20 八重垣の方法……
お待たせしました!(待ってくれているかな……)
読んでいただけると嬉しいです!
朝、眩しい太陽を見上げて八重垣は大きく伸びをした。
「さて」
昨日は事務所で弓木たちと打ち合わせた。弓木は被害者女性と被害者男性の関係捜査、健哉はネットで検索、そして八重垣は被害者女性の近辺捜査。
被害者女性が親しくしていた友人の情報を清水刑事から聞き、その女性が通っている喫茶店へ向かう。
その喫茶店は、住宅街にひっそりと建っていた。外観は昔ながらと思われる佇まいだが、古臭いというイメージではなかった。
入り口のドアを開けると、涼しげなベルの音が来客を知らせる。
「いらっしゃいませ」
店内はアンティーク調で落ち着きのある雰囲気。カウンターがあり、四人がけのテーブルが六つ。
フロアにいた店員の女性が、笑顔で迎えた。
「お一人ですか?」
「はい」
「カウンターでもよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です」
八重垣も笑顔で答え、案内されたカウンターの席へ座る。
「ご注文決まりましたらお呼びください」
「では、ホットコーヒーを一つお願いします」
おしぼりを受け取りながら、八重垣は笑顔を浮かべて言った。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
女性店員はニコリと笑顔を返し、オーダーを通しに行った。
緩やかなB G Mは、居心地がいい。
しばらく店内を眺めていた八重垣は、目当ての人物を見つけて、口元に笑みを浮かべた。
窓側のソファ席。
リクルートスーツをきっちりと着て、一人でコーヒーを飲みながら、テーブルの上に広げた
書類に視線を向けている。
背中までの黒髪を首の後ろで束ね、眼鏡の奥、切れ長の目は知性的に見える。
いかにも就活をしていますという女性は、落胆するようにため息を吐き、書類を手早く片付ける。どうやら結果は芳しくなかったようだ。
スツールから腰を上げて、八重垣は何気ない仕草で女性の座っている席の、通路を挟んだ隣の席に座る。
「どうしよう。また書類で落ちた……。何がいけないのよー」
女性は小声でぼそぼそ独り言を呟きながら、書類を睨みつける。
八重垣はスーツの内ポケットから携帯を取り出し、手を滑らせた振りをして、女性の足下まで携帯を滑らせた。
「おっ」
「えっ」
女性は足下に転がってきた携帯に驚いて顔を足下に向ける。
「すみません、拾っていただけますか?」
「ああ、はい」
携帯を拾った女性は、八重垣の顔を見て、固まった。
爽やかに見えるように微笑んだ八重垣は、自分の顔がどう見られているのかをわかっている。
「ありがとうございす」
ニコリと微笑んで、右手を差し出す八重垣を女性は頬を赤く染めて凝視する。
「あの……?」
「えっあ!えっっと、すみません!どうぞ!」
困惑した表情をすれば、女性は顔を赤くして携帯を八重垣の右手に乗せる。
そのときに、指先を軽く触れさせるのを八重垣は確認した。
心の中でほくそ笑み、八重垣は改めてお礼を口にする。
「ありがとうございます。邪魔をしてしまって、すみません」
「あ、大丈夫です。特に何も」
「ですが、何か悩んでいたのでは?」
「あ、あー」
女性は言いよどむ。八重垣は優しく見えるように笑みを浮かべる。
「これも何かの縁です。悩みは人に話すことで意外と解決するモノです。私でよければ聞きますよ」
実際、そんなうまい話などないが、女性は八重垣の言葉に頷いた。
「実は、私、就職活動していまして、もう十四社、書類で不採用になっているんです。どうすれば
いいのか、わからなくて……」
「なるほど、それは大変ですね。私、仕事では人事を担当しているんです。携帯を拾っていただいたお礼になにかアドバイスできると思います。書類を見せてもらえますか?」
心底、親切心だけだというのを前面に出し、八重垣は微笑んだ。
冷静に考えればあり得ない話だが、女性は深く考えずに嬉々として、書類を八重垣に渡した。
八重垣は内心すごく呆れたが、それを顔に出さず、受け取った書類に視線を向ける。
ざっと目を通すと、少し丸みを帯びた文字だった。
氏名、住所、学歴を記憶していく。女性はそれを真剣に見てくれていると勘違いして、
胸の前で祈るように手を組んで、八重垣を輝く目で見つめる。
「ふむ。どのような仕事に就きたいですか?」
面接のような雰囲気に、女性は背筋を伸ばし、真っ直ぐ八重垣を見つめる。
「はい。事務職を希望します」
「なるほど。でしたら、事務で優位なパソコンの資格などは持っていないですか?」
「あ、あります!」
「でしたら、それを記入するとポイントは高いかもしれないですね。あとは、できるなら文字の矯正を。
悪いとはいいませんが、あまり好まれないと思いますので」
苦笑しながら、書類を女性に返すと、女性は目を輝かせて八重垣を見つめる。
「ありがとうございます!参考にします!」
「お力になれてよかった」
好意を宿して見つめる女性の目を、八重垣は微笑みで返す。
「あ、あのっ」
「あれ?ホットコーヒーのお客様?」
女性が何かを言いかけたタイミングで、先ほど注文を取った女性店員がコーヒーカップを片手に
八重垣を探す。
「ああ、勝手に移動してすみません。こちらです」
「よかった。お待たせしました。ごゆっくり」
女性店員はホッと笑顔を浮かべ、八重垣の前にカップをソッと置いた。
「ここのコーヒーは美味しいですよ!」
店員が去って行くと、女性が前のめりで八重垣に勧める。
「そうなのですか?ここには初めて来たので」
「私は、常連、みたいなものかな。いつもは友達と来るんですが」
「今日は、そのお友達とは来なかったのですか?」
「実は、その子、死んじゃったみたいで……」
「それは、穏やかではないですね」
カップを持って、女性の座っている席の対面に座る。女性は、声を潜めて話し出した。
「私、その子と大学で同じだったんです。大学一年のときに知り合って、意気投合して
友達になったんですけど、時々夏でも袖の長い服着ていて、暑くないかって聞いたことがあるんです。
そしたら、すごく怯えて、誰にも言わないでって。あまりにも必死だったからそれ以上は聞けなくて。
それからは特に触れないで、いつも他愛ない話してました。でもそんなことが何回もあったから、
私どうしても気になって、ある日、彼女が授業でうたた寝していたときに袖を捲ってみたんです。そしたら……」
言いにくそうに顔を歪めた女性を宥めるように、テーブルの上で震えていたその手を包み込んだ。
ハッと顔を上げた女性に、優しく微笑んで頷くと、女性は泣きそうな顔をしながら、続きを話した。
「彼女の腕に、青紫色のあざがいっぱい、あって、私、怖くなって、見なかったことにした……」
後悔するように、俯いた女性は唇を噛む。
「それは……」
八重垣は、痛ましそうに見えるように、眉を下げた。
「すみません、こんな話をして……」
女性は苦笑して顔を上げた。八重垣は優しく見えるように笑みを浮かべる。
「いえ、あなたも苦しかったのでしょう」
「ありがとうございます」
八重垣の笑みを見て、女性はホッと笑みを浮かべた。
「しかし、そのお友達は誰からそんな扱いを受けていたのでしょうね」
優雅にコーヒーを飲みながら聞いた八重垣の言葉に、女性はテーブルの上に広げていた書類を片しながら
言った。
「誰だったのかはわからないですね。彼女、大人しそうな見かけによらず何人か付き合っていた人がいたみたいだから」
「そうなのですか」
カップを音もなくソーサーに戻して、八重垣は少しテーブルに近づいた。
「そうなんですよ。何度か大学の構内で揉めているのを見たことがあって、いつも違う人だったから修羅場かなって」
「ほう」
彼女は、鞄から携帯電話を取り出して操作してから、画面を八重垣に向けた。
「これは……」
画面には隠し撮りをしたのだろう、写真が映し出されていた。
大学の構内、周りに遠巻きに数人が映り込んでいたが、中心は言い争う男女。
男が女性の腕を掴んで、引っ張っているように見える。不鮮明でわかりにくいが、言い争う男女は、今回調査をしている事件の、被害者と同一人物に見えた。
「実は、偶然撮れたものなんですけど」
そう言いながら携帯の画面を見る彼女の目は、嗤っているように見えた。
八重垣はそれに気づかないふりをして、携帯を彼女に返す。
「それは警察に見せるほうがいいと、思いますが?」
「え!?そうなんですか?どうしよう、一人で行くの、怖いなぁ」
女性は、意味ありげな目を八重垣に向けるが、八重垣は内心で面倒くさいと、顔を顰める。
そのとき、八重垣の携帯が震えた。
「ちょっと失礼。はい、もしもし」
八重垣はこれ幸いと、携帯に耳を当てて席を立つ。店の隅で数分佇んで女性の席に戻り、申し訳なさそうな顔を作る。
「すみません。会社から連絡があってすぐに戻らなくてはいけないので。携帯拾っていただいてありがとう。では」
「あ、……」
名残惜しそうな女性の声を聞こえないふりをして、会計を済ませて店を出る。
店員の「ありがとうございましたぁ」という元気な声で店から送り出された八重垣は、涼しげなドアベルの音を聞きながら、携帯の画面を見る。
「ナイスタイミングでしたよ。健哉」
画面に表示されているのは、健哉からの、メールの着信だった。
ありがとうございました!




