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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!
8/79

偽りはまことしやかに踊る【4】

いつもご覧いただき、ありがとうございます。


ヒロインのエンカウント率が高いのは、主人公補正ということで一つ。

これでは、噂話の一つもできませんね。


【2020/8/1:修正】他の投稿と合わせるために改行と文体に手を加えました。


「あれ? おかしいわね……」


 確かに言われた道を通ってきた、はずだった。


 けれど辿り着いた廊下の先には、それらしい部屋がない。それどころか、人の気配すらしない。


 どこかで道を間違えたのだろうか。


(一緒に来てもらった方がよかったかしら?)


 実のところ、オリバーとどういう関係か聞きたいところでもあったが、今さら戻っても先ほどの青年がいるとは限らない。


(次に出会った人に大人しく道を訊こう……)


 他人を源にして頼ってしまうのは気が引けたものの、一刻も早くオリバーに書類を届けなければならない。


 自然と封筒を持つ手に力が入った。

 何はともあれ、今私は頼られているのだ。


(おつかいもろくにできないようじゃ、使用人にすらなれないわね)


 我ながら自嘲じみた思考に苦笑してしまう。


 不意に、封筒に触れている左手の薬指にある指輪に目がいった。


 これは、結婚式のあとにオリバーから貰った指輪だった。

 指からはずして、掌の中に置く。


 中心に薄い青色の宝石が埋め込まれていて、簡素な意匠ながらも、とても可愛らしかった。


 これはオリバーの亡くなった母君のものだそうだ。


 母君である先代公爵夫人クリスティア=エインズワースは、夫が治める領地に教会や孤児院、治療所などの創設を促したことで、その治安や衛生維持に一役買った御方とのこと。


 クリスティア前公爵夫人亡きあとも、オリバーはその遺志を継いで運営維持に助力しているとのことだった。


 この話を聞いたとき、私がかつていたミシェイラ院では領主さまからの寄付金がいつも最低額だったことを思い出していた。


 院があった領地は、他の領地に比べて肥沃な土地が多く、栄えている街もあったのにも関わらずだ。


『お心付けなのだから、いただけるだけでありがたいのです』


 そう院長先生は仰っていたけれど、それでもどこか釈然としなかったのを覚えている。


 だからこそ、ノブレス・オブリージュという言葉通りの行動をしている公爵家当主からの求婚を断る理由など、私にはなかった。


 家柄がどうとか役職がどうとかではなく、人柄の部分で好感が持てたのだから。


(……ほんとは、これも返すべきだったんでしょうね)


 本当ならば、この指輪もあのペンダントを渡した時に一緒に返すべきだったのかもしれない。


 そう思うと、再び指に嵌めることが躊躇われた。


 その時。


 からん。


「あっ」


 指輪が手から転がり、廊下に回った。


「ちょっと待って!」


 凝った作りではないため、円環に近い指輪は綺麗な軌跡を廊下へ描いていく。


 そして、とある扉の隙間へと入ってしまった。


 自分のものならいざ知らず、母君の形見を無くすわけにはいかない。

 扉をノックをしてみたが、部屋から返事はなかった。


「……失礼します」


 案の定、扉を開けても誰一人いなかった。


 部屋の中には簡易的な机と椅子、そして一面のクローゼットや衣類が収納されていた棚があった。


 作りからいって、衣装部屋、と呼べばいいのだろうか。


 日差しはまだあるとはいえ、誰もいない部屋は薄暗がりの中だった。


 燭台と呼べるものも見当たらず、仕方なく目を凝らして床を見つめることにする。


 もう跪いて手探りで探した方が早いかもしれないと思い始めた矢先、クローゼットの前に転がる指輪が瞳に映った。


「はあ。よかった……」


 安堵で胸を撫で下ろし、拾い上げる。


(ごめんなさい。もう無くしませんから)


 そうして部屋を出ようと扉に手をかけたその時、扉を挟んだ向こうの廊下から足音が響いた。


 だんだんとこちらへ向かってくるそれは、歩みを緩めることなく続いている。


 この部屋が位置している廊下は行き止まりで、続く部屋はここしかない。


 気づけば、私はクローゼットの中に滑り込んでいた。そしてなぜ自分は隠れてしまうのだと自己嫌悪に陥ってしまう。


(どうして隠れちゃうのよ……普通に、迷いました、って言えば済む話じゃない)


 しばらくして部屋の扉が開かれ、クローゼットの隙間から二つの影が部屋に伸びたのが見えた。


 けれどそれもつかの間、扉が閉められて、再び部屋に暗がりが広がる。顔まではわからなかったが、喋りだしたその声は男性のものだった。


「それで、今、王子は公爵のところにいるのだな?」


 沈黙が流れる。


「では、手筈通りに、お前はこのまま式まで王子を監視していろ」


(監視……?)


 不穏な言葉を耳にして、全身に鳥肌が立った。指に戻さなかった指輪を握る手に力が入る。


「不測なことが起こらぬよう、本国の同胞にも伝えろ――『我らの宿願がついに果たされる』とな」


 私の頭が不吉な推測をするよりも早く、次に発された言葉で明確な事実となった。


「この時をどれ程待ちわびたことか。裏切り者の国王とその後継に、今こそ死をもって償わせてやろうぞ」




 どれほど時間が経ったのかわからない。


 いつの間にか足に力が抜けて、その場に座り込んでいた。


 感覚としてはとても長く、数時間座り込んでいたとさえ思えてしまう。


 けれどどれだけ時間が流れようと、心臓の鼓動は収まるどころかむしろ加速していた。


 自分の浅い呼吸の音以外、なにも聞こえない静まり返った部屋では、先ほどまでの出来事がはたして現実だったのかさえ怪しく思えてくる。


 けれど、開いた掌に残る指輪の痕が、あれは夢ではないと冷静に告げていた。


(さっきのあの人たち、なんて……)


 最後に耳にした言葉が、頭の中から離れない。理解したくなくとも、その言葉は直接的で明確的だった。


『国王とその後継に、今こそ死を』


 思考が止まる。 


 その時、部屋の扉の開かれる音がした。

 まさか、先ほどの人物たちが戻ってきたのだろうか。


 息が止まりそうな緊張に、心臓が破裂してしまいそうになるほど早鐘を打ち始めた。


 足音は真っ直ぐにクローゼットがあるこちらに向かってくる。

 そしてその誰かの手が、クローゼットの扉にかかり、ゆっくりと開かれた。


 そこに立っていたのは――


「こんなところにいたんだね」


「あなたは――」


 中庭で出会った青年だった。


「盗み聞きの次はかくれんぼかな?」


「はは……」


 差し伸べられた手を頼りに立ち上がると、青年に苦笑されてしまった。

 何て答えれば良いのだろう。


 国家機密の次は、国王陛下と王太子殿下の暗殺計画の企てを聞いてしまいました、とでも?


 もし告げるにしても、犯人についてなんの手掛かりもないこの状態でどんな説得力があるだろう。

 話していた人物の特徴さえも、男性だという以外には何も掴めていないのに。


「なかなか執務室に来ないから、心配して探しに来たんだよ?」


 青年は私の心配をよそに、よかったよかったと笑っていた。


「どうして、私がここにいると?」


「それはこちらが訊きたいけれど……僕のレディが見つけてくれてね」


「にゃあお」


 そこにいたのは中庭で見かけた白猫だった。青年の足元に尻尾を巻き付かせながら、小さく鳴いている。


「でもよかった、見つかって。まったく、お使いをするだけなのに、どうして僕がこんなにハラハラしなければならないのかな」


「ご、ごめんなさい」


 謝ったあとで、どうしてこの人に謝らなければならないのかと心の中で疑問符が生まれた。


「お前」


 青年の背中の後ろから聞こえたその声に、全身が固まる。


 青年の後ろには数人の使用人とともに、オリバーの姿があった。使用人たちも含めて、その顔は驚きに染まっている。


「……あなた」


「なぜ、お前がここにいる」


 その言葉にチクリと胸の奥で痛みが走ったが、それと同時に胸の封筒を抱いた手に力が入った。


「なぜって、人を呼んでおいて、そんな言い方はないでしょう?」


 本人に頼まれてここにいるというのに、どうしてそんなことを言われなければならないのだろう。


 一歩踏み出してオリバーと向かい合い、持っていた封筒を投げやりに彼の手に渡した。


 確かにここに来るまで不測の事態は多々あったが、それもすべてこのためだと思うと無償に悔しかった。


「……わかったから、今日はもう屋敷に帰りなさい」


 その言い方に優しさが含まれていると感じたのは、周りに人がいたからだろうか。


 ここで私が引けばよかった。けれど私は、ついその優しさに甘えて口を開いてしまった。


「これが必要だからと私を寄越したのは、他でもないあなたでしょう?


 どうしてそんな迷惑みたいな言い方をするのですか?」


「私はそんなことを頼んだ覚えはない」


 言い放たれたその言葉に、頭の中で何かがぷつんと音を立てたのがわかった。


 先程まで、聞いてしまった不吉なことを一番に話そうと決めていた人だったけれど、それもその言葉が一瞬でどこかへやってしまった。


「……」


「……いいから、早く屋敷に帰りなさい」


 私が無言なことにばつが悪いのか、オリバーは私に背を向けた。


 もう、我慢ができない。


「ええ。わかったわ――」


 彼の背中にそう呟くと、私の心情の変化に気付いたのか、眉をひそめる顔が振り向いた。


 あとはすべて感情に任せていた。


 ぱちん。からん。


 彼の頬を叩いたことで、私の掌から解放された指輪が床に転がる。


(歩み寄ろうとしてしたのは、私だけだったの?)


 私は涙を堪えるだけで精一杯だった。


「――実家に、帰らせていただきますっ!」


ヒロイン、ついに言ってしまいました。

次回は一話から名前が出ているあの人が登場します。


それでは、また次回。

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