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無名  作者: 天空瞳
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 4 調査具合はいかがです?

八重垣(やえがき)は、弓木(ゆぎ)と離れてまずは不動産会社へ向かった。


「いらっしゃいませ」


「部屋を探しているのですが」


「はい。どのようなお部屋をご希望でしょう」


対応したのは、まだ若い女性だった。


八重垣の容姿は所謂(いわゆる)イケメンに属するらしく、女性店員は頬を赤く染めた。


「実は、探しているのは僕ではなく、姉なんですが……」


「お姉さんの。本日はご一緒ではないのですか?」


「ええ、ちょっと家から出にくくて……」


言葉を濁すと、女性店員は何かを察したらしく、カウンターから一冊のファイルを取り出した。


「ではこちらの物件はいかがでしょう?女性限定のハイツでして、引っ越しの時も、ご要望があればこちらで手配した業者を指定いただけます。身元は確かな者達ですので、一切口外しませんし、安心いただけるかと思います」


八重垣の前に、一枚の紙が出された。


それは、まさしく先ほどのハイツだった。


「このハイツは、セキュリティはどうなのでしょう?」


「もちろん、万全です。有名は警備会社と契約しており、緊急の際はご連絡一つで駆けつけます」


「その分、家賃は高いのでしょう?」


差し出された用紙に、家賃は記載されていなかった。


「その点もご安心ください。大家さんが仕事を斡旋してくれますので、収入は安定。家賃もお給料からお引き去りさせていただくので、良心的な価格で安心です」


「そうですか。仕事も辞めざるを得なかったので、それは助かりますね。ちなみに、僕も同居できるのでしょうか?」


そう聞くと、女性店員は表情を曇らせた。


「それは、申し訳ありませんが、できかねます。理由としては、他の住人の方の配慮、とご了承ください」


「そうですか。訪問くらいは大丈夫ですか?」


「それは、大丈夫です」


「よかった。まったく姉に会えなくなってしまうと、さみしいですから」


八重垣が微笑むと、女性店員は頬を赤らめ、モジモジと視線を逸らした。


「お、お姉さん思いなんですね」


「ええ。二人だけの姉弟ですから。この用紙、もらって帰ってもよろしいでしょうか?姉と相談したいので」


「あ、すみません。それはお渡しできないものでして、代わりにこちらを」


そう言って女性店員が渡してきたのは、アドレスが書いてある名刺サイズの紙だった。


「これは?」


「今、お話しした概要(がいよう)が載っているサイトのアドレスです。月毎に変わりますのでお気をつけください」


「わかりました。ありがとうございます」


「またのお越しをお待ちしております」


女性店員の熱いまなざしを背に、八重垣は不動産会社を後にした。


「さて、最初で引っかかるとは、なんとも嫌な感じですね」


名刺サイズの紙を財布に入れ、八重垣は探偵事務所に向かって歩き出した。


  ☆  ☆  ☆


「ただいま戻りました」


事務所に戻ると、弓木はまだ戻っておらず、健哉(けんや)だけがいた。


「おかえりなさい。早かったですね。現場はどうでした?」


「現場には入らず、野次馬(やじうま)のおばさんに話を聞いてきました」


八重垣は健哉の隣の椅子に座り、財布から不動産会社からもらった名刺サイズの紙を取り出した。


「おばさんは情報通ですからねぇ。まだまだ現場には警察さんが沢山(たくさん)でしょうから、弓木さん行きたくなかったんですね」


「そうでしょうね」


健哉も八重垣も苦笑する。弓木の警察嫌いは、この二人も周知の事実だった。


「健哉の方はどうでした?」


「監視カメラですが、あの辺少ないみたいです。一カ所だけ、電信柱についていた監視カメラがありました」


「どの電信柱でしょう?」


「この辺りですね」


健哉がパソコンに地図を表示させて、指さすと、そこは問題のハイツの少し手前だった。


「あぁ。そこは先ほど弓木さんがぶつかった電信柱でしょうね」


「弓木さんがぶつかった!?弓木さん大丈夫でしたか?!」


「ええ。痛がっていましたが、大丈夫ですよ」


「よかった。まったくあの人は……」


「本当に」


二人は苦笑して、話を進めた。


「それで、なにか映ってましたか?」


「結論から言うと、何も」


「何も?」


健哉はパソコンを操作して映像を出した。


「映像は事件があった日以前、一週間前からのものです。カメラの角度的にハイツの入り口は映っていませんが、二階部分、問題の部屋の入り口はギリギリ映っていました」


八重垣はパソコンの画面を見つめた。健哉が再生のボタンを押すと、映像が動き出す。


「これは、いったい?」


「僕にはわかりません」


一週間、一度も開かないドア。


それだけでなく、あれだけ野次馬がいたにもかかわらず、まったく人通りがない。


前を通る人全員が、カメラの死角を通っているとでも言うのか?


首を傾げる二人。


「そして問題の日がここです」


カメラの端に、一瞬だけ女性が映り込み、そこから慌ただしくパトカーや、野次馬が集まりだした。


「何も、と言わざるを得ませんね」


映像をストップして、健哉も八重垣もため息を吐き出した。


「他の場所のカメラも今、探しています」


「そうですね。引き続きお願いします」


「さっきから、その紙なんですか?」


「あぁ、これですか。これは、あのハイツの概要、だそうですよ」


「へぇ」


八重垣が自分のパソコンにアドレスを打ち込んで、ホームページを開く。そこには、エメラルドグリーンに装飾されたページが現われた。そしてハイツの説明と、大家の連絡先と住所が最後に記載されていた。


「異性の同居は、認められないですか」


「……ん?」


「どうしました?健哉」


「それ、おかしくないですか?」


健哉は、数時間前に見ていた新聞を持ってきた。


「ここ、読んでみてください」


男女刺殺事件の記事の一文を指さして、健哉は八重垣に渡した。


「『隣人の話では、男性は度々(たびたび)女性に暴力を振るっていて、警察では女性が男性を刺して、自分も自殺を(はか)った可能性があるとみて、捜査をしている』……本当ですね。これはおかしい」


「ですよね。異性の同居は認めていないのに、どうして亡くなった女性の部屋に、男性が住んでいたことを、隣人はそのとき大家に報告しなかったのでしょうか?」


「ふむ。それも要調査ですね」


「ところで、弓木さんはどうしたのです?」


「あぁ、きっと今回の報酬の相談に、古巣(ふるす)に行っているのでしょう」


「なるほど。では戻ってきたときのために、美味しいお菓子でも用意しておきましょう」


「それがいいですね」


そう言って、健哉は一本の電話をかける。八重垣は、そのお菓子に合うお茶を準備するため、給湯室へ向かった。


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