11 怒らせました?
よろしくお願いします。
現場を後にした弓木たちは、探偵事務所に戻ってきた。
「さて、あなたはいつまで一緒にいるつもりですか?」
八重垣が当たり前のようにお茶を用意して、応接セットのソファに座る清水の前に置いた。
「私は、あなたとの窓口になりました。なので行動を共にするつもりですが」
「だから、調査結果ができましたらこちらから連絡しますので、清水刑事は清水刑事の仕事をしてください」
「これが私の仕事です」
「はぁー」
弓木はため息を吐いて、額に手を当てて項垂れた。
「さっきから同じ事しか言いませんね」
「弓木さんが困っているのに助けて差し上げたいのですが、どうすれば……」
八重垣と健哉は遠目に、二人のやりとりを見つめる。
「八重垣さん、普通にお茶出してましたよね」
「あぁ……昔のくせが……っ」
八重垣は弓木の元で働く前は喫茶店を経営していたので、お客が来ると飲み物を提供してしまうのだ。
初めて自分の行動を後悔する八重垣を、健哉は苦笑して宥め、デジカメのデータをパソコンに移す。
「仕方ないですよ。それより、あの刑事が弓木さんを更に困らせないように見張っておきましょう」
「ああ。そうですね」
健哉の言葉に平常心を取り戻した八重垣は、椅子に座り直して、事件の捜査資料に目を移す。
「わかりました。ついてくるのはかまわないです。ですが、調査の邪魔だけはしないでくださいね」
弓木の言葉に、清水は一瞬だけ眉間にシワを寄せ、しかしすぐに真顔で頷いた。
「わかりました」
清水の一瞬の変化を見逃さず、弓木は憂鬱そうにため息を吐き出した。そして依頼主の刑事課課長、五十嵐洋介に相場の十倍で依頼料を請求しようと、心に決めた。
☆ ☆ ☆
清水は、目の前で憂鬱そうにため息を吐いた弓木を、観察する。
身長は恐らく百七十センチ台。黒髪短髪は、好青年に見える。容姿は整っており、スタイルもいい。
上司の刑事課課長、五十嵐が言うには、年齢は三十五歳。
一度、五十嵐に弓木との関係を聞いたことがあるが、街で知り合っただけだと、はぐらかされた。
今日の調査を見ていても、殺人現場に臆することなく、手際がいいと思えた。
まるで、警察に勤めていたかのように。
「さてと、待たせて悪かったね。健哉、八重垣くん」
弓木の声に、清水は考察をやめた。
「いえ、大丈夫です。写真のプリントができあがったところですよ」
「こちらも、資料を読ませてもらいました」
「そうか、ありがとう」
清水は、助手二人の方へ歩いて行く弓木の後ろ姿を見つめる。
「……?」
ふと、見たことのあるような既視感。
思い出そうと弓木を見つめていると、助手の一人、健哉と呼ばれていた男と目が合った。
健哉は、清水に殺意の隠った視線を向けていた。
清水はそんな視線に軽い腹立ちを感じ、苛立ちを込めた視線で健哉を見返す。
二人の視線の攻防は弓木の声で霧散する。
「やはり死因の…」
「死因?」
清水は勢いよくソファから立ち上がり、何を言っているんだと言う目で、弓木を見る。
「何故、今更死因の検証なんですか?そんなの、死体検案書でわかるじゃないですか。捜査資料お渡ししましたよね」
清水の言葉に、弓木は不快気味にため息を吐く。
部屋の温度が数度下がった気がして、清水は無意識に一歩後ずさった。
「そこに居るのは許可しましたが、我々のやり方に口を出さないでもらえますか?」
そこ、の部分で応接セットを指差した弓木に、冷ややかな視線を向けられた清水は、息を飲んで背中に冷や汗が流れたのを感じた。
「すみ、ません」
「わかっていただけてよかった」
弓木が作り笑いを浮かべたことで、部屋の温度が戻った気がして清水は大人しく応接セットのソファに腰を下ろす。
この人は怒らせてはいけない気がする、と清水は心に刻んだ。
ありがとうございます。