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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは真実が知りたい!

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22 変わらない〝答え〞


 アルフォンスからの告白。

 それは私たち二人にとっても、とても驚くべきことだった。


 泣きながら胸中を吐露したアルフォンスは、その後部屋へと運ぶオリバーの腕のなかでいつの間にか眠りについていた。


 泣き疲れてしまったのか、はたまたすべてを吐露したあとの安堵からか。

 どちらにせよ、今は寝かせてあげよう。


 アルフォンスを部屋のベッドに寝かせ、私とオリバーは静かに扉を閉めた。


「……」


 目元を腫らしながらも、すべてを打ち明けてくれたアルフォンスの姿を思い出す。


 私たちはその小さな口からこぼれ落ちるか細い声を、ただ聞くことしかできなかった。


 ここへ至るまで、どれだけのことをあの小さな身体と心に抱え込んでいたのだろう。

 その痛苦は私では推し量れない。


 それでも、彼のお陰でわかったことがある。


 それは大きな前進だった。

 例え抱える問題が増えたとしても、それでも前進には変わりないのだ。


 私たちは無言のまま、今度は私の部屋の前まで到着していた。


 私は扉に手を掛け、深く息を吐く。


 そして、波立つ心を悟られないようにオリバーへ口を開いた。


「もうじき発たれますよね? 今支度をしてきますから――」


 これ以上、彼の負担になりたくはない。そう思って部屋へ入ろうとした。


 けれど。


「ヴェロニカ」


 引き留めるように、彼の手が私の腕を掴む。


 その力は強くはないものの、振りきれなかった。いや、本当は振りきりたくなかった。


「無理に笑わなくていい」


「……」


 私は俯いて首を横に振る。それしかできなかった。


 今、彼にこんな顔は見られたくない。


 私の思いとは裏腹に、オリバーは言葉を続けた。


「言いたいことがあるなら、教えてほしい。

 君がそうやって自分を圧し殺していることの方が、俺にはつらい」


 彼を引き留めちゃいけない。

 そう思っていたのに、その言葉を聞いて、張り詰めていた感情が溢れてくる。


 気付けば、私は俯いたまま口を開いていた。


「……今ね、私、最低なこと考えてるの。


 さっきお義父さまにあんな大口叩いたのに……いざあの子から話を聞いたら、心がこれまでにないくらい揺らいでる。


 あの子は悪くないし、ましてあなたも悪くない。

 今回のことは、()()()()だったってことでしょう?」


 自分で言葉にしてみて、再度痛感する。


「昨日、あなたに言った言葉は全部本当よ。これからもずっと、あなたと一緒にいたい。


 だからこそ、これ以上あなたに迷惑を掛けるのは嫌なの。


 ……でも、今の私は、お義母さまや伯母さまみたいに、皆から信頼されているわけでも、認められる実績があるわけでもない……これじゃあ、誰もが認める公爵夫人なんて、名乗れるわけない……」


 今の私は、誰に対しても、何も示せるものがない。


 そして、彼の手が腕から離された。


 ああ、やっぱりそうなんだ。

 そう思いかけていた時。彼のその手は私の頬にそっと優しく触れていた。


「迷惑だなんて思うわけがないだろう」


 温かい彼の掌の熱と言葉が、私の意地を溶かしていく。


 いつになく優しい声だった。

 見上げると、彼の()が合う。


「君がなぜ、母上や女侯爵と自分を比べているのかまでは知らない。

 だが、君が二人のようになる必要はないし、義務もないんだ。


 少なくとも、俺はそんなことを望んで君と結婚したわけじゃない」


「でも……」


 私がなにも持っていないことには変わりない。そう言おうとした。


 けれど。


「それに、他人から称えられる功績というものは、求めて得られるものではないだろう。


 それらはあくまで結果であって、その過程、何を成すかということ以上に重要なことではないはずだ。


 この前の、君のように」


「……私?」


 オリバーが何を言っているのかわからず、私は思わず首を傾げた。


「先日の誘拐騒ぎの時、君は身を呈して子供たちを庇っただろう?


 その件について、町の者たちは皆君を称賛していたんだ。後日子爵から礼状が届くと連絡があった」


「……本当に? 私……誰かの、みんなの役に立てたの?」


 私の問いにオリバーは小さく頷いた。


「すまない。本当なら、君にすぐに伝えるべきだった。

 だがそうすることで、君はまた自分を省みずに行動してしまうかもしれない。


 そうなるのが……それを防げない状況だけは作りたくなかったんだ。


 誰かを守るためなら傷つくことを厭わない君を、どうすれば守れるのか。

 ……散々考えてみたものの、なかなか言い出せなかった」


「……」


 私が胸に生まれたこの気持ちの名前を探していると、彼は罰が悪そうに眉をひそめた。


「すまない。……軽蔑したか?」


「え?」


「自分の願いのために、君に本当のことを言わずにいた俺を」


 私は首を横に振る。


「……ううん。あなたが私のこと、どれだけ心配してくれていたかわかったから。それに……それでもやっぱり、私はあなたのことが好きなんだなって」


 自分で言っていて思わず笑ってしまった。


「ふふ。ありがとう、オリバー」


 頬から彼の手が離される。


「……すぐ戻る」


「はい。気を付けて行ってらっしゃい」


 彼が立ち去る間際。

 私がそう言うと、頬にそっとキスをされた。


「それに――」


 それは、それはあまりに一瞬で、不意打ちだった。


「え?」


 私は立ち去るその後ろ姿になにも言えずに一人きりの部屋へと入る。

 そして閉めた扉に背中を預けて、深く呼吸を整えた。


 たった今、キスの後の耳元で囁かれた言葉が頭の中で反芻している。


 その度に、胸の奥の鼓動は加速していた。耳も熱い。


「〝君以外考えられない〞」


 部屋に誰もいなくてよかった。


 ここに来て、何度私は彼に翻弄されているのだろう。




 日も暮れ始めた頃。

 アルフォンスの様子を見に行くと、部屋には先客がいた。


「リリカ」


 未だにベッドで眠るアルフォンスの前に、椅子を置いて座るリリカの姿があったのだ。


「ヴェロニカさま」


 必要最低限なものを残して、明日の帰り支度を済ませている。


 だから、私つきの侍女である彼女には夜まで自由にしてよいと話していた。


 なのに。


「ごめんなさい、リリカ。あなたにばかりアルフォンスのこと看てもらってしまって……」


 ここへ来るまでも、彼女にはアルフォンスのことを任せきりにしていた。

 でも、これからはそれではだめなのだ。


 椅子から立ち上がったリリカへ向けて私がそう言うと、彼女は首を横に振ってその翡翠の瞳をこちらへ向けてくる。


「いいえ。これは私が望んでやっていることですので」


 そう話すリリカの表情(かお)は、どこか寂しそうだった。


「リリカ。少し、いいかしら?」


 私はベッドとは反対の位置にあるソファに、リリカと並んで腰を掛ける。


 リリカは最初は遠慮していたけれど、私が「昔みたいにしよう」と言って、半ば強引に座らせた。


 彼女には今朝、私たちの意向を伝えている。

 だから、先ほどアルフォンス本人から聞いたことをかいつまんで話すことにした。


「……そう、だったんですね」


 私が伝え終えた後、リリカは小さく呟いた。その瞳は僅かに揺れている。


「ここに来てからも、あの子はどこか浮かない様子でした。今思えば、そのことについて思い詰めていたのかもしれません……」


 そう口にするリリカは、まるで自分のことのように沈んだ表情をしていた。


 その理由を訊ねると、彼女は少し寂しそうに頷く。


「はじめ――王都の邸であの子の話を聞いた時、私と同じだって思ったんです。


 でも昨日、ヴェロニカさまとあの(みせ)の前で別れてから、違うと気づきました。

 私がいたあの場所とは、国も人も違う。


 ……そして何より、私があそこで生きていられたのは、兄がいてくれたからなんです。


 だから、あの子には私にとっての兄のような存在(ひと)は、いたのかなって……」


 それで気に掛けて部屋に様子を見に来たのだそうだ。


「勝手をしてしまい、申し訳ありません」


 謝罪するリリカに私は首を横に振った。


「そんなことないわ。あなたにアルフォンスのことを任せてよかった」


 リリカとリュカが生まれ育った場所について、私は詳しいことは知らない。


 けれど、リリカがアルフォンスにかつての自分を重ねて、まだ幼い彼と真剣に向き合おうとしていることだけは理解できた。 


「ありがとう、リリカ」


 彼女の想いに背中を押される。


 そうだ。

 どんな理由であれ、事実は変わらないし、否定しても何も始まらない。


 なら、今私がすべきことは、これまで通り私にできることをするだけだ。


 そして、その答えはもう出ている。


「これからも、アルフォンスのことお願いね」


「はいっ。お任せください」


 笑顔でそう頷くリリカにアルフォンスの目が覚めたら教えてほしいと伝えて、私は部屋を後にした。


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