12 救出作戦
「リュカ! 大変なのっ!」
私は孤児院から飛び出し、診療所の入り口でちょうど行商人の荷馬車から荷下ろしを手伝っていたリュカに事情を説明した。
「ジュリアン、馬の用意を」
話を聞き追えるや否や彼は、私たちが乗って来た馬車の御者であるジュリアンに声をかける。
御者台で休憩をしていたジュリアンはリュカの言葉の意味を理解し、手際よく馬を馬車から放して荷台に置いていた鞍を着け始めた。
「ヴェロニカ様。
子供三人を一度に誘拐するのであれば、恐らく、単独での犯行や移動はまず無理でしょう。
ならば、考えられる犯人像は二人以上の複数犯。
かつ、子供とは言え人を運搬するのであれば、気づかれにくい荷馬車かそれに類するものに乗って移動しているはずです」
「準備できました。どうぞ」
ジュリアンの用意した鞍に先に跨がる私へ、リュカは最後にと口を開く。
「最後に、先程キンバリー領方面から教会へと来た行商人の話では、教会へ着くまでにすれ違った人間や馬車などはないそうです。
となると、犯人は道の反対――クワイン領方面に向かったのだと思われます。
加えてこの先は、街道へと繋がる町に出るまで一本道ですが、そこからは街道が三つに分かれます。
そこまでに追い付けなければ、追跡は厳しくなるでしょう」
要するに、時間との戦いと言うわけだ。
「……わかったわ。特急でお願いっ!」
「承知いたしました。しっかりとお掴まりください」
私の後ろにリュカが乗り、馬を駆った。
街道を速歩で駆け、ユミンから北に行くこと小一時間。
アドコック伯爵領側とクワイン伯爵領との境の町に私たちが着いた時、陽は中天から大分傾いていた。
「私はエインズワース公爵家に仕える者です。
不足の事態につき、今すぐ各街道へ通じる門に検問を敷いていただきたい」
町の門前まで辿り着き、リュカは門番へ手短に事情を説明をした。けれど案の定、驚いた門番が訊ね返してくる。
「なっ、何事ですか?」
「ですから、緊急事態なんです! 早くしないとっ」
「そう急に言われましても……」
私が横から口を出しても、門番は渋るだけだった。
それもそうだ。事態の詳細を説明し、明確な事情と実行するに足る理由がなければ、彼らとて動くことはできない。
それが検問を敷くというのならなおさらなことだと、頭で考えたらわかることだった。
けれど。
「……っ」
私は、どうしても居ても立っても居られなかった。
「お待ちくださいっ! ヴェロニカ様!」
「リュカ、ここはお願い! 先に行ってるわ!」
私は一人馬を降り、町の中へと入る。
もしかしたら、もう既にこの町にはいないかもしれない。
そんな不安が脳裏をよぎった。
(ダメ! 絶対に見つけるの!)
不安を振り払って、徐々に日が傾きかけた見知らぬ町の中を走る。
いくつもの街道が合わさるだけあって、エセットの道路はとても綺麗に整備されていた。
町の通りを真っ直ぐ行くと、やがて大きな通りへと辿り着いた。
私は道をいく荷馬車や馬車一つ一つに目を凝らす。
捜しているのは、荷馬車の中でも人を数人載せることが出来て、かつ一目につかなさそうな――
その時。
「こうしゃくふじん!」
通りの直ぐ近くで、聞き覚えのある幼い少女の声がした。
声のした方に顔を向けると、そこには女性に抱かれたライラがこちらへ笑顔を向けていたのが目に映る。
「ライラ! やっぱりここにいたのね!」
私は急いで彼女へ駆け寄り、その無事を確かめた。
「うん! あとね、お兄ちゃんたちも――」
「二人はどこ?」
この子がここにいるということは、きっと二人も近くにいるはず。
「えっと……」
言葉を探すライラよりも先に、彼女を抱いた女性が口を開いた。
「この子、ついさっき道路の真ん中に座っていたんですよ」
街道には続く馬車などなかったものの、危ないからと抱き上げて名前や家族について訊いていたらしい。
「そうだったんですね、ありがとうございます。
ライラ。あなたが乗っていた乗り物に、何か目印みたいなものはなかった?」
「目印……? えっとね――」
そう思い出しながら呟いたライラの言葉を聞いて、私は頷いた。
「ありがとう、ライラ!」
私は女性にライラがどの場所にいたのか確認し、もう少しライラを見ていて貰えるようお願いしてライラが話した〝目印〞を持つ荷馬車を探す。
「――〝骨を追いかける犬〞さん」
ライラはそう言った。
(〝骨を追いかける犬〞……あったわ!)
荷馬車の幌に描かれた、骨を追いかける犬の紋章。
どこかの組合のものと思われるその紋章は、ライラが言っていたものに違いはなかった。
私は声を張り上げる。
「そこの荷馬車、止まりなさい!」
徐行していた荷馬車が止まり、御者台に乗っていた一人の男が振り向いて、私に怪訝な表情を見せた。
「えっと……何かご用ですかな? 今大切な商品を輸送中でして……」
「……」
本当はこんな手、使いたくはなかったけれど。
私は腹を括って、小さい呼吸のあと言葉を告げる。
「私はエインズワース公爵が妻、ヴェロニカです。
この馬車はアドコック領のユミン方面から来たもので間違いないですね?」
「公爵夫人……あんたがねえ?」
「不審に思われるのであれば、公爵に直接問い合わせを。
そちらの積み荷に、私の大事なものが紛れ込んだ可能性があります。
そのため一度、この場で改めさせてもらいます」
いかな貴族と言えど、本来、他人の財産である積み荷を改めるなんて越権行為だ。
咎められるかもしれない。
それでも。
私の言葉に、男は途端眉を吊り上げた。
「ちょっと! さっきも言ったでしょう!?
こっちは大事な荷物を運搬中なんだ! 傷一つ付けられてもたまんねえ! 諦めてくれ」
「そうはいきません! こちらは人命がかかっているのです!」
その時。
「――たっ、助けて……っ」
絞り出されるような、微かで小さい声。
けれど、間違いなくその荷馬車の中から聞こえたものだった。
私は微かに御者の男が動いたのが見えた。
「くそ……っ!」
そして鞭打つ音と馬の嘶きがその場に響き、急発進で荷馬車が動き出す。
(行かせるもんですか!!)
でも、ここで私が諦めるなんて、絶対にしない。
私は咄嗟に、開いた荷馬車の幌の端にしがみついた。
「なんだ!?」
「きゃあ!」
通行人たちが慌てて道路の端に寄る。
体勢を一瞬崩しそうになったものの、無事に荷台へと入り込むことに成功した。
「どうして……」
すぐ近くにいたアルフォンスと目が合う。
そして。
「ああ? 誰だ、手前?」
私の背よりも頭二つ分以上ある大男が、ケヴィンの胸ぐらを掴んでいた。
「……聞こえていなかったかしら?」
私は喋りながら時間を稼ぐ。
二人の無事は確認できたとは言え、状況は不味いことに変わりはなかった。
ここは走り続ける荷馬車の中。
何か、事態を打開する方法は――
(……これは)
足元に、小型のナイフが落ちていたことに気付いた。
そして、それで切られたと思われる縄の残骸。
大男はケヴィンの首に腕を回したまま、下卑た笑みを浮かべている。
「どこの貴族様だか知らねえが、見られちまった以上、あんたも返すわけにはいかねえな」
私は荷馬車の床に落ちていたナイフを拾い上げ、大男へと向けた。
……やるしかない。
「はっ! そんな小さなナイフで俺に何かできるって思ってんのか?」
男の嘲笑が響く。
「あなた……じゃないわよ!」
私は男へ向けていたナイフの刃を、幌の右側を固定していた荷馬車との結び紐めがけて滑らせていく。
幌を張る金具や木材部分は無理でも、それらと布の繋ぎ目を留める結び紐を切ってしまえば――
自由になった幌の布は、走る馬車の風を受けて大きくはためいた。
そしてはためく幌が荷馬車を大きく横に揺らす。
「うおっ!?」
体勢を崩した男の隙をケヴィンは見逃さず、全身で抵抗してその束縛から解放された。
「ケヴィン、アルフォンス! 二人とも、何かに捕まって!!」
私はケヴィンが男から離れたことを確認して、幌の布を思いっきり引っ張り、手元へと手繰り寄せる。
布が破れる音とともに、手元には幌の三分の一ほどが集まった。
そしてそれを、御者であるもう一人の男へと走り、被せる。
「なっ、なんだ!?」
不意に視界を奪われた御者は、勢いよく手綱を引いた。
幸か不幸か、馬は急停車して止まり、それに伴って荷馬車も止まる。
突然荷馬車が止まったことで体勢を崩した男は後ろに転んだようで、呻き声を上げて気を失っていた。
ケヴィンとアルフォンスは私の言葉通り荷馬車の端にしがみついていて、大きな怪我はしていないことが見受けらた。
私が二人に駆け寄ろうとした時。
「この野郎!」
振り向いた私の正面には、先程まで御者をしていた男が怒りの形相で睨んでいた。
そしてその手には、ナイフが握られている。
一瞬のことで身体が上手く動かなかった。
それよりも思考が先に動き、私が避けたら場合に後ろの二人が危ないという警鐘が鳴る。
「死ねっ! ――痛っ!?」
けれど、男の右手に掲げられたナイフは、どこからともなく飛んできた何かによって弾かれた。
カランという小さな音を立てて、ナイフが床に転がる。
「……っ!」
その光景を、私はどこかで見たような既視感があった。
(って、そんなことよりっ!)
得物を失ったことで隙が生まれた男目掛けて、私は身体全身に力を込め、勢いよく身を左によじる。
そして軸足である左に全体重をかけ、右足で大きく蹴りを繰り出した。
「ぐは……っ!」
私の右足が脇腹へと食い込んだ男は、その場に膝をついて倒れ込んだ。
(そういえば、こんなこと……)
前に一度だけ、今と似たようなことがあったと思い出す。
あの時の相手は、酔っぱらいだった。
けれど、酔っていた分話が通じなくて、なぜか激昂させてしまったのだ。
あの時も、一緒にいた子供たちが危険だと思って、咄嗟に足が出てしまったのだけれど。
「ヴェロニカ様! ご無事ですか!?」
ライラを抱えたリュカが駆け寄ってくる。
荷馬車が止まったのは、三つの街道のうち一つに繋がる門の近くだった。
住宅や建物はほとんど通りすぎていたことから、人的被害は最小限に抑えられたのかも知れない。
その後、騒ぎを聞き付けやって来た町の人たちにも協力してもらい、気を失っていた人攫いの二人組を町の自警団へと無事に引き渡すことが出来た。
「――それは大変でしたね。一度、子供たちにもお話を伺いたいので、詰め所まで一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。わかりました」
自警団の男性に促され、私は頷く。
そして、不安げな表情を浮かべる三人の子供たちへと視線を落とした。
「大丈夫。終わったら、みんなで戻りましょうね」
私は努めて明るく言葉を告げる。
「あなたたちが無事で、本当によかったわ」
不安なことは私にもあった。
さて。この事態……オリバーにどう説明したものか。




