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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは真実が知りたい!

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08 手にした奇跡は

投稿期間が空いてしまい申し訳ありません。

これからも投稿は続けて参りますので、気長にお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。


 それは遡ること二日前。


 再会したエリーから渡されたのは、今回の視察とは別の資料だった。


 そこに書かれている内容を聞いて、私は眉をひそめた。


『これ、ほんとに全部覚えなきゃダメなの?』


『勿論ですとも! 良いですか? ヴェロニカ様。


 貴女にとって、此度の夜会はデビュー戦。


 それに、今回の夜会の主催者であるキンバリー伯爵は、その人脈が広いことから〝社交界の赤の早馬〞とも呼ばれているんです。


 当然、貴族だけでなく地域の豪商や有力者も招待客として招かれることでしょう。


 そこで一つでも失態を演じてごらんなさい。』


 そう豪語するエリーの瞳は、有無を言わさない色を帯びていた。


()()を覚えておけば、一先ずは安心ですので』




「とってもよいこと? それは何ですの?」


 周囲の誰かがジョスリンへと聞き返す。


 その言葉に頷いた彼女は私に視線を向け、口を開いた。


「はい。せっかく公爵夫人にお越しいただいたんですもの。是非、皆様ともっと親睦を深めていただきたいのです」


 彼女の表情かおは満面の笑顔でなおも続ける。


「実は、本日ご用意させていただいた料理の食材のほとんどは、今ここにお越しくださっている皆様の領地で採れたものばかりですの。


 そこで公爵夫人には、料理に使われている食材がどの領地のものなのか当てていただきたいのです」


 ジョスリンが向けた視線の先にはテーブルとその上に並べられたいくつもの料理があった。


 今回私たちが招待された夜会は立食式だったため、会場にはいくつものテーブルとその上に沢山の料理が並べられている。


「これ全部、ですか?」


「はい。全部と言っても、お出ししている品数は十にも満ちませんし、()()()()ならきっとすべてお分かりになられますわ。


 ……いかがです?」


 にこやかに微笑むジョスリンからの提案を、私が飲まない選択はなかった。


 ここまで〝公爵夫人〞と言っているのは、親睦を深めるとは名ばかりに、きっと試されているからなのだろう。


 エインズワース公爵の妻である私が、どれだけこの領地を知っているのか。


「……」


 だからこそ、周囲にいる夫人や令嬢たちも不用意なことは言って来なかった。


「ええ。わかりました」


 私は努めて平然に言葉を紡ぐ。


 そして、テーブルに並べられた料理に向き直り、一品一品に目を向けた。


 並べられているのは全部で八種類。


 輪切りにしたジャガイモのソテー。


 チーズをたっぷりと使ったグラタン。


 ブレッドバスケットにはバケットやエピが盛られ、周りには数種類ものペーストが用意されている。


 肉料理(メイン)は牛、豚、鶏すべてが使用され、ローストビーフやテリーヌとして並べられていた。


 食後(デザート)はブドウのタルトとベリー系のムースが白磁の皿に優雅に飾られている。


 銀食器を手に取った私は、そこで二つのことを思い出した。


 ひとつはこの視察が始まってから得た知識。

 そしてもうひとつは、視察前に伯母さまからもらった言葉だった。


(……〝最後は度胸〞ですよね、伯母さま)


 私はそれぞれの料理を皿に盛り付け、一口ずつ口に運んでいく。


 どの料理も一度に食べてしまうのが勿体ないくらいの絶品だった。


 最後の一品を食し、背後に振り向く。

 そこにいた全員は、様々な表情で私のことを見ていた。


「……」


 これが最適解かどうかはわからない。


 けれどここまで来た以上、引くわけにはいかない。〝言わない〞という選択はないのだ。


 私はゆっくりと口を開いた。


「まず、ジャガイモはヘインズ領産のものだと思います。煮崩れがしないのはヘインズ領産の特徴だそうですね。


 グラタンはクワイン領産かキンバリー領産の穀物から作られているものかと。チーズはおそらく、酪農が盛んなクワイン領のものではないでしょうか。


 肉料理(メイン)で使用されている肉類は、キンバリー領産のものですね。特に牛肉に関しては、国内でも有数の銘柄ブランド牛のひとつだと伺っています。


 食後(デザート)のブドウは、アドコック領産のものだと思います。以前伯母の家でいただいた時のものと味がとても良く似ていましたので」


 ふう、と小さく息を吐いて、私はジョスリンの方を見る。


「……」


 彼女のその深緑の瞳は静かなままだった。


 そうだ。きっと、これでは足りないはずなのだ。


(……最後は度胸)


 胸の奥で改めてそう念じ、私はテーブルに置いていたそれらに目をやる。


「それと、料理とは別なのですが。


 会場にある皿はすべて、リンド領のリンドール製のものですね。王都の邸宅にもありますが、この細やかな白磁はいつ見ても綺麗です。


 それに、この銀食器シルバーウェアはどれも、ルキエ領の銘柄ブランド静姫の微笑み(カルヴァネアス)〉とお見受けします。


 これほどの物をあつらえることが出来るなんて、主人に聞いていた通り、キンバリー伯爵はとても律儀な御方ですのね。感心いたしました」


 心臓が口から出てしまいそうなほど大きく脈を打っていた。


 けれど私はそんな内心がばれないように、習った社交界用の微笑みを浮かべてみせる。


「――いかがでしょうか? ジョスリンさん」


 他の招待客である夫人や令嬢たちも、彼女へと視線を向けていた。


 時間が流れる。

 体感では長いように感じたものの、実際は割りとすぐに答えがもたらされた。


「……はい。すべてその通りですわ」


 ジョスリンの口から、そう小さく声が紡がれる。


(よ、良かった~!)


 今言った情報はすべて、二日前にエリーから絶対に覚えろと言われて手渡された分厚い資料に書いてあったことだった。


 そのおかげでこの二日間、今日この夜会に参加する公爵領内のことや参加者である貴族に関することを、徹底的に叩き込まれていたのだけれど。


(ありがとう、エリー。帰ったら絶対にお礼言うから~!!)


 心の中で胸を撫で下ろす私に、令嬢たち数名が駆け寄って来る。


「凄いです! すべて当たりですわ!」


 どうしよう。

 たった今、集中力を使ったせいで全員の名前がぱっと出てこない。


「カトラリーにまで気がつくなんて……良くお分かりになりましたわね」


「まあ、王都の邸でも使用しているので……」


 適当に相槌を打ちながら、こんな手荒い歓迎を催した当人と目があった。


 ジョスリンは変わらない微笑みを浮かべながら、私に賛辞を述べる。


「流石、公爵様がお見初めになった御方ですわ」 


「ジョスリンさん。どれも逸品でした。美味しかったと料理長にお伝えくださいませ」


「ええ、勿論です。料理長が聞いたら喜びます」


「あ、あのっ、ヴェロニカ様っ!」


 突然、数人のご令嬢のうちの一人が、おずおずと手を挙げていた。


「な、何かしら?」


 確か、彼女はリンド伯爵家のご令嬢だったはず。


 なぜか頬を赤らめる彼女に、私は訊ねる。


 彼女から返ってきた言葉は――


「王宮で勤める叔父に伺ったのですが、何でも舞踏会の皆の前で公爵から愛の告白を受けたとか……それは本当なのでしょうかっ!?」


 ――!?


 おそらく目を丸くしたであろう私とは裏腹に、彼女の隣にいた他の令嬢が首を傾げながら言葉を告げた。


「あら? 私は公爵は夫人のことを大層大切にしているとお聞きしましたわ。何でも、お邸で一月ほど放してもらえなかったとか」


 ――!!?


 状況が飲み込めない私を置き去りに、次々と質問が飛んでくる。


「あらあら、妬けてしまいますわね。今のお話、本当ですの?」


 ついには、後ろで聞いていたと思われるリンド夫人までも、輪に入ってこようとしていた。


「えっと、まあ……一部はあっているというか……」


 なにをどう話せば良いのやら。


(というか、どうしてそんなことまで知っているの!?)


 私が声を上げそうになった、まさにその時。


「皆さん。公爵夫人が困っていらっしゃいますわ」


 振り向くと、先ほどの紹介では上がらなかったご夫人が立っていた。


 やっと救いの手が伸ばされた。


「この会場では公爵夫人もお話しづらいでしょう? お話の続きは談話室サロンで伺いましょう」


 そう思ったのは、ほんの束の間だった。




 談話室サロンへ移った後も、夫人や令嬢たちの熱心な追求は止むどころがその勢いを増していた。


 取り分け、私と年齢が近い令嬢たちは興味津々にあれやこれやと訊ねてくる。


成人式(デビュタント)が馴れ初めなんて、素敵ですわ!」


「私も憧れてしまいますっ! 運命の殿方との出会い! 奇跡です!」


「……ははは。どうも」


「今度是非、王都の邸宅タウンハウスにいらしてください。ご一緒にお茶会でもいたしましょう」


「ええ。是非」


 お茶を濁そうと私は社交辞令を返す。


 どうやらここにいる令嬢の数名は、王都にあるアジルティア学園に在籍しているらしい。

 今は夏期休暇ということで、領地に帰省しているのだそうだ。


「でも、本当に素敵ですわよね。まるで恋愛(ロマンス)小説の出会いのようで」


「貴女もそう思いませんか? ジョスリンさん」


 数名掛けの大きなソファの端に座っていたジョスリンへ視線が投げられた。


 手入れの行き届いた綺麗な赤髪がゆらりと揺れ、その深緑色の瞳が微かに笑う。


「ええ。私もそう思います。


 それに公爵様のご家族は揃って見目麗しい方ばかりですから……きっと生まれてくるお子様も、さぞ公爵様に似ておられるのでしょうね?」


「え?」


 その言葉を聞いて、一瞬、私の頭は真っ白になった。


「もう、ジョスリンさんたら。気が早いですわ」


 彼女の隣にいたリンド夫人が微笑みながら言う。


「申し訳ありません。そうですわよね。お二人は今年ご結婚されたばかりですもの。


 それはまだ先のお話でしたわ。失礼いたしました」


「いえ……」


 私は口では否定しながら、頭にはアルフォンスのことが浮かんでいた。


 ああもう。こんな思考回路になってしまう自分が嫌になる。


 その時、扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 開けられた扉から入ってきたのは、とても見知った顔。


「ご歓談中、失礼いたします。奥様。旦那様がお呼びです」


 そこに立っていたのは、ニコラスだった。


 従者の付き添いは招待客の家に各一人ずつと決まっていたため、オリバーの従者であるニコラスが同伴することになったのだ。


「ええ、わかったわ。皆さん、ごめんなさい。少し席を外しますね」


 私は談笑の輪から外れ、ニコラスと共に談話室サロンの外へと出た。


 けれど。

 ニコラスはホールへと続く階段を降りた先で立ち止まり、静かに私に視線を向けている。


「どうしたの?」


 てっきりホールに戻ると思っていた私は、向けられた眼差しの真意がわからず、小さく首を傾げた。


「失礼しました。奥様が皆様と談話室サロンに行かれるのを見かけましたので」


 その言葉を聞いてひとつの可能性に辿り着いた私は、おそるおそるニコラスへと訊ねてみる。


「……もしかして、私が困っているだろうと思って、連れ出してくれたの?」


 すると、彼からは小さい首肯が返ってきた。


「ありがとう」


「いえ。私は旦那様のご命令に従ったまでですので」


「あの人に、何か言われていたの?」


 ニコラスの後ろにはいつもオリバーがいる。


 私が再度訊ねると、ニコラスは少し声量を落として言った。


「〝余計なことを喋らないように〞と」


「……そんなに信頼ないのかしら、私」


 これは、過保護の度を通り越してはいないだろうか。


「旦那様なりのお気遣いかと」


 物は言いようだ。


 実績がない分、信用されていない、ということなのは理解しているけれど。


「ねえ、私上手くできていたと思う?」


 最初から最後までとは言わない。

 端から見て、私がきちんと公爵夫人として映っているか、それだけが心配だった。


「はい。公爵夫人としてお見事だったかと」


 私の質問の真意を組んでくれたのか、ニコラスは頷いた。


 言う時は主人のオリバーにでも言う彼がそう言葉をくれるのであれば、おそらく世辞ではないのだろう。


「……もっと精進しないとね」


 本来ならこんな気遣いをさせないように振る舞うべきなのだけれど、今はこれが精一杯だ。


「もういいわ。ありがとう、ニコラス」


「はい。それでは、失礼いたします」


 そう答えて、ニコラスは会場の方へと戻っていった。


 私も談話室サロンへ戻ろうと、再び階段を上っていく。


(あとどれくらい質問攻めにされるのかしら……)


 とは言え、気を抜くことなんて一瞬たりとも出来ない。


 貴族の夫人や令嬢たちは噂話で盛り上がりつつも、話の節々で情報を引き出すような聞き方が多かった。


 好きなもの。苦手なもの。価値観や考え方。趣味趣向、その他諸々。


 私個人と言うよりも〝エインズワース公爵夫人〞の人となりを聞き出そうとしてくるのだ。


 だから、答える側としても適当なことは言えないし、言うつもりもない。


 なるほど。


 だからオリバーは、余計に心配したのかもしれない。


 伯母さまの言っていた言葉の意味もようやくわかった気がする。


「……ほんと、さっきは何とかなって、本当によかった……」


 胸中では抱えきれなかった想いが、独り言として口を衝いて出ていた。


 父母と暮らしていた時には考えもしなかった世界で、これからやっていけるのだろうか。


 それに、今私が手にしているものはすべて――


(――ああ、もう! 独りの時にこんなこと考えてちゃダメでしょう!?)


 今の私に出来ることは、きちんと夫人や令嬢たちと親睦を深めることだ。


「……?」


 それは、階段の踊り場についた時だった。


 視線の先――数段高い階段から一人の令嬢がステップから足を踏み外しそうになっていた。


(危ない……っ)


 思わず階段を駆け上がり、崩れ落ちそうな肩を抱き止めて自分の方へと寄せる。


「あなた、大丈夫?」


 緩く巻かれた落ち着いた色の茶髪の間から、鳶色の目が僅かに見えた。


「すみません……ちょっと、体調が優れなくて……」


 彼女の顔色は言葉通りとても悪く、手袋越しでも手が冷たいのがわかった。


「どこかで休みましょう」


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