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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!
7/79

偽りはまことしやかに踊る【3】

いつもご覧いただきありがとうございます。

また評価ならびにブックマークしてくださった方々、多謝の極みです。


今回はいつもより気持ちちょい長めとなっております。

毎度思うのですが、一章ごとの分量ってどのくらいがいいんですかね……

今後もきりの良いところで切っていこうとは思いますが。


【2020/8/1:修正】他の投稿と合わせるために改行と文体に手を加えました。

 ◆


 もうそろそろ、彼女があいつの執務室に着いている頃合いだろう。


 さて。果たして親友はどんな顔をしているだろうか。


 これまでの経験上、あいつは内面でどれだけ取り乱そうとも、その一切を表に出さずに対処してきた。


 たまにその一部が表に溢れることもあるが、その違いは自分や長年の付き合いをしている一部の人間にしかわからない。


 しかし今回のことはまったくの予想外のはずだ。さぞ目を丸くすることだろう。


 期待を胸に秘めながら先ほど彼女に教えた道を行くと、早々に目的地へと辿り着いた。


 ところが気配を消して少し開けた扉の隙間から中を窺おうとした矢先、部屋の主から声をかけられてしまう。


「そんなところで何をしておられるのですか、殿下?」


 相変わらず文官にしておくには惜しい人材だ。


 本人の希望で文官の役に就かせているが、昔のように武術を極めていれば大会でも上位に食い込む実力の持ち主だというのに。


 バレてしまっては仕方ないので、大人しく執務室に入ることにする。


「お前一人か?」


「ええ。ニコラスは小用があるとのことなので、席をはずさせています。もう直戻るとは思うのですが」


 それは知っている。何せ自分が命じたのだから。


 部屋の主であるオリバーは壁一面にある本棚の前に立ち、陳列された資料に目を通していた。


 いくつかファイルごと選別し終えると執務机にそれらを置く。


 垣間見た資料は、どれもオリバーの領地における財務関係のラベリングがされたものだった。


(……まだ来ていないのか?)


 彼女と別れてから、時間はさほど経過していないはずだ。


 しかし彼女が来た気配がない。


 なぜだと考えても、ここまでの道のりは回廊と一本道だけだ。


 だとしたらその前のどこかで違う方へ進んでしまったということになる。


 一方のオリバーは、壁際のティーカートから紅茶を淹れる用意をしだした。


(いや。別に茶を出せと言ってはいないが)


 相変わらずの仕事頭に溜め息を覚えたが、今に始まったことではないので口には出さない。


「殿下の方こそ、ルーカスはどうしたんですか?


 いくら城内とはいえ、護衛の一人もつけずに出歩かないでください」


「なに、良い天気だから散歩をちょっとしていただけさ」


 平静を装うと執務机の前のソファに腰を掛けた。


 ちょうど柄にもなく、オリバーがティーカートを押しながらこちらへと向かってくる。


 しばらく経って目の前に置かれたのは、小柄な花が繊細に描かれた女性好みのティーカップだった。


 そう。明らかに女性の来客用の。


 ここで、自分の訪れたタイミングが誤っていたことに気付く。


 おそらくニコラスが用意をしていったのだろう。仕事頭のオリバーがこんな繊細な気遣いをできるはずがない。


(ニコラスのやつ、相変わらず主人には甘いな……)


 オリバーは机には戻らず、ソファの向かいについた。


「用がないのでしたら、執務へお戻りください。エルドレッド殿下」


 いけない。頭の回転が速い優秀な友は、仕事モードになりかけている。

 すっと茶を啜ることで聞いていないふりをする。


「殿下」


「殿下殿下と……二人きりの時くらい『殿下』はやめろ」


 実際、オリバーとは兄弟以上に同じ時を過ごしている間柄だった。アカデミーに入る前も入った後も、そして卒業して公務をするようになってからも。年月で言えば優に十年を超えている。


「……視察で何か気になることでもあったのか?」


 崩れた口調とは裏腹にその眼は親友というより部下に近かった。


 そう言えば、御前会議での視察報告の場に、オリバーが出席していなかったことを思い出す。


 まあ、正確には宮廷内に休暇中のオリバーがいると思っておらず、召喚をしていなかったわけだが。


「いや、いたって順調だったよ。川底が想定よりいくらか浅いが、さりとて問題はないだろう。着工は予定通り、来年の春から取り掛かれる」


「共和国――とりわけ民主派からの要請ともなれば、着工延期は避けたいからな。


 現地には共和国側の使節もいたのだろう? 向こうに何か動きは?」


「ああ。あちらは、まだ辛うじて民主派が支持を上回っているそうだ」


 ストランテ共和国は、件の運河建設の対象でもあるルストラ川を挟んで対岸に位置している隣国でもあり、運河建設を打診してきた相手でもある。


 君主制をとっていた王国時代には我が国と友好国として交友していたが、三十余年前に起きた革命以降は共和制へと移行し、革命後に成立した議会組織に対して、我が国では善隣政策を敷いていた。


「民主派の星、アルダン=ベイル……三十年とはいえ、革命主導者の人気は衰えないか」


「三十年は昔に入らないさ。特にうちの古参の閣僚連中にとってはな。ベイル氏が共和派だった革命初期当時は、随分手に汗を握らされたらしい。


 だがこれで当分は、民主派の支持率が下回ることはないだろう」


 この数年のうちに共和国との外交に光が射したのも、単に外交官として派遣している者たちの功労あってのことだった。


 一方でかつて王権を打破した者たちからなる共和国の議会組織に対して、我が国の閣僚連中が思うところがあるのは理解できないことではなかった。


(ここまでこられたのは、大公の力も強いか)


 しかし両国とも友好関係にある大公国が仲介として入っている以上、こちらも共和国も互いに大きく出てはいけない。


 落としどころとして、我が国は運河建設後の利権や維持機関の主導権を得る代わりに、建設中の経済援助やインフラ工事に対する人員負担を多く割くことになった。


(痛み分け、といっては大公に失礼だな)


 協定の結果はある程度想定済みだったため、関連省庁への根回しはすでに済ませてある。


 それでも水面下では一部の官僚連中には共和国と相容れない意見も多く、今後の課題はそれらへの対応をどうするかになるだろう。


「何はともあれ、これで共和国との協定は守れた。あとは向こうの共和派が妙な動きをしないといいが」


 オリバーの指摘する通りだった。


 少なくともこちらは共和国の議会が提示してきた条件を飲んだ。今後何かあるとすれば、共和国議会内の派閥党争によるものになるだろう。


「ああ。あちら方の行動は我々の管理下にはないからな。


 とはいえ直近の国議会の内部詳細は、今度の報告時にエリオットから聞くことになっている」


「……それでここへ来たんだな」


 親友の顔は苦虫を噛み潰したように、眉間に皺が寄っていた。


 そして溜め息をつくとソファから立ち上がり、こちらへ背を向けて執務机に向かってしまう。


「それもあるが、お前の様子を見に来たんだよ。


 新婚だからと一ヶ月の休暇を出したのに、二週間目から出廷するやつがどこにいる」


 実際、オリバーの他にも宮廷には優秀な人材がいる。


 ただ、奴がその他よりも生真面目で何倍もの努力家だから、結果的に周りが頼ってしまうのだ。


 今回の休暇も他の者の実力を伸ばすために、わざとオリバーへ仕事が回らないよう割り振りをしたというのに。


(なぜ机の上にあんなにあるんだ)


 視線をオリバーの執務机に移すと、山積みになった書類の山が飛び込んできた。


 以前自分が立ち寄った時よりも増えている気がする。


「他の者は何をしている。すべて法務省のものか?」


「いや。財務省だ」


 その省の名を聞いて耳を疑った。オリバーの担当は法務省のはずだ。財務省とは畑違いにも程がある。


「お前の担当省ではないだろう? 一体どこのどいつだ? そんな無責任なことを」


 一人憤っていると執務机に着いたオリバーが椅子に腰掛けながら否定した。


「そうじゃない。先代の頃に領地の一部を任せていた人物が、領主代理時代に裏取引をしていたという告発文が届いてな」


 オリバーの屋敷へ直々に届けられたというその告発文には当時の日付や状況が事細かに書かれていたらしく、現領主という立場上、動かざるを得なかったというのだ。


 そしてどうやらここ二週間は、その事実確認と当人への然るべき処罰に費やしていたらしい。


 当人への聴取はなんと、オリバー直々に行ったという。


(いくら先代に関する案件とはいえ、領主自らが出向くか?)


「……俺宛に届いたからな」


 言おうと思っていたらオリバーに先手を打たれた。


「いくら先代の治世下だったとはいえ、領民を苦しめたせめてもの償いだ」


「……」


 御前会議に出席したあと、奴の同僚から『蜜月だというのに、オリバーが出廷している』と密告を受けた。


 それでニコラスを呼び出して事情を聞き、色々と画策したのだ。


 そもそも、告発文にしてもそうだ。

 十年前と言えば、まだオリバーは家督を継いですらいない時で、その頃の不正を掴める人間なんてごく少数に限られている。


 そしてその中でもこんなことができる立場にありかつ行使できるのは、一人しかいない。


(……女侯爵の仕業か)


 告発文の差出人についてニコラスは聞かされていないと言っていたが、十中八九、彼女で間違いはないだろう。


 現国税庁調査査察部統括官、マリアンナ=ベルタ=デルフィーノ侯爵。


 数年ほど前まで財務省の主税局に在籍しており、出向という形で今の職に就いている。


 その手腕から『千眼のデルフィーノ』と呼ばれ、財務省へ入省して以降、どんな不正をも見逃さないことで有名となった人物だ。


(だからこそ中央の者たちから睨まれ、地方に飛ばされたわけだが……)


 そして彼女は、オリバーの新妻――先ほど出会ったヴェロニカ嬢の伯母にあたる。


 本来の侯爵の立場や性格を考えると、当該領主本人へは通達せずに即刑事沙汰としているところだ。しかしそうなれば外聞は悪い。


 ということは身内となったオリバーへの多少の温情なのか。


 しかしなぜ二人を引き離すような行動をとったのか。その一点においては推測の域を出ないが、恐らくはオリバーがなにか女侯爵の癇に障るようなことをしたのだろう。


 そう。ヴェロニカ嬢がらみで。


「それで、奥方を放置してよい理由にはならないだろう?」


 虚を衝かれたという顔でオリバーの漆黒の瞳が僅かに動いた。


「……殿下に申し上げる必要はないはずですが」


 口調も改まっている。


「つれないことを言うな。俺とお前の仲じゃないか」


 肩をすくませながら、オリバーへ告げた。


「その調子だったらお前、まだあのことを言っていないんだろう?」


「……」


 今度は沈黙ときた。


「夫婦間の問題にとやかく言うつもりはないが、嘘を真と偽れない以上、誠意を以て応えるべきだ」


 少なくとも、それを領民へ向けられるのであるならば、一番近い彼女へ向けられないはずがない。


 だが長年連れ添った伴侶ならまだしも、二人は婚約期間を経ているとはいえ互いのことを知らなすぎる。時間が必要なのだ。


 しかしそれぞれのことを知る良い機会だと与えた休暇も、こんな形で無に帰してしまった。あとは当人同士が歩み寄る他ない。


「……ない」


 オリバーがなにか言葉を落とした。


「言えるわけがない。知ったら、きっと傷付けるだけだ」


「それでは今、奥方は傷付いていないというのか?」


 オリバーの反応を見るに、なにかあったようだった。


 これはあくまでも予測だが、これ以上話がこじれれば、いよいよもって話に収拾がつかなくなりそうである。


(ったく……それにしても遅いな)


 彼女には確かにここへの順路を教えたはずなのだが。


 ニコラスから極度の方向音痴とは聞いていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。


(もう少し待ってみるか……)


 また、なにかに巻き込まれていないといいのだが。


 ◆


この章もあと一話(の予定)です。

毎度毎度、章の名前が決められない症候群を発症しておりますが、

今後ともお付き合いいただければ幸いです。


感想、ご意見等あれば気軽にお寄せください。

それでは、また次回。

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