1週間前
連続投稿です
地の文多めです
「……誰だ、お前は」
洗顔の後、鏡台を前にして少年はそう呟いた。
眼差しは困惑で、確認した己の貌を自分自身だと認識できない。
吐いた科白に疑問符は無くとも、疑いの言は鏡面を揺らぐように溶けて行った。
「……確か、俺は良い年したオッサンだった気がするのだが」
鏡に映る自分の姿は、若さもそうだが程よく美化もされている、と自分の脳は認識できる。
他人はどう思うかは知らないが、此れが自分の若い頃だった、と言われてすんなりと受け入れるには僅かながらの抵抗があった。
嫌と云うほどではないのだが、美容整形へ乗り出す程『自分の顔』が嫌いであったことも無い。
汐 丹柄は、抱えても居なかったコンプレックスを擽られたようで、やや不快な心持を余儀なくされる。
それは、寝起きであることとは関係は無い、と思われた。
と、いうよりも。
喩えるならば『ぼくのかんがえたカッコイイしゅじんこう』みたいな、中学生を無理矢理懐古させられているようで、心を強く保たないと思わず「うぉぉ…!」と変な声で懊悩してしまう。
アイデンティティに憑かれて居る様で、非情に疲れる。
冗長に前置きが長引いたが、そういうこと、だ。
寝て起きたら、自身がこの有様。
鏡を覗くうちに葛藤も自然と薄れて、微小な差異を覚えていなければ認識に些少の齟齬が出たのでは、と記憶違いを疑いそうになる。
しかし、記憶は残っている。
ジュブナイル小説にあるような変遷、転生か憑依か逆行か。
そういう諸々の『何か』が自分の身に起こったのだと、ニッカは寝起き早々に覚悟を完了させていた。
話が早い。
早いと謂う割には二転三転、ダブルミーニングまで取り扱って、二進も三進も進展が遅々として進まない気がするが。
まあ、小説なので仕方がない。
地の文の構成は校正上重要だ。
「まあ、ひょっとすればイケメンと認識しているのは俺だけで、外に出たらこのレベルがゴロゴロいるのかも知れないし」
未だに言い訳をニッカは呟く。
漫画に喩えるならば、アイドルレベルの美少女が普通に街中を闊歩している、みたいな。
認識よりは描写力に限界と水準を准えたような、そういう捉え方だ。
己の目鼻立ちが妙に整っていて、いわゆるお兄様系のイケメンに見受けられるのも何某かのデフォルトなのかも知れないし。
人間大事なのは見た目よりも中身だ、とニッカは己でも自慢できない人間性で在りながらも自負を頷いた。
さて、と。
改めて漸く。
覚悟完了を顧みたニッカは、自室でモノを漁りながらこれからどうするか、を推考する。
年を伺うに高校生か中学生。
机からは学生証が出て来たので、もっと漁ると中学の卒業証書が出たので高校生だと自認する。
親は、『元』ではネグレクト気味のワーカーホリックで息子に大きく干渉が無く、自分はやる気のない人生をのんべんだらりと過ごしていた。
『最後』を伺っても思い出せないので、どうしようもないと割り切ってはいるが、『今』にどのようにして繋がったのかが知れないと不安になる。
かつての『自分』との差異は無いだろうか。
あったとして、それを周囲に疑われずに馴染めるだろうか。
此処に至るまでの『自分』の記憶を『把握』できないのは、恐らくはフォーマットの関係性だろう。
記憶で上書きされたために、『今の肉体』の『以前』が読み取れないのだ。
そうなのだと断定する。
推論に推測を重ねた仮定ではあるが、歳喰って学察とした『人間の成り立ち』についての学術論文は暇潰しに読んでいた。
その上で現状を顧みれば、多分そういう推察こそが不要なモノなのだろうな、と。
あらゆる変化は不可逆的なので、なってしまったモノは仕方がない、とケセラセラの精神で乗り越えることを心に決めた。
ダイジョウブ、『今』は若い!
そうして心に決めたことでの問題点はと云えば、
「……これ、何処の学校だ? 俺の通っていた高校とは別みたいなんだが……」
学生証に准えられた、知らぬ学校名に首を傾げる。
それを見計らったようなタイミングで、玄関のチャイムが呼び声を鳴らした。
■
「あ……っ、起きて、た……?」
「……ライ、か? なにか、用か?」
「にゅ、入学式、いっしょに……行こうか、と思って……」
薄緑な髪を鬼●郎カットにして片目を隠した、陰気で引っ込み思案な幼馴染と玄関前にてエンカウントした。
フルネームは無患子 來來。
イイ感じの漢字を宛てられているのに、読みで台無しになっている女子だ。
幼馴染、とは云うモノの腐れ縁のような程度で。
幼稚園から中学まで、ご近所であることも相俟って顔を付き合わせたレベルの縁でしかない。
高校では互いに違う方へ進学し、大学卒業後に地方で就職を果たしたニッカは、風の噂で結婚したのだと又聞いて感嘆符を吐いたことを思い出した。
「……ん? お前、同じ学校なんだっけ……?」
なので、ニッカとしては至極真っ当な疑問を口にする。
結構失礼な物言いだ。
「ひ、ひどい……。こう見えて、適正も、受かってる……」
「ああ、悪い悪い。じゃあまあ、行くか」
「おざ、なりぃ……」
返事に関しては呑み込めない理屈が働いた気もするが、其処に何時までも疑問を呈していては何も終わらない。
何しろ、ニッカにとっては未知の世界に当たるのだ。
常識が前世と違うのかもしれないのだから、見極めは細心の注意を払わなければならない。
前世と呼ぶべきかはどうにも微妙な立ち位置であるが。
文句を吐露するライであったが、苦言を呈するにまでは届かない。
彼女はたどたどしくも身を翻し、さくさく歩き出したニッカの後を慌てて追いかけた。
ちなみに、ニッカが経験上知らないはずの『学園』の場所は、学生証の発見と共に其処に記載されていたので問題は無かった。
どれだけのんびりと学生生活を送れるのかまでは、未だニッカにも把握できやしないが。
髪型でソシャゲでアレかぁ、と思う方がいらっしゃるかも知れませんがお口チャックでおねしゃす
個人的にはデレマスとかに似てる子が居ると思うの(小声