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無名  作者: 天空瞳
5/21

 5 過去に何かありました?

「はっくしょんっ!……ぐず。誰か噂してるのかな?」


弓木(ゆぎ)は、辺りを見回して、誰もいないのを確認してから、建物の中へと入っていった。


「こんにちは、取り次ぎをお願いしたいのだけど」


「はい。ではお名前をお願いします」


受付の女性は、弓木を見て、事務的に答えた。


「僕は弓木と言います。刑事課の課長、名前は確か……」


「かしこまりました。少しお待ちください」


そう言って受付の女性は、手元の電話で内線をかける。


「課長に取り次ぎを、名前は弓木さんとおっしゃる方で……。はい。わかりました」


受話器を置いた女性は、弓木に向かって右側にあるソファを勧めた。


「もう少しで参りますので、あのソファにかけてお待ちください」


「ありがとう」


礼を言って、ソファに座る。


数分して、エレベーターから一人の男性が現われた。


スーツをしっかり着こなし、どこかのビジネスマンのように颯爽と歩いてくる。


「よう、弓木!久しぶり!」


「……」


男性の顔を見るたび、弓木の眉間のシワが増えた。


「そんな嫌そうな顔するなよ。久しぶりに会う同僚に向かって」


「俺はもう刑事じゃない」


「まあ、とにかくこっち」


「……ちっ」


舌打ちをして、弓木は男性の後についていった。


連れてこられたのは、応接室のような場所だった。


「それで?あんな刑事寄越して、何を企んでいるんだ」


「あんなって、清水のことか?素直ないい青年だろう?」


「もしかして、お前の案なのか、あの女装」


「そうだぞ。お前が警察嫌いだから、依頼内容も容姿も偽って行けって指示したからな」


「……可哀想に」


弓木は清水に同情した。


「仕方ないだろう。こうでもしないと、お前と連絡なんて取れないんだから」


「俺はとる必要性を感じない」


「そう言うなって。あの事件のあと、お前が警察を辞めたこと、俺は今でも……」


洋介(ようすけ)、その話をするなら俺は、十倍の請求をして帰るぞ」


部屋の空気が一段と下がる。


「っ!……悪かった」


「ふん。それで?」


「今回依頼した事件、裏がありそうな気がして、調査を頼みたい」


「非公式に、だろ?」


「あぁ」


「また、手柄(てがら)はひとりじめか?」


「そんな事はしないさ。連絡には清水をつける」


「ああ、あの不憫(ふびん)な刑事か」


五十嵐洋介(いがらしようすけ)四十五歳。刑事課課長は、にやりと笑う。


「素直すぎるのが些か(いささか)(たま)(きず)、だけどな」


弓木の表情が曇る。だけどそれは一瞬で、すぐにふて腐れた顔に戻る。


「費用についてはいつも通り。口座に振り込んでおいてくれ。金額は……」


「了解。じゃあよろしく頼む」


「はぁ。めんどくさい」


椅子から立ち上がり、弓木は洋介と部屋を出た。


建物から出て、弓木は空を見上げる。


「はぁ。甘い物、食べたいな」


呟いて、事務所に帰るため、駅に向かって歩き出した。


   ☆   ☆   ☆


去って行く弓木の後ろ姿を眺めながら、洋介はため息を吐いた。


「課長。こんなとろこで何してるんですか?」


後ろから声をかけてきたのは、女装から普段のスーツに着替えた、清水だった。


「なんだ、もう着替えたのか」


「当たり前じゃないですかっ!あんな格好で署に戻ってくるわけないでしょ!」


「そうだな」


「課長?」


いつものふてぶてしい態度が、大人しいのが気持ち悪くて、清水は洋介の顔を覗き込んだ。


「何だ?俺に惚れたか?」


ニヤリと笑った顔に、からかわれたと気づいて、清水は勢いよくそっぽを向いた。


「ふざけないでください!」


「まあ冗談はそのくらいにして、お前、今度から弓木探偵事務所の窓口だから」


「はい?」


「弓木から上がってくる情報は、お前が受け取れ」


「それって、違法捜査じゃないんですか?」


「違うな。一般市民からの情報提供だ」


「……お金を払って、ですか?」


洋介は、清水の頭に手を乗せた。


「事件によったら、報酬を出してでも情報提供を呼びかけるときもある。それと一緒だ」


「そんなの、詭弁です」


「そうだな。だけどその分、犯人が捕まる可能性があがるなら、俺はそうする」


「それが、課長の正義ですか?」


「……。まあ、な」


納得いかないと、顔に書いてあるが、清水はそれ以上何も言わず、コクりと頷いた。


若いな、と洋介は清水に対して思った。そして、その若さと、自前の正義を持った人物を思い出し、洋介は弓木が去った後に視線を向ける。


「あいつも、吹っ切れたらいいのにな……」


「なにか言いました?」


「いや、何も。さて、捜査会議始まるぞ」


「はい」


洋介と清水は、並んでエレベーターに乗り込んだ。


いろいろ難しいですね

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