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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは真実が知りたい!

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13 すれ違い

いつもご覧いただきありがとうございます。

別途、活動報告でも報告しましたが、先日タイトルと各部を改題いたしました。


今回で第3部も折り返し地点です。

これからもよろしくお願いいたします!


「他に痛むところはありますか?」


「いえ、大丈夫です」


 自警団の詰め所で事情聴取を受け終えた私は、後回しにしていた手当てを受けていた。


 手当てと言っても、幌を引っ張ったときに掌に着いた掠り傷くらいで大したことはない。


(ほんと、我ながら運が良いわ……)


 手当てをしてくれた女性が、先に手当てと聴取を終えていた子供たちの容態を教えてくれる。


 三人とも今は隣の部屋のベッドで横になっているそうだ。


 ケヴィンとライラは特に目立った怪我はしていないものの、アルフォンスは足を捻っていたようで、しばらく安静にしているようにとお医者様から指示があったらしい。


「それでは、私はこれで。お大事になさってください」


「はい。お世話になりました」


 私は部屋を去る女性に礼を述べ、ふと横目で窓の外から見えた空の暗さに驚いた。


 夏場とはいえ陽が沈むのが早い。裏を返せば、それだけここにいるということなのだけれど。


 後は、ユミンに帰るための馬車の手配をしてくれているリュカが戻って来るのを待つだけ。


 そう、思っていたのに。


「……えっ?」


 私は予想外の人物の登場に、ただ言葉を失った。


 廊下から先ほどの女性とは別の足音が聞こえ、次の瞬間には外套を身に付けたままのオリバーが部屋へと入って来たのだ。


(今日の視察は領境だから、帰りは遅くなるって……)


 心の準備が出来ていなくて、口から声が出てこない。


 部屋に入るオリバーの表情はいつにもなく険しかった。


「――これは、一体どういうことだ?」


 そして、低く鋭い声で訊ねられる。


 視線も反らせないほど見つめられて、私は謝罪の言葉しか口にすることが出来なかった。


「……ご、ごめんなさい」


 彼が何に対しての回答を求めているのかわからない。


 けれど。

 私は先ほど手当てで掌に宛がわれたガーゼをもう一つの手で隠しながら、思っていることを呟いた。


「勝手に町を出てごめんなさい。でも、緊急事態で仕方なかったの」


「大体のことは報告を受けている。

 今訊いているのは、君自身が何をした認識があるのかということだ」


 そういうことか。

 ならば、と再度口を開く。


「人攫いに拐われたアルフォンスや孤児院の子供たちを助けました」


 その時、僅かにオリバーの眉が歪んだ気がした。


「……そのために君がとった行動はなんだ?」


 ああ、やっぱり見間違いじゃなかった。


(……物凄く怒ってる……)


 彼が受けたという報告が、どこからどこまでのものなのかわからない。

 今度は、慎重に言葉を選んだ。


「……走り出そうとする荷馬車に飛び乗って、幌を壊して御者に蹴りを入れました……?」


 荷馬車を見つけてからは、身体が勝手に動いていた。

 あの時の私の行動のほとんどは、その場の思いつきの結果なのだ。


 だから、どうしてそんなことを? と問われても答えようがない。


「――君の言い分は理解した。だが、後一つだけ訊かせてくれ」


 オリバーはそう言って一度言葉を区切り、静かに視線を向けてきた。


 その歩も、ゆっくりこちらへ向かっている。


 そして、手を伸ばせば触れられる距離で立ち止まった彼が、その言葉の続きを口にした。


「……怪我は、してないか?」


 心なしか、彼の表情も先ほどのような険しいものではなくなったようにも見える。


 ある意味予想外の言葉に、私はさぞ目を瞬かせていたことだろう。


(……あれ? 実はそんなに怒ってない?)


 寧ろ心配してくれたのだという事実を知り、私は少し気が緩んでしまった。


 ――もしかしたら、それが間違いだったのかもしれない。


「えっと、掌を少しだけ」


 私はなるべくあっけらかんと告げ、ガーゼを貼った掌を彼に見せた。


 すると。


「……」


 オリバーの漆黒の瞳が、一瞬にして丸くなった。


 その様子を見て、私は自分の犯した間違いに気づく。


「で、でもねっ! これは……ちょっと見た目は大袈裟だけど、本当に大したことない掠り傷なの!」


 急いで取り繕った言葉ではどうしようも出来なかった。


「それに、こんな傷くらいで子供たちを助けられたんだし――」


「君は、何度言えばわかってくれるんだ!?」


 被せるように放たれたオリバーの言葉と、以前にも増して射竦められそうな視線。


「君に何かあれば、ご両親や女侯爵、ミランダ様に顔向け出来ない。それは前にも話しただろう?」


「……」


 頭では理解していた。


 勿論、迷惑や心配をかけてしまって申し訳ないという気持ちはある。


 けれど、だとしても――


「だとしても、私は自分が間違ったことをしたとは思っていないわ!」


 別に、褒めて欲しかったわけでも、認めて欲しかったわけでもない。


 ただ誰かに任せて、自分は何もせずに待つことだけはしたくなかった。


 自分に何か出来るなら、出来うるだけのことをしたい。

 例え偽善と呼ばれたとしても、これだけは譲れなかった。


「……もういい」


 先に視線を反らしたのは、彼の方だった。


「明日予定していた君の視察同行の件は全てキャンセルさせてもらう。いいな?」


「……はい」


 当然といえば当然だ。


 だから仕方がない。

 これは、私が選んだことの結果なのだから。


 先に屋敷へ戻ると言うオリバーの背中に、私は何も言えずに見送った。



「先方には、彼女は大事を取って欠席すると伝えてくれ」


 エセットの自警団の詰め所から出たオリバーは、馬車の前に控えていたニコラスへ命じた。


「畏まりました」


 そして馬車へと乗ったニコラスが子爵邸へ向かうのを見送った彼は、先ほどから物陰にいる人物へと声をかける。


「いるんだろう、エリオット」


「はい。こちらに」


 すると、暗い路地からエリオットが現れた。

 服装も屋敷での姿とは別で、諜報を主とするための人目につきにくく、紛れやすいものに変えている。


「状況は?」


「自警団が捕らえた二人は、現在子爵家管下の牢に収容されています。君主ロード自ら聴取なさいますか?」


「いや、聴取は子爵に一任する」


 彼女に害を加えたと言うだけで、腸が煮えくり返る思いではある。


 しかし、ここで私情を加えるわけにはいかない。ことは公爵領内だけの話ではないのだ。


「では、手短にご報告を。


 犯行に用いられたのは、ヘインズ伯爵領内に拠点を置く商人組合(ギルド)〈ハウンド商会〉の荷馬車で、先月より一台が盗難に遭っていたようです。通行手形も同時に盗難被害に遭ったと報告を受けています。


 今のところ犯人の二人は共に、今までに通報された犯行の一部には携わっているものの、そのすべてではないとの供述が取れています。


 また犯行場所や時刻から考えても、これは組織規模の犯行とみて間違いないかと。


 気になる点としては、子供たちが誘拐中に聞いた、犯人には〝ノルマ〞があり、今回は〝ラナンまで〞行くつもりだったという話ですが、これはまだ裏が取れていません」


「……クワイン領か」


 ラナンはここよりも北に位置するクワイン伯爵領にある町だ。


(そこからの行き先は自然と絞られてくるが、今から判断するには早計か……)


 オリバーは数日前のエリオットの報告を思い出す。


『こちらは巡回中だった〈四季〉の〈麗姫(イメタナ)〉からの報告なので、今のところ間違いはないかと思われるのですが、ここ最近、近隣の領地で幼子の誘拐事件が頻発しているようです。


 被害は今のところ全部で数十件。被害に遭っているのは、孤児や親が目を話した幼児が大半で、外見や年齢に多少の差異はあるものの、特に身の代金などの要求もないようです』


 ――そして全員、未だに発見すら出来ておりません。


「どうなさいますか?」


 エリオットに指示を仰がれ、オリバーは口を開いた。


「〈麗姫(イメタナ)〉には連携を取り、引き続き調査は任せる。


 お前は()から各町の自警団へ周辺の警備を強化するよう連絡を入れろ。各伯爵には私の方から話をつけておく」


「はい」


 この場を去らないエリオットを訝しみ、オリバーは訊ねた。


「なんだ? まだ何かあるのか?」


「ええっと……これはまだ町議を通していない未決な案のですが」


 珍しく歯切れの悪い彼の姿に違和感を覚える。


「この町から、夫人(レディ)へ感謝状が送られるそうです」


「……」


「あくまで〝個人に〞送られるということですので、何も問題ないかと」


「大有りだ」


 個人に送られるということは、夫であるオリバーが辞退するよう手を回すことすら出来ない。


「……この件は、正式に通達が来るまでは彼女には伏せておくように」


「なぜです?」


「彼女にとって、灸にはならないからだ」


 事実、今回の彼女の行動は、他人からみれば称賛されるべき事柄なのだろう。


 身を挺して子供たちの前に立ち、誘拐という事態を未然に防いだのだ。


 夫としても、妻の勇気ある行動に理解を示すべきだったのかもしれない。


 いつものように感情ではなく頭で考えていれば、少なくともそんな見解に辿り着いたはずだ。


 だが報せを聞いた時、理性よりも感情の方が先に動いてしまった。


 今回の一件が無事に片付いたのは、あくまで幾つもの偶然がたまたま重なって起きた奇跡に等しい。


 一歩間違えれば、軽傷で済まない事態も有り得たのだ。


 それを想像しただけで全身に怒りが込み上げる。 


 彼女を守れなかった、他でもない自分自身に。


 拳を強く握るオリバーに、エリオットの溜め息混じりな言葉がかけられた。


「はあ……そういうところに惚れたんでしょう? ユスタルの祭りの時だって――」


「余計なことはするなよ、エリオット」


 彼の言葉を先読みし、口止めをする。


「……承知いたしました(イエス)我が君主(マイ・ロード)


 エリオットはそう言って、再び暗がりの中に姿を隠した。


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