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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは真実が知りたい!

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14 クウェリアの若獅子

 

 ◆


 時間を遡ること数日前。


(もうそろそろ、公爵領に着く頃か……)


 親友のオリバーとその妻ヴェロニカがエインズワース公爵領へと経ってから数日。


 王都の王宮にある執務室で机に向かっていたエルドレッドは、ふと視線を窓の外へと向けた。


 今日は快晴。穏やかな空模様は、実に散歩日和だ。


「殿下」


 間髪入れずに、控えていたジャスパーが咳払いをする。


「……なんだよ」


「先方とのお約束のお時間です」


 〝逃げないでくださいね〞と言わんばかりの視線。


「わかってるって」


 そう言って、エルドレッドは襟元を正して約束の場所へと向かった。


(……今回は逃げる理由なんてないしな)


 そこは王宮の内務府にある牢舎。

 本来ならば牢舎は、国家規模の事件の重要参考人してと判断された人物の拘留ならびに監視を行っている場所だ。


 しかしここの管轄は、王宮騎士団ではなく厚生局にある特別なものだった。


 その牢舎の前に数名の部下を連れて立っている一人の男が目に入る。


 容姿は実年齢が四十代半ばとは思えないほどに若く、エルドレッドと似た蜂蜜色の髪を一つに結んでいる優男だ。


 男は色のついた眼鏡をかけており、エルドレッドに気付くとその柔和な笑みをこちらへ向けて会釈をした。


「殿下、お久しゅうございます。本日はお呼びだてしてしまい申し訳ありません」


「ああ、カー子爵。卿の方こそ、休息日なのにご苦労なことだな」


 彼の名前は、キース=シミオン=カー。

 カー子爵家現当主であり、厚生局の局長代理に身を置いている人物だ。


「国のために尽力でき、私としても本望です」


 飄々とした態度で笑って返すキース。


(……相変わらず食えない相手だな)


 子爵として拝命されて二十余年、彼の手腕は見事なものだと彼自身の功績が語っていた。


 有能な人材であることは確かなのだが、未だに籍を入れていないどころか浮いた話を一度も聞かないというのが謎なところだ。


 風の噂では言い寄る女性陣に対して「仕事が恋人」だと宣ったとかなんとか。


「それで、例の男は?」


「はい。依然、黙秘を続けています」


 牢舎に入り、エルドレッドはその人物がいる独房へ向かう。


 レンガ造りの室内は屋外よりも気温が低く、湿度も高かった。


 牢舎の廊下を曲がり、一つの独房の前に着いた時。


「〝クウェリアの若獅子〞……あんたにまでご足労いただくとはな」


 その中から、声がした。

 先を行くキースに並び、その中の主に視線を向ける。


 そこにいたのは、麻布の簡易な囚人服を纏った一人の青年だった。

 足には牢に繋がる枷がはめられている。


 青年はエルドレッドへ向けた顔を背けて鼻を鳴らし、言葉を投げて寄越した。


「誰が相手で、何度訊かれても同じだ。これ以上、何も答えるつもりは――」


「調書は読ませてもらったよ、アンリ=ジュネ」


 しかし、エルドレッドは相手の言葉を塞ぐ。


 今度こそ、主導権を奪わせない。

 今日ここへ来た目的は、ただ一つだった。


 名を呼ばれたアンリが、その顔を再度こちらへと向ける。


「君はオーバンという男と一級指定薬物〈氷姫の宴(リリノアス)〉を不正に取引し、サルテジット公爵令嬢レティシアに許可済みと偽って、その栽培を依頼したそうだな」


「……そうだ」


 そして現状、それ以上の情報はなく、本人に自白する意思もない。

 ならば、やることはあと一つだ。


「この際、その入手ルート如何(いかん)は置いておこう。


 何せ、この国には優秀な調査官が大勢いるからな。特定されるのも時間の問題だ」


 アンリの睨むような視線が向けられる。

 しかしエルドレッドは、冷静に言葉を続けた。


「今日私がここへ来て君に訊ねる質問は一つだけだ。〝誰がサルテジット伯爵殺害を計画したのか〞とね」


「……」


 かつての主人。

 共に計画を実行していたであろう人物の死。


 それに、この男が無関係とは思えなかった。


 一見して表情は変わっていないように見えるアンリに、エルドレッドは話し続ける。


「こちらの調査では、伯爵と最後に面会したのは、伯爵の息女であるレティシア嬢だそうだ。


 まあ面会謝絶で、直接会うことは叶わなかったそうだが……彼女の差し入れを看守が受け入れたその夜、伯爵は服毒自殺を図って死亡した」


 その眉間、アンリのシワが一層深くなったのを彼は見逃さなかった。


「……何が、言いたい?」


「何、一つ仮説を立てただけさ。


 伯爵殺害の計画及び実行犯はレティシア嬢で、彼女も〈氷姫の宴(リリノアス)〉の不正栽培に関与していた、というね。


 もし彼女が主犯であるのなら、君が彼女を庇って黙秘を続けるというのも頷ける。誰だって、伯爵の二の舞にはなりたくないさ」


 エルドレッドはなおも冷淡に告げる。


 先日の〈雄将(ファムル)祭〉で上がってきた報告書には、アンリがレティシアを人質に取る他に逃亡の勧誘を行っていたとあった。


 人質を連れて逃げるというのは、リスクはあれど理解は出来る。

 対して人質を計画に勧誘して引き入れるには、メリットが無さすぎるのだ。


 だからきっと、そこに彼の穴がある。


「彼女は無関係だ。何も知らない」


 その予想は当たっていた。


 アンリが口を開いて首を横に振る。


「それに実の父親を手にかけるなんて真似、あの娘に出来るはずがない」


「さて、それはどうかな? どう判断しようにも〝知らなかったことを証明する〞のは難しいからね」


「貴様っ!!」


 勢いよくこちらへ向かって来るアンリの足枷が、鈍い金属音を立てた。


「なぜそんなに必死になる? 先に彼女を利用したのは君だろう?」


 確信した。

 (アンリ)の弱点はこれだ。


「もっとも、こちらが何をせずとも、彼女は直にアラルテの修道院へ行く手筈だそうだな。


 べレスフォードの領地へ行けば彼女がどうなるか……理解していないわけではないだろう?」


 例え国土の一部と言えど、公爵が国王から拝領した領地には表向き手が出せない。


 諜報機関の〈四季〉ならば公爵領への潜入自体は容易だろうが、彼女の身の安全までを保障出来るものではないし、そこまでして彼女を保護するかどうか決めかねているのが実状である。


(……ジュードには悪いがな)


 伯爵家の取り潰しが決まった後、珍しくエルドレッドの執務室にやって来たジュードが開口一番に言った言葉は、恐らく()()()()()()だったのだろう。


彼女(レティシア)の退学を取り消してほしい』


 学園でジュードが彼女とどんなやり取りをしていたのかまで、エルドレッドには知る由もない。


 実の弟の想い人をこうして秤に掛けているのは、兄として多少なりとも罪悪感はあるのだ。


 ただ、今は兄よりも未来の為政者として行動しているというだけ。


「いい加減に話せ、アンリ=ジュネ。一体誰が、伯爵に自死するよう差し向けたのか」


「……あんたなら、言わなくとも目星はついているんだろう?」


 アンリの重い口が開いた。


「ああ、そうさ。べレスフォード公爵だよ。俺は伯爵経由で公爵から指示を受けていた。


 だが、指示はすべて書面のみで行っていたし、伯爵は指示がある度に全部始末してる。


 俺が話せるのは、伯爵経由で公爵に指定された日時と場所に行って、闇商人から〈氷姫の宴(リリノアス)〉を受け取って学園に運んだ、ってことくらいだ。


 さっきも言ったが、俺には指示の内容は知らされていない。


 唯一、伯爵が亡くなった数日後に以前と同様のやり方で日時と一緒に一言指示があっただけだ。〝宴を開け〞ってな」


「〈雄将(ファムル)祭〉で外に運び出す、ということか」


「ああ、そうだ。これで俺の知っていることはすべてだ。本当に、あの娘は何も知らないし関係ない」


「……ここまで来て、心配する相手が他人とはね」


 犯罪を犯す人間のほとんどが利己的な者だとばかり思っていたが、目の前の男はそうではないらしい。


 それは、あの伯爵も同じだった、ということか?


 アンリの視線は真っ直ぐにエルドレッドへ向けられていた。


「法を犯した俺が裁かれるのは覚悟の上だ。だが、何の罪もない彼女が罰せられるのだけは間違ってる」


「……」


 仮に、捜査の段階でべレスフォード公爵に不利になるものが一つでも見つかれば、その時点で彼らは切り捨てられただろう。


 だから、彼が口を割るわけにはいかなかった。


 彼が口を噤むことで、守られる命があったのだ。


「……わかった。君の言葉を信じよう」


 それに、アンリの言葉には共感するところもある。


「安心しろ。レティシア嬢は学園(アカデミー)に残ることになったし、卒業後もこちらで保護するよう算段はつけてある」


「なん、で……」


 目を丸くするアンリに、エルドレッドは小さく溜め息を吐いて答えた。


「君にとってそうであるように、サルテジット伯爵は謀反人である前にこの国の何万という国民の恩人だからな。


 家名までは守ってやれないが、可能性ある後継者を未来へ繋げるは私の役目だ」




「さすがは〝クウェリアの若獅子〞。お見事です」


 アンリの独房から離れ、牢舎の廊下を出ると、キースから賛辞の言葉が向けられた。

 だが。


(ここまで膳立てをしておいて、見事も何もないだろう)


 実質、レティシアへの対応のほとんどはキースがやったものだ。


 キースが欲しかったのは、あくまで事件に関与する人物の情報。


 それを引き出すために、エルドレッドは利用されたのだ。


「……アンリの身柄はどうなる?」


「はい。手続きが済み次第、メリスに収容する予定です」


 王都の南西地区にある時女神(メリス)の名を冠したその監獄の守りは堅牢として名高い。


 いかな公爵位の人間とて、容易に介入することは出来ないだろう。


(しかし、学園(アカデミー)内にも元王国軍の内通者がいたとはな……)


 サルテジット伯爵は最期まで口を割らなかったが、彼が元ストランテ王国軍の残党と連絡を取り合っていたのは明白だ。


 そしてその裏で糸を引いていたのがべレスフォード公爵だとしたら、その目的とは何か。


(それに……)


 気がかりな点は、もう一つある。

 アンリを確保した人物についてだ。


 祭りの当日、奴を確保したのは公安局のジョシュ=セルヴィッジと名乗ったらしい。


 しかし当の本人は祭りには潜入しており、アンリのことは調査対象だったものの、確保はしていないというのだ。


 つまり、〝誰か〞がセルヴィッジを騙ってアンリを捕らえたということになる。


 一体、どこの所属の、誰の仕業によるものなのか? そしてその目的は何だ?


「……っ!?」


 牢舎を出た時、一陣の風が吹いた。


 エルドレッドは空を見上げ、先ほどまで穏やかだった空模様とは異なることに気づく。


 雲の流れが早い。


「明日は嵐になりそうだな……」


 一人そう呟きながら、不意に同じ空の下にいる親友夫妻のことを思った。


 夫婦揃っての初の領地視察。


(……何もなければ良いんだがな)


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