15 知らなかったですか?
捜査員は捜査本部に詰めており、刑事課に人は清水しかいなかった。
清水は、刑事課の自分のデスクで頬杖をついて、捜査資料を穴が開くほど見つめる。
「そんなに見ても何も浮かばないぞ」
驚いて振り向くと、缶コーヒーを片手で持った五十嵐刑事課長がいた。
「ほい」
そう言って投げ渡された缶コーヒーを、慌ててキャッチして、清水は五十嵐に視線を向ける。
「帰ったんじゃなかったですか?」
「あー。ちょっと野暮用」
言葉を濁した五十嵐は、清水の横の椅子に座り、清水が見ていた捜査資料に手を伸ばした。
「弓木のことだが」
「はい」
「…清水から見て、どう思う?」
「どう、と言われますと…」
「この事件、解決できそうか?」
ページをめくる音が、二人の間で響く。
「俺は、あの人たちに頼らなくても、犯人を挙げてみせます!」
「おまえがぁ?」
清水は憮然とした顔で、五十嵐を見る。
「はい!」
「そうだな。じゃあ俺も、覚悟決めるか」
「はい?」
五十嵐の言葉に、清水は首を傾げる。
「いや、こっちの話だ。よし、本部戻るぞ。何か進展あったかもしれんからな」
「はい!」
深夜の捜査会議のあと、清水は一人で検死を担当した医師のところに来ていた。
「先生、夜分にすみません」
「いいえ、私もご報告したいことがありましたので」
五十歳半ばの男性医師は、診察室の椅子を清水に勧める。
「報告、ですか?」
「ええ。今回のご遺体のことなんですが、男性の血中酸素が低かったことが判明しました。報告書にしてお渡ししますが、いち早くと思いまして」
「なるほど。ありがとうございます。他に気になったことなどありませんか?」
「他、ですか?んー。もう報告させてもらったこと以外は。あ、お腹の子供のD N Aはまだなのでもう少し待ってくださいと、五十嵐課長さんに伝言お願いします」
「お腹の、子供?」
清水は愕然として、男性医師の顔を凝視した。
「はい。それは最初に報告したはずですが?妊娠三ヶ月だった、と」
困惑した顔の男性医師は、嘘を言っているようには見えなかった。
「そ、うですか。わかりました。伝えておきます……」
お辞儀をして、清水は急いでその場を後にした。