ふたつめのこと 江戸の町娘は恋について考える
店が並ぶ表長屋の通りから木戸番を通って裏長屋へと入る。正直、表とか裏とかどうでもいいんだけど。その違いはいろいろ大きいらしい。大人の世界の事情ってやつかな。
「そういえばお千代ちゃんはもう結婚の話とかある?」
「ぶっ」
およしちゃんの不意打ちに思わず吹き出してしまった。不意打ちがすぎる。
「まだあたし数えで十三になったばっかりだよ?」
「そうだよねぇ。あたしもいっしょだもん」
むむ、と小さく唸って、ほんわかとしていたおよしちゃんの眉間にちょっと縦皺が寄る。何なに? どうしたの?
「どうかしたの? 何かあった?」
「大家さんがいい話を持ってきたんだって。お父っつぁんが言ってたの」
うへぇ。そうなんだ。まぁ早すぎるってことはない。将軍様とか雲の上のえらーい方々はそれこそ六つとか七つでお嫁入りすることもあるそうだし? でもさぁ。
「でも早いよね」
「お千代ちゃんもそう思う? よかったぁ。あたしだけじゃなかった」
でも世間一般では十四になったらそれなりの嫁ぎ先を見つけて、お嫁入りするのが常なんだ。そう。お嫁入りだ。いいところにお嫁に行くためには計算も明るくないといけないし、文字も綺麗でないといけない。音曲もそこそこ出来ないといけないし、いろんな文学にも触れておかねばならない。
目指せ! 大奥! とかおっ母さんは言ってたけど、そんな簡単にいくわけはないのは分かっているし、それでもいいところにお嫁にいかせるのは親の希望であり優しさみたいなもんなのかねぇ。
「およしちゃんは佳い人いるの?」
「やぁだ。お千代ちゃんこそ、どうなの?」
「この前浅草寺でおみくじ引いたら待ち人来たらずって書いてあったよ」
あはは、とふたりで笑って、そのまま歩き出す。そう。まだ数えで十三になったばかりのあたしたちにとっては、まだまだ色恋は先の話にも思えるものだ。絵草紙で読んだような恋もいつかはしてみたいけれど、早々そんな出会いは転がっていやしないもの。
そうこうしている内に音曲の師匠のところにたどり着いた。これが終われば朝ご飯と思えば、気合も入る。
「おはようございます!」
ふたりで声をそろえて挨拶をしながら戸を開けると、水っぽい美女がにっこりと笑ってそこに正座していた。