えることができた。


お礼を言いたくて弓木を探しているとき、バイト先で偶然出会った。


警察を辞めて探偵事務所を作ると聞いて、(いち)もなくバイトでいいから(やと)って欲しいと願い出た。


弓木は、軌道(きどう)に乗るまではバイト代も出せそうにないから、と断ったが、健哉の両親からもお願いされ、引き受けてしまった。


だけど、そんな弓木も、二人に救われていたのは事実だ。


警察を辞める原因となった、大切な人の死。刑事なのに守れなかった自己嫌悪で自棄(やけ)になっていた。


そんなとき、二人が熱心に話しかけてきてくれたから、弓木は卑屈(ひくつ)にならずに済んだ。


「ごちそうさま。とっても美味しかったよ」


「喜んでもらえて嬉しいです」


「はい!」


「さて、それじゃあ調査の話を聞こうか」


「はい!」




次回、調査の話です。

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