24 雷鳴が轟く時
馬車に揺られながら、オリバーはアルフォンスの母親と出会った時のことを思い出していた。
それは、母クリスティアが亡くなる前年。
父母の前で〝来年の成人後すぐに公爵位を継ぎたい〞と宣言した際に、それならばということで父に連れられてやってきたグレミゼンにある娼館の二階の部屋。
そこで彼女――リナリアと出会ったのだ。
そして初対面にもかかわらず、彼女はオリバーの手を握って、微笑みながらこう言った。
『……ふふ。そんなに固まらないでください、閣下。
すべて私にお任せしていただければ、甘い一時をお約束いたします』
◆
目的地へ到着したのは夕方近くで、日も山間に傾いてきた頃だった。
それに加えて怪しかった空の雲行きは、到着したタイミングで小雨へと変わっていた。
「お待ちしていました。我が君主」
傘を差すエリオットに出迎えられ、オリバーは開けられた馬車から降りる。
「この調子だと、しばらく雨は止まなそうですね」
雨空を見上げながらそうぼやくエリオットを横目に、オリバーはその屋敷の前に立った。
数日前にも訪れた場所ではあるが、今回は招待されたわけではない。
脳裏に、出立前の彼女の姿が浮かぶ。
自分のせいだと己を責める彼女の頬に振れていた手を、今度は宙で静かに握った。
一呼吸置いて、オリバーは控えていたものたち全員に告げる。
「早急に片付けるぞ」
「承知しました、我が君主」
それからの彼らの行動は鮮やかなものだった。
エリオットが事前に調査した資料を基に、連れてきた少人数の部下で押さえるべき部屋と伯爵領の人員を拘束。
その際に多少の抵抗はあったものの、相手がエインズワース公爵だと解ると全員が大人しく従った。
あと押さえるべき人物は三人。
オリバーはニコラスを伴い、まずはくだんの重要人物がいる執務室へと訪れた。
ニコラスが扉をノックし、返答を待たずにそれを開ける。
「なっ、何事だ!? 誰だ、貴様!」
執務机に向かっていたその人物――キンバリー伯バイロン=キンバリーは立ち上がると、特徴的な赤髪を揺らしながら、ニコラスへ向けて人差し指を向けた。
しかし、オリバーがニコラスの後に続いて部屋に入るとその勢いは途端に退き、慌てた様子へと変わる。彼の鳶色の瞳が動揺しているのが見て取れた。
「こっ、これは、公爵様! 先触れもなく、本日は一体どのようなご用件で……」
白々しい。
「時が惜しいので、単刀直入に言おう」
オリバーは控えていたニコラスに合図を出し、書状を広げさせた。
その内容を読み上げるニコラスの声が執務室に響く。
「バイロン=キンバリー。
エインズワース公爵領領地法、第三条及び四項に基づき、ただいまをもってキンバリー領領主の任を解くものとする」
案の定、目を丸くしたキンバリーが抗議しながらオリバーに向かってきた。
「なっ!? いきなり何を仰るのかと思えば、何故そのような――」
「検討もつかないか? 先日、貴殿の直領地と取引をしたハウンド商会の馬車が、取引後に盗難に遭っているのは耳に入っているだろう?」
「はい。確かにその件は報告を受けております。ですがいくら直轄領地の内で起こった事件とはいえ、それだけで私を罷免なさるのは、いささか暴挙ではありませんか?」
弱々しい声ではあるが、自分の主張は一切緩めていない。あくまで認めないつもりだ。
相手がその気であるならば、こちらの出方を変える他ない。
オリバーは一息呼吸を開けて口を開いた。
「そうか。ならば聞き方を変えよう。
盗難に遭った商会の馬車の御者曰く、窃盗犯の一味は貴殿の紋章を使用していたとのことだが、それに関してなにか釈明はあるか?」
「偽造紋章が使われたのは、不徳の致すところではあります。ですが、私は子供の誘拐にまで関わってはおりません!」
悪びれもしない言葉。
だが、その言葉を待っていた。
「……ボロを出したな、キンバリー」
オリバーは目の前に立つキンバリーを鋭く見据え、詰めの言葉を口にする。
「数日前、犯人を捕らえたエセット及びクワイン、アドコックの両領には箝口令を敷いている。
盗難馬車の報告は直轄領地から受けていたとして、なぜ貴殿はその馬車が子供の誘拐に関与していたのを知っている?」
「そっ、それは……」
「言えぬのであれば、私が変わりに言ってやろう。貴様は金欲しさに誘拐を黙認していた、違うか?」
返ってきたのは沈黙だった。もはや弁解の余地すらないだろう。
「税収の改竄に他領への横流し……与えられた職務をまっとうせず、あまつさえ自領に住む民を脅かす貴様は、もはや爵位に就くことさえ憤ろしい」
一瞬、先代のキンバリー領主のことが頭に浮かんだ。
父の知人としても親しかった先代であれば、こんな悪手は絶対に打たなかったはずだ。
「汝の犯した罪は法の下で裁かれる。その後、然るべき処遇を陛下に申し立てるので、首を洗って待っておくんだな」
「公爵様……っ、どっ、どうかお慈悲を! 私はただ、あの者たちに言われた通り……各領への通行を融通していただけなのです!」
あくまで自分は被害者だと嘯くキンバリー。
しかしそこへ、もう一人の断罪されるべき人間が部屋へと入って来た。
「ちょっと、さっきから何なのよ! いい加減、この手を離しなさい! あたしを誰だと思ってるの!?」
父親譲りの赤い髪。
現れたのは、エリオットによって後ろ手に組まれたバイロンの一人娘であるジョスリンだった。
「君を呼んだのは私だ」
「オ、オリバー様……」
オリバーの存在に気づいた彼女は、場違いにも途端に頬を赤らめ始めた。
一見して、それまでエリオットへの抗議に奮闘していたために赤らんでいるとも思えなくもないが、しおらしくなった彼女の態度から、そうではないことは一目瞭然だ。
オリバーは努めて平然に言葉を並べる。
「……君は最近良く、宝石商を屋敷に呼んでいるそうだが、君の父親がタリス公爵領の領主と闇取引をしていたのは知っていたか?」
「い、いいえっ。私は存じ上げませんっ! それは初耳です!」
「……そうか。では君は、自分のあつらえさせた宝石を買う金の出所を知らなかったというわけだな」
恐らく彼女は、この領地から得た金は全て自分が使用してもよいと思っているのだろう。
キンバリー領は肥沃な土地と要衝という点から、エインズワース公爵領の中でも一二を争うほどに豊かな領地だ。
だからこそ、今手にしているものに飽きれば、次のものへと手を伸ばしてしまうのかもしれない。
本人にその自覚はないのか、ジョスリンは小さく声を上げた。
「えっ?」
「まあいい。君をここへ呼んだのは別の用件だ。
――君はどうやら〝私の息子〞を探してくれたそうだな?」
オリバーのその言葉を聞いて、ジョスリンは顔面は途端に蒼白へと変わっていく。
その時。
「失礼します。旦那様、こちらの者を連れて参りました」
扉を開けて入ってきたのは、服の肩口と髪が僅かに濡れたリュカだった。
本来ならばヴェロニカの従者としてあるべきリュカだが、今この時だけは彼が一番適任だと判断したのだ。
ことの詳細を話したリュカ本人からも、了承は得ている。
「あっ!!」
そしてジョスリンの叫びと共に、最後の三人目がこの場に投下された。
大柄なその男はリュカよりもずぶ濡れで、服の所々に泥がついている。
縛られた両足が縺れてその場に倒れこんだ男は、鈍い呻き声を上げた。
その男は数週間前、アルフォンスを連れて王都のエインズワース邸を訪れた、ゼラインという男で間違いなかった。
倒れこむゼラインの前に立ったオリバーは、無表情で眼下の男を見つめる。
「どういうわけか説明してもらおうか?
確か、私には〝グレミゼンのゼライン〞と名乗っていたな。だが、グレミゼンに登録されているどの組合にも〝ゼライン〞という名の男は所属してはいなかったぞ」
その言葉に対してゼラインは、しどろもどろになっていた。
「そ、それは、えっと……その……」
「言いにくいのなら、代わりに私が言うとしよう。お前はこのキンバリー家の使用人で、特に君の許で働いていたそうだな」
オリバーの視線がジョスリンへと向けられる。
ジョスリンは「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
「お前がアルフォンスを連れ出そうと何度かあの館に出入りしているのは確認済みだ」
遡ること前日。
オリバーは父であるブレンドンと共に、グレミゼンの〈子鹿の花園亭〉へと足を運んでいた。
もちろん、今回の落胤騒ぎの真相を確かめるためだ。
案の定デューツィアへ確認を取った結果、アルフォンスは確かにリナリアの子ともだと判明。
そしてデューツィアの話によると、母親のリナリアが亡くなってから数日後、見知らぬ大男が訊ねてきたそうだ。
「彼の父親が息子であるアルフォンスを探している」
そういう話を持ち出し、大金をちらつかせてきたらしい。
生前のリナリアはアルフォンスの父親に関して〝何も言うつもりもない〞と固く口を閉ざしていたらしく、デューツィアはリナリアの意思を汲んでその申し出を断った。
それに加えて。
「まあ、後は単にあの男の高圧的な態度が気に入らなかったからね」とはデューツィア談である。
しかし男の申し出を断った数日後、使いを頼んで外に出ていたアルフォンスが突然姿を消したという。
結局、アルフォンスの失踪と男の関係性ははっきりしていない、とデューツィアは言っていたが。
「相手が悪かったな。あの子を選んだ時点で、お前たちの計画は瓦解している」
この屋敷に来る前。
オリバーは、エインズワースの屋敷でアルフォンスからすべてを聞いていた。
「あの子は、自分を館から連れ出した犯人は、男女の二人組だと言っている。
犯人二人のみなりは整っていたそうだが、特に女の方は貴族のような派手な装いをしていたらしい。
そして一番の特徴は、目が覚めるような赤髪だったそうだ。まさに君のような、赤髪だ」
「……あっ、あの……」
縋るようなジョスリンの視線を冷たく払い、オリバーは続ける。
「こうも言っていたな。
その片方の女に〝自分の父親はエインズワース公爵であり、公爵は自分と娼婦である母親を捨てたのだ〞と吹き込まれたと。
そして〝自分の存在を暴露させ、公爵夫婦の仲を壊すように〞と命じられたらしい。
もし言うことを聞かなければ、館の連中に危害を加えると脅されていたようだ」
拉致に恐喝、教唆扇動。
これはもはや誹謗中傷の域を越えている。
「君は今回の落胤騒ぎを企て、エインズワース公爵の名に泥を塗ろうとした」
「ち、違うんですっ! オリバー様!」
ジョスリンが必死に首を横に振った。
「これには理由があるんですっ。実は私……ずっと前から貴方のことをお慕いしていたんです! 私だって早く成人式を迎えたかった……。なのに、貴方はその前に婚約なさって……だから私、貴方に少しでも私のことを見てほしくて……」
彼女の潤んだ瞳の訴えは、オリバーにとって何の価値もなかった。
彼女のとった行動はすべて、己の欲を満たすため以外のなにものでもない。
「……それで、そんな理由で私たち夫婦の仲を割こうとしたと?」
本当に腹立たしい。
こんな身勝手な理由で家名に泥を塗るばかりか、誓いを果たせなくなるところだったとは。
(……)
しかしその憤りは、目の前の少女よりもオリバー自身に向けていたものの方が強かった。
ならば、為すべきことはひとつだけだ。
「では君に訊ねよう。もし私が君を選んだとして、あの子の処遇はどうする?」
仮にと口にするだけ嫌悪がした。
そして、それまで潤ませていただけのジョスリンの瞳が、ギラリと光る。
「わ、私でしたら、あんな私生児は捨て置きます。だって妾腹と言っても、相手はただの娼婦ですもの」
嬉々として語るその姿を見て、オリバーは不意に笑いが込み上げてきた。
彼女にとって重要なのは真実かどうかではなく、どうすれば欲を満たせるかという手段なのだろう。
だから。
「……そうか。それを聞いて安心した。
私の妻ヴェロニカは〝俺の子であるならば責任をもって育てる〞と言っていたからな」
それを完膚なきまでにへし折るだけだ。
「度量も思慮も欠ける君には、我家名は荷が勝ちすぎる」
「そんなっ!? オリバー様っ、お待ちくださ――」
縋りつこうとしてオリバーへ伸ばされる、ジョスリンの手。
しかしそれを彼はすげなく払った。
「それと金輪際、私の名を気安く呼ぶな。君にそれを許した覚えはない」
そう言って、冷たくジョスリンを見下ろすオリバー。
執務室の窓の外では閃光がいくつか横切り、少し遅れて雷鳴が轟いた。
◆
それは、いつかの遠くの記憶だった。
部屋には、甘ったるい何かの花の香りが立ち込めていた。
目の前には、先ほど館の女主人から紹介されたリナリアという妙齢の女人が微笑んでいる。
栗色の緩く巻かれた髪に、淡い翡翠の瞳。
特段に見惚れていたわけではないが、次の瞬間にもオリバーの身体は、部屋の中央に置かれたベッドに押し倒されていた。
齢十五とはいえ、オリバーは公爵家の嫡男として武術の訓練を受けている。
そんな彼を易々と組敷いた目の前の女人に、オリバーはただならぬものを感じた。
そしてリナリアの艶かしい声がオリバーの耳元で囁かやれる。
「……ふふ。そんなに固まらないでください、閣下。
すべて私にお任せしていただければ、甘い一時をお約束いたします」
この館へは次期公爵として大事な話があると言われたからついて来たのだ。だのに、一体何を考えているんだ、あの父親は。
オリバーは溜め息を堪えつつ、リナリアに告げた。
「やめてください。私は貴女と戯れるためにここへ来たわけではありません」
「据え膳食わぬは男の恥、とも申しますよ?」
彼女は相変わらずにこやかな笑みを浮かべている。
「それは異邦の古諺でしょう。それに、私には心に決めた女性がいます。
貴女とは仕事仲間以上の関係になるつもりはありません」
オリバーの返答にしばし目を瞬かせたリナリアは、ふふふと笑みを溢した。
「ふふふ。頑なな方ですのね。……とは言え、女性の躱し方としては及第点です」
オリバーはリナリアから解放されてベッドから起き上がると、部屋の窓側にあった丸テーブルと椅子に通された。
椅子に向かい合ったリナリアが、改めて口と開く。
「先程までのご無礼をお許しください、閣下。
私はこの館で〈風の耳〉をしております。リナリアと申します」
〈風の耳〉。それはエインズワース公爵家が独自に雇っている密偵のことだ。
彼ら彼女らは主に情報収集を任務としている。
「実は数日前、公爵様が御見えになりまして、こう相談されたのです。
〝十五になったばかりの息子が『成人を迎えたらすぐに爵位を継ぎたい』と言い出した。何を考えているのか、諦めさせるにはどうしたらよいか〞と」
「……」
一瞬、反応に困ってしまった。
父から相談されたと言っていたが、彼女の仕事はあくまで情報収集であって、上司である公爵家の内部事情について知る権利はないはずだ。
募るオリバーの不審をよそに、リナリアは言葉を続ける。
「私の経験上、殿方が事を性急にする方の特徴は、大きく分けて二通りあります。
よほどの完璧主義者か、あるいは心に余裕がないか。
本日初めて閣下とお会いしましたが、閣下の場合は前者というよりも後者――ご自身の理想を実現するために、焦っておられるのだと思います」
「……」
オリバーは彼女の発言に耳を疑った。
まだ会って数分も経っていない。
しかしまるで彼女に己の内側を見透かされているようだった。
「ふふふ。他にも分かりますよ。
閣下が公爵の地位を継ぎたいというのは、あくまで目的を達成するための手段のひとつ。
そして急がなければならない理由は、その目的が流動性、あるいは可変性のあるもので、現公爵である父君に頼んでも閣下にとっては意味がないもの。
つまり、閣下の目的は閣下自身が動かなければ意味のない――例えば、心に決めた御方との交際または婚約、とかでしょうか」
「そんなことまで……」
「これでも仕事で人を相手にしておりますので。人間観察は得意なんですよ?」
ひけらかすわけでもなく、ごく自然と当たり前のことを言っていると言わんばかりのリナリア。
一体、どれだけの相手をすればこうなるのか。
気を取り直し、オリバーは僅かに眉をひそめた。
「けれど、私は別に彼女との結婚を望んでいるわけではありません。
ただ、彼女に何かあった際に護る力がほしいだけです」
「……事情は分かりました。公爵からは閣下の意思を確かめ、可能であればる気を変えるようにと言われていましたが、それは不要のようですね」
しかしリナリアは「ですが」と続けた。
「ですが、今後多少の無理を通すのであれば、閣下ご自身もそれをはね除ける胆力がなければなりません。
私はこの役目を任されている以上、様々な噂や事柄を見聞きしています。
特にストランテ革命からもうじき三十年。共和国では表向き反革命派は依然鳴りを潜めていますが、水面下で王政復古の動きが進んでいるようです。
対する国民議会では、急進的なウェスタン派とアルダン氏が転じた民主派で旧王党派の領地についての意見の相違から、膠着状態が続いています」
「……」
遠方の共和国の情報を諳じて告げるリナリアは、先程のにこやかな笑みを浮かべている顔とはどこか違って見えた。
なぜ、今ここで共和国の話題を出すのか。
否。彼女の中ではそれが繋がっているはずだ。どうして彼女が共和国と関わりがあると思ったのか。
オリバーは恐る恐る口に出す。
「どうして……彼女のことは何も……」
「貴方が次期エインズワース公爵だからです」
リナリアは続ける。
「王党三公の一角であるエインズワースの次期当主の貴方が、そこまで急く理由はそう多くありません。
もし仮にお相手が敵対派閥の貴族派のご令嬢だった場合、閣下自身に実績がないうちはそもそも双方の家が認めないでしょう。
それに加えて、貴方は先程〝彼女に何かあった際に護る力がほしい〞と仰いました。
生家を差し置いて助けるではなく〝護る〞という主体的な言葉を用いるのは、逆を言えばこの国の貴族あるいは市井の人の力では護ることができない可能性があるということ。
例えば外交に関わるような出自を持つ方がお相手、と考えるのは普通のことです」
「……そうだとして、ではなぜ大公国や帝国ではなく、共和国の話をしたのですか?」
「大公国は歴代ヴァロネン大公の許、ここ百数年大きな諍い事は起こっておりません。
考えうる候補としては、革命時に国内の多くの貴族がこの国へと亡命したストランテと、ここより北方の帝国があります。ですが、後者の情報はこちらでほとんど把握しておりますので、必然的にストランテに関するものかと推察いたしました」
「あなたは、一体……」
静かに微笑むリナリアに、オリバーはそう訊ねることしかできなかった。
鋭い洞察力と推察力。そしてそれを瞬時に行えてしまう器用さ。
一介の諜報員が持つスキルとして、果たしてこれは正当なものなのか。
まだ齢十五のオリバーには判断がつかなかったのだ。
「今はこの地に根を下ろした、小さき花にございます」
そう答えたリナリアの表情は、少しだけ寂しそうに見えた。




