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レクリエーション

 その手に刻まれた紋様は、生徒のこれからの生活をサポートしてくれる物であるらしい。


 マイクロナノレベルにまで圧縮することに成功した『受信機』が、居場所の特定(GPS)体調の管理(ヘルスケア)遠距離相互伝達(コミュニケーション)の補助(ツール)などに役立ってくれるのだという。

 無論、財布替わりに電子マネーの相互換算まで取り扱えて、扱う本人以外は外部からの操作も不可だとする。セキュリティも万全だ。

 刺青にしか見えないが、これを刻むだけでスマホや携帯などはお役御免である。


 更に、ある筋から再現された『領域拡張』と『情報圧縮』という技術の合わせ技により、万全なセキュリティに守られた本人以外に干渉できない『ストレージ』なる荷物置き場を確保できる。

 それが『何処に』生じているのかと尋ねれば、自分たちの観測できる三次元空間からずれ込んだ『亜空間』と呼べる場所が『物体の裏』に形成されており、などと高校生には中々興味がそそられるが理解がし難い説明を滔々とされてしまった。

 ニッカはとりあえず、「青い狸の四次元なポケットなのか」と納得しておくことにした。


 なお学園在学であることを示す証明書の役割も兼ねているらしく、退学勧告を受ければ同時にこの便利過ぎるフィジカルアイコンも返却することになるらしい。

 そうなるのが嫌なら模範生、とまでは言わないが問題を起こすような生活は控えるように。

 そう謂われて眼前に吊るされた人参どころか、スマホを手渡されたニートの如くに行動を完封された敗北者が自分(入学生)たちである。

 取り消せよ、今の言葉……!


 ちなみにそういう憤りには然程も至らず、「で在れば、あの学生証はなんだったのか」という疑問符を浮かべかけたのがニッカくらいの暢気者である。

 疑問の解決には誰もが触れようとしなかったし、件の学生証は刺青を強いられると同時に回収されたので、引換券のようなモノであったのだろうと自主的に納得することにした。


 そうして。

 レクリエーションは彼らが望んだ、最も重要な事項へとシフトする。



「あの、呪文とかは……」


「特に必要ないですよ、心を落ち着かせて、陣の中に鏡を前にする気安さで備えておいてくださいね」



 お下げ髪の、教師と呼ぶには些か若すぎるように見える女性が其処に居た。

 彼女はデザインの日本的な、身体のラインを一様に均わせる制服を着た女生徒にアドバイスをしていた。

 誘われるままに、女生徒はおどおどと身を竦ませながらも、指示された通りの行動をその場で執る。


 要するに、模範的な学生服に身を包んだクライ本人なのであるが。

 謂われたとおりに倣う彼女は、講堂中心に大きく場所を取る幾何学文様が錯綜するように描かれた『魔法陣』の中心に立ち、暫くすると――、



「……わっ、こ、これが……!」


『ケェエエエエエエ!』


「――神格(ランク)はB、グリフォンですね。しっかりと(キズナ)を育んでね」



 薄い、ホログラムのような影が女生徒(クライ)の前に姿を現した。


 女性の云う通り、それは鷲の身体に獅子の下半身を備えた合成獣(キメラ)

 『それ』は影とは思えない声量でひと声(いなな)くと、彼女を見定めるような眼差しで睨みつけ、その姿を粒子のように消失させた。

 それは遡る粉雪のように幻想的で、その粒子が手にある【刻印(紋様)】へと集約する。


 そう、この刺青のような紋様――【刻印】にはもうひとつ、この学園ならではの役処が存在したのだ。



「――ああ、つまりはFG(ピー)か」



 こら。

 オイコラ。


 現実を認識し、己の行く末を見定めたニッカは『ひとこと』で纏めた。

 間違ってはいないだろうし喩えとしても適切かも知れないが、薄々何かに似てるかもー?と思っていても敢えて口に出さなかった方々に申し訳ないとは思わないのか。


 幸いにも伏字も間に合ったし、ソシャゲに喩えた言葉を耳にした者は周囲には居なかったが。

 地の文的にもツッコミを入れざろう得ない発言には、些か語調が荒くなるのも致し方ない。


 そういう天の声の葛藤を知る由も無く。

 ニッカは疑問符を浮かべていた。



「しかし、ランク? Bなら高い、のか? どういう基準で比較してるんだ?」


「神格に関しては希少性を表してるだけだから、それで強弱が決まるわけじゃないみたいだよ? むしろそれが高いと、僕たちみたいな初心者には対処が難しいって言うし」



 独り言のつもりで口に出していたが、労せず返事が返ってきた。

 やや柔らかめな口調と声の、落ち着いた人柄である。


 今までの一連の流れを見て分かるかと思うが、入学式最中(先ほど)まで引っ付いていたクライは順番だとかで、早々に魔法陣の方へと引っ張って行かれた。

 なので、自分の知り合いは他に居ないのではと、ニッカは諦観にも似た境地で一連の儀式を傍観しようと呆けていたのだ。

 独り言に返事を返されて驚愕に達し、少年は幽霊に遭遇したかのように、声の主へと後方へ、静かに振り向いた。



「魔獣系神獣系聖獣系、相性の違いはあるけど、そういう『獣型』は全部B。言葉も通じるけど気位が高いから、対応を間違えると手に負えなくなる可能性もあるよ。Cは『少し広く知られている』タイプの半獣型。言葉は通じないけど意思疎通が出来る程度の怪物系。むしろこの辺りが僕たちにとっては最低ランクだろうね。Dから下は伝承も控えめな『名を多く知られているけど強くない』所謂モンスターっぽいタイプ。ゲームとかをやってれば、わかりやすいかも?」



 果たして、其処に居たのは見知らぬ男子である。

 男子、だと思う。



「Aランクで漸く英霊型。Sで天使に悪魔や妖精、SSで多神教型神格、SSSで【王】の神話(フォークロア)を備えた多神教内高位神格や唯一神。まあ、そこらへんは今の僕たちには関係ないかも知れないけど。あ、EとかFはそれこそ『何処でも聞ける』程度の怪談とか幽霊とか妖怪とか未確認生物とかだから。戦力と見てないはずだから、今回は出ないと思うよ?」


「……いや、誰だよ」



 着ている制服はニッカと変わりの無い、平均的で凡庸な日本式の男子制服ブレザータイプだ。

 しかし顔つきは中性的な、むしろ少女寄りと言い切っても過言では無い程度の美少女だ。

 男子の制服を着ていると、違和感が酷い。


 失礼な物言いになることを承知で、ニッカは誰何の是非を問うた。

 簡単に纏めるならば『男の娘』とでも云うような見目だろうか。

 『生前』を思い起こしても、このような人物に心当たりは無い。



「あっ、ごめんね? 主席の無患子さんと親しそうにしていたのに、簡単なことを口に出してるのがおかしくなっちゃって」



 クスッと微笑んで、少年((疑問符))は聴きようによっては失礼な言葉を吐いてきた。

 そんな仕草がまた女子寄りだ。

 それこそ今時の女子でもしないような仕草だぞ、ホントに男子か。


 無礼に無礼で返されたので、ニッカから突っかかるようなことは無い。

 むしろ、珍しいモノを見た珍獣発見感を思い知ってしまい、ニッカは物言いに関してはスルーすることにした。



「いや、むしろ知らないことを教えてもらって助かった。何処で知れるんだ、そういう知識は」


「えぇ……、校門で配っていた入学案内のパンフレットに載っていたのに……」



 引かれてしまった。

 まあ、常識的なことを知覚できていなかった自分が悪い。


 拠り云うなら、その時一部に感覚が集中してしまった原因がそもそも悪いのだが。

 しかしおっぱいに善悪は無い。

 ニッカは少なくともそれを知っているので、クライに対して理不尽な怨嗟を迸らせることは辞めておいた。


 命拾いしたな、と。

 現行、周囲の新入生らに持て囃されてわちゃわちゃと狼狽えている幼馴染へ、心中で言い渡す。

 充分、理不尽である。



「そういえば、そんなものを貰った様な……。あとで読んでおくか」


「今のうちに読んでおいた方が良いかもよ? 初めての召喚なんだし、わからないことを後でわかっても嫌じゃない?」



 カバンに仕舞いっぱなしにしてあるはずのそれを、ニッカはぞんざいに扱う。

 しかし、男子の言い分は決してこちらを見下すようなモノではなく、普通に心配しているような言い方である。


 悪い娘ではないのだろうな、とニッカは簡単に絆されるに至っていた。

 印象操作が容易い。



「入学式からそんなにやる気出さないなんて……。この学園、一応は名門校なんだけど……」


「ああ、態度が悪かったか。いや、こんなでもwktkはしてるんだ。表情には出辛いと思うが」


「言い方……っ」



 何か表現が可笑しかったのだろうか。

 男子はプフゥと噴き出し、俯いていた。


 だから、その仕草がまた女子寄りなのだが。



「わ、悪いとは言わないけど……っ、ち、ちなみに、入学動機とか、訊いても良い?」



 声を震わせつつ、笑いながら彼は尚も言葉を重ねる。


 動機。

 ひょっとすれば何かあるかもしれないが、『今』『自分』が『この場』に『居る』以上は真偽の是非は問えやしない。

 なので、かつての己の高校進学動機を素直に吐くことにした。



「――家に近かったからかな」



 決め顔で。



「……っ!」



 パブフゥーー! と。


 彼の表情筋が崩壊する噴出音がコダマした。

 どうやら笑いの秘孔(ツボ)を突いてしまったらしい。


 ひとしきり笑った後、彼らはお互いを名乗り合った。

 桐壷(きりつぼ) 熊羆(ゆうひ)

 中性的だが、何処か雄々しい名前を彼はしていた。


秀吉枠、というよりは戸塚枠

言い方がアレですけど悪い子じゃないです。ホントです。人見知りしていただけなんです。たぶん

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