23 真実はその口から
いつもご覧いただき、誠にありがとうございます!
そして、ここのところ、投稿が遅くなり申し訳ありません。
あと数話で本章も完結いたしますので、最後までお付き合いくだされば幸いです。
部屋に戻った私は、ベッド脇のチェストに置いていた本を手に取った。
(そう言えば、この本をエリーに返さないと)
たまたまクレアさんが話していた本と同じタイトルだったから、気になって読んでしまったのだけれど。
当のエリーの姿は部屋にはなかった。
(どこ行っちゃったのかしら? お礼も言いたかったのに……)
昨日は、エリーのお陰でオリバーと話す機会ができたのだ。
ここでの滞在も今日で最後。
だから、直接伝えたかったのに。
その時。
「あれは……」
夕暮れに染まる窓越しの外の景色の中に、その人影を見た。
思わず、窓ガラスに近づいてその姿を視線で追う。
間違いない。あの人だ。
「……」
胸の中にひとつだけ残る未練のようなもの。
私は息をひとつ飲み込んで、人影が入った場所へと向かった。
そこは、私たちが借りていた部屋とは反対の屋敷の西棟の端。屋敷とは別の様式で建てられたサンルームだった。
「……いい香り……」
外側の入り口から中を覗いた私の鼻腔に、爽やかな香りが広がる。
その中はアジルディア学園のサンルームとは違って、落ち着いた緑の植物で一面彩られていた。
「わあ、ずごい……あっ」
思わずそう呟いてしまった私は、振り向いたその人――ブレンドンさまの視線と目が合ってしまう。
「オリバーの奴も最後の日くらい、ゆっくりすれば良いというのにな」
まるで私が来ることをわかっていたのか、サンルームに似合う白亜のテーブルの上には、ティーセットが二つ用意されていた。
咎められるかと思っていた私に向けられたのは、落ち着いた声色で話す義父の言葉とどこか優しげな眼差しだった。
「……少し、時間をもらえるかね?」
私は小さく頷いて席に着く。
すると、ブレンドンさまはティーポッドを持ち、手ずからティーカップに紅茶を注いだ。
そうだ。この爽やかな香りはハーブティーだ。
私はカップを持ち上げて、紅茶の香りを堪能する。
「良い香りですね」
「そうだろう? ここにあるハーブはすべて妻が遺したものでね。ここは彼女の気に入りの場所だった」
(お義母さまの……)
紅茶を口に含んで味わった。
すっきりさっぱりとした味で、くどくもない。
「とても美味しいです」
改めてサンルームの中を見渡す。
いくつもの鉢植えに植えられているのはすべてハーブでも、種類が異なっているようだった。
興味深く見ていた私に、ブレンドンさまが口を開いた。
「だが君も、自ら確かめに行くとは、なかなかどうして無茶なことをするな」
「えっ!?」
途端、心臓が跳ね上がる。
(まさか……?)
私は「何のことでしょうか?」とシラを切り通そうと口を開いた。
けれど、義父に先手を打たれてしまう。
「まさか、私が気づかないとでも思っていたのかね?」
まるで私の心を読むように、ブレンドンさまがかちゃりと茶器を置いてテーブルの前で手を組んだ。
「あそこはあくまで色を売る館だ。そこで館に入ったばかりの嬢から客へ勝負事を挑むのは、いささか不自然とは思わんかね?」
「……仰る通りです」
言い返す術もない。
私は恐る恐る口を開いた。
「あの……このこと、あの人は……」
「さあて、どうかな。だが――」
義父の表情は変わってはいなかったものの、その口調はこれまでのものとは違って、どこか優しげだった。
「あいつのことだ。君以外の女人には興味がないだろうさ」
「へ?」
しまった。なんて気の抜けた返事をしてしまったのだろう。
「これはこれは、君には自覚なしか」
「す、すみません……でも、大切にされているのはわかります」
その分、心配もさせてしまっていることも。
私がそう話すと、ブレンドンさまは真剣な表情で私のことを見つめていた。
「……」
「お義父さま? どうかされましたか?」
知らないうちに、何か不味いことでも言ってしまったのかと不安になって訊いてみる。
すると、ブレンドンさまは小さく「いいや」と首を横に振った。
「……聞かないのかね? あの子の父親が誰なのかと」
ほんの一瞬。一瞬だけ、言葉が出てこなかった。
それは言葉に詰まったというわけではなくて、単に驚いてしまっただけだった。
だって、それをこちらから伝えようと思っていたから。
なので、私は思っていることをそのまま口にする。
「本当は今も、すごく知りたい気持ちでいっぱいです。でも、彼は必ず話すと言ってくれました。
なら、私は彼の口から直接聞きたいです」
だから、それまで待つと決めた。
自分の胸に手を当てる。
心の中に残っていた、言わなければならないことを口にして、今度こそ私の胸に未練はなくなっていた。
(――大丈夫)
そして、自分の言葉に小さく頷く。
「……そうか。ならばこれ以上、年寄りが口を挟むべきではないな」
小さく息を吐いて、義父は口を開いた。
「息子の前ではああは言ったが、君の宣誓を聞いて思わせられた。
人は選ばれるのではなく選ぶものなのだとな」
「え? それはどういう……」
その言葉の真意が汲み取れなかった私が訊ねると、ブレンドンさまから微笑みが返された。
「なに、褒めているのさ。
君は、己が選んだ道を省みることはあれど、選んだことを後悔しない女性のようだからな」
褒められている、のだろうか。
「あ、ありがとうございます」
ぎこちなくなりながらもお礼を述べた私へ、ブレンドンさまは向き直ってその琥珀の視線を向けてきた。
そして。
今までで一番優しい表情をしながら、私に言葉をくださった。
「どうかこれからも、愚息をよろしく頼むよ。ヴェロニカさん」




