検証…?
まだ序盤だからね
物語が進まないのは仕方ないよね…?
「いや、待て。こいつはどうやらスライムじゃないらしい」
「……そこは別にどうでもいいところなんだけど?」
コテン、と小首を傾げて美女の姿をした『それ』は応えた。
こちらの言い分を謹んで呑んで戴く手前の、先制的な『口火を切る』は無風に終わったらしい。
仕草は可愛らしいのに、彼女の感情に則って蜃気楼のように歪む、周囲の空気は微塵も変わりようがありゃしねぇ……!
その様、まさに凪いだ海のよう……!
いや、上手いこと言ってる暇は無い。
そこは無論、ニッカとしても諦めるわけにもいかない話だ。
やり直しの利く空間とはいえ、奨めて死に向かうほど酔狂であるわけも無し。
迸る怒りを何処かの愛鷹の最後の姿の如く、鎮まり給えーと諸手を前へと突き出し続けるのだ。
「まあ聞いてくれ、色々と探ってみてわかったことなんだが、この【刻印】の中にあるヘルスケアアプリみたいなモノでわかったんだが、こいつはどうやら『本人の体調管理』というよりは、『対象の状態と状況』を測る代物らしいんだ」
簡単に言ってしまえば、ステータスチェックに近い。
しかし考えてみれば割と当然の理屈で、自分の連れた従神が『どういうモノなのか』を実地で測る真似は素人には出来ない。
【刻印】が学園からの、生徒へのサポートとして貸し出したと云うのならば、そのくらいを測る機能を兼ねていても変な話では無かった。
ちなみに冴島 マドカの真偽眼は、彼女自身の専門知識に則って伝達された『人伝』の情報だ。
この辺りはニッカや他の生徒らにも知るところではないが、『だからこそ』。
だからこそ、彼女の言い分の全てが通じるほど、【幻想の住人】らの『正体』については明かされているわけでもない。
彼女自身に非があるわけでは無い。
ただ、『正確ではない』だけである。
「で? それはそれとして? 私の隙を突いて出て来たソイツを、貴方が選んだ理屈に合うのかしら?」
「……まあ、焦らないでくれ。こいつで出て来た、コレの正体なんだが、どうにも幻獣種――Bランクらしいんだ」
薄桃色の、粘体と呼ぶよりは果実の皮に近い程度の、頼りの無いソレは、
震えてニッカの脚元――踵の辺りに貼り付くように佇んでいた。
【幻獣種‐ア・バオア・クー‐Bランク
勝利の塔を登る者に貼り付くとされる。頂へ向かう行程に、完全なる姿へと成長する。
史上に『彼』が完全なる姿へと至れたのは、1度のみであるとされている】
何処かの図鑑のような、そんな説明文がニッカの手の甲、刻印の上に表れていた。
ウィンドウ表示されている様は完全にゲーム的な『それ』だ。
この場所が非現実に近いと予め説明を受けていたからこそ、ニッカにはそういうエフェクトがすんなり受け入れられていた。
普通に学内であれば、どうなっていたのだろうか。
さて。
此処まで引っ張っておいてなんだが、結局のところニッカは未だに『彼女』へ的確な『言い訳』を述べていない。
焦らないでくれ、と遮られた彼女であったが、押し留められている理由も拙いのだ。
早々に理屈を立て並べないことには、『どうなるか』わかったものでもない。
命を惜しんでいるわけでは無いが、対処は決して間違えられない。
この場が命に別状無いからと言って、不条理に傾くことが無いとは、決して言い切れないのだから。
「だから、まあ、此奴が『良かった』わけじゃないんだ。単に、アンタが『駄目』だっただけで」
「より悪いわ」
お互い断言するように……!
言い切った瞬間に、轟、と空間が。
まさに『彼女』の昂る感情に呼応するかのように、炎が踊るが如く激しく嘶く。
目に見えて、大気が揺らぐほどの憤慨をその場に見た。
……言葉のチョイスゥーーー!
恐らくは前々から伺い知られていたかと思われるが、ニッカは普通に言葉遣いが下手だ。
その点は幼馴染のクライも把握していたのだが、当然、遭って間も無い間柄でそんなことをツゥカァに熟れるわけも無い。
叫ぶわけでも無い物静かな応酬なのだが、傍から見れば言語を鈍器に換えて殴り合っているような物騒さが其処には在った、とピンクの粘体は思っていた。
お前、思考能力あったのか。
「……よりにも寄って、顕現失敗したような先にも後にも続かない駄肉を選んだわけじゃなかったことは、まあいいわ。結果的に、ソレもそう悪いモノでも無いみたいだしね」
「スライムってそういう奴なんか……」
『彼女』は、努めてその憤慨を抑えつけるかのような、心を押すように冷静さを翳していた。
一見すれば理性的にも伺える在り方であるが、それが噴火寸前の、感情の鎖す『溜め』のようなモノであることは確定的に明らかだ。
ちなみにスライムに関しての言い分は、一部の研究者側の見識と相違が無い。
物理法則に則ったクリーチャーではなく、魔法的な幻想法則に充て宛ら得ている神話なので間違いでは無いのだが。
……そもそもスライムという『脆弱すぎる従神』に拘って、契約&研究する者が僅かしかいなかった。
召喚が盛んであったのが戦争時なのだから、歓んで迎え入れるのは変態性癖にも似たマイノリティなのだから仕方がない。
つまり、日本人は変態が多い(偏見。
……多かったのである、『そういうの』が。
閑話休題。
「でもよりにもよって? 『私』が『駄目』? この『私』が? アンタのような初心者に降りてやろうかと、わざわざやってきた『私』が? それを、アンタが、断れる立場だと思ってんのかゴラァアアアアアアア!!!?」
思いの外、噴火は早々に訪れていた。
語気を荒げて、『彼女』は激昂する。
ニッカの神経が正常ならば、真正面に逆鱗に触れられた巨竜が出現したかのような、そんな錯覚を感じている。
金糸の髪は遡り立ち上がり、
眼差しは白目黒目が反転し、
口元は裂けるように広がって、
両腕は爬虫類を思わせるような形へ変貌して、
本物の炎を纏ったかのような熱気を迸らせる彼女へと、ニッカは事も無げに告げた。
「……そうしてお前に『狙い』があったからこそ、俺が拒絶したのが理解できないのか?」
日本人のスライム好きは異常
(なお、作者も例外に漏れず)