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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは真実が知りたい!

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07 夜会


「――あれが、キンバリー伯爵の邸宅?」


 私たちがキンバリー伯爵邸へと到着したのは、陽が十分に沈んだ頃だった。


 キンバリー領の中心地であるミームスの郊外に居を構える伯爵邸は、まるで夜空に浮かぶ月のように遠目からでも煌々と輝いている。


(……綺麗)


 あそこが、今日の私の舞台。


 徐々に目的地へ近づく馬車の中で、私は落ち着かない胸に手を当てて静かに呼吸を整えた。


 そしてもう一度、今度はきちんと役割を自覚して、馬車の窓から伯爵邸を見据える。


「大丈夫か?」


 隣に座るオリバーが心配そうにこちらを見ていた。


「ええ……」


 頷く私に、オリバーは静かに首を横に降る。


「まだ着いた訳じゃない。


 ……それに、今は無理をしなくていい」


 そう優しく告げる声。


 その言葉で、私は胸に別の高鳴りを覚えた。


「ありがとう、オリバー。実はまだ、ちょっとだけ緊張してる」


 今日は、私が公爵夫人として初めて夜会に参加する日。


 これまでに何度か夜会への招待状を貰ったことはあった。

 けれどオリバーからの許可が下りなかったために、すべて見送りになっていたのだ。


 そして今回の夜会の主催者は、キンバリー伯爵。


 エインズワース公爵領の一つを任せているキンバリー伯は、その人脈の広さで有名とのことで、私の視察同行が決まった翌週には既に夜会の招待状が送り届けられていた。


 そのこともあり、伯爵からの招待を無碍にすることもできなかったオリバーは、渋々といった感じで私の参加を承諾してくれたのだけれど。


 苦笑を溢す私の手を、そっと彼が握る。


「それに、本当に無理になったら――」


 その先を告げようとする彼の口を私は人差し指で止めた。


「無理してない……とは言えないけど、ここには私が来たいと言ったんだもの。


 それに大丈夫! 前に伯母さまから、ちゃんとアドバイスも貰ってきたのよ」


 視察前。

 お茶会の席で、マリアンナ伯母さまから習った言葉を思い出した。


 〝最後は度胸〞。


 伯母さま曰く、夜会は一番頭を使う仕事らしい。


 日頃から物事に挑む際は、心構えや前提が大事だと伯母さまは言っていた。


 けれど、それ以上に臨機応変という言葉も常に口にしていたように思う。


 そんな伯母さまの言葉を思い出して、私は笑みを溢した。


「……それは心強いな」




 夜会会場には、既に多くの客人たちが着いていた。


 天井には煌々と煌めくシャンデリアが、数十人以上もいる会場を隅々まで照らしている。


「エインズワース公爵ならびに公爵夫人のご到着です」


 開け放たれた扉。


 その奥にいた一同の視線がこちらへと向けられる。


 服装から、招待客のほとんどが貴族であるとわかった。


 どこかであったことのあるような、ないような、そんな顔ばかりだ。


 向けられた視線は外されるものもあれば、まだ微かに向けられているものもあった。


「……」


 私はその場で息を飲み込む。


 いつかの仮面舞踏会のように、仮面越しではないだけで、こんなにも緊張するものなのだろうか。


「大丈夫」


 腕を組んでいたオリバーが、小声で呟いた。


「そばにいる」


「うん」


 その言葉に勇気をもらって、私は会場へと足を踏み入れた。


 招待客たちは自然と道を開け、私たちは早々に目的の人物の前へと辿り着く。


「キンバリー伯爵」


「これはこれは、エインズワース公爵。遠路遥々、よくお越しくださいました」


 そうオリバーへと挨拶した人物は、短く整えられた赤髪と柔和そうな顔つきが印象的な男性だった。


 ふくよかな体格に、髪色と同系色であるワインレッドのタキシードを纏っている。


 この人が、キンバリー伯爵その人だ。


「息災そうで何より。今宵の招待、妻共々楽しみにしていた」


 そう言ってオリバーは私に視線を寄越して、伯爵を紹介してくれる。


「ヴェロニカ。こちら、キンバリー伯爵だ」


「今日はお招きくださり感謝します」


 私はキンバリー伯爵へ会釈を返し、感謝を述べた。


「公爵夫人、お初に御目にかかります。私は、バイロン=キンバリーと申します。


 こちらこそ、ご夫人がいらっしゃるとお聴きして、今日を楽しみにしておりました」


 満面の笑みを湛えつつ、伯爵は言葉を続ける。


「いやはや。公爵が見初められたというお噂通り、月も隠れるほどお美しい」


 こちらが歯の浮くような台詞を至極真っ当に言ってのける伯爵。


 その時。


「お父様」


 伯爵の後ろから現れたのは、伯爵と同じ赤髪を綺麗に巻いた令嬢だった。


 整った顔立ちは化粧が施され、一段と華やさを出している。


「おお、そうだったな。


 公爵、公爵夫人。紹介が遅くなりました。こちらは私の娘のジョスリンです」


 彼女が纏うライラックの花ような紫色のイブニングドレスはデコルテラインが見えるデザインとなっていて、気品の中に確かな自信を感じられた。


「エインズワース公爵、並びにご夫人。はじめまして。

 

 本日は母の名代で主催者(ホステス)を務めさせていただきます。ジョスリン=キンバリーでございます」


 容姿からの想像通り、キンバリー伯爵令嬢だったジョスリンは私たちへ優雅に一礼する。


 そんな彼女へ、オリバーが思い出したように言葉を紡いだ。


「そうか。君は今年が成人式(デビュタント)だったのか。遅くなってしまったが、おめでとう」


「……はい。ありがとうございます」


 俯きながら頷く彼女の表情に、一瞬だけ違和感があった。


「……?」


 けれどその正体が何か突き止める前に、キンバリー伯爵の言葉がそれを遮る。


「ああ! そうでした、公爵。一つお伺いしたいことがありまして。


 なんでも今回の視察で、アドコック領の灌漑施設をご見学なされたとのことでしたが、そちらの首尾は概ね良好だとか。


 是非、我が領地にもその施設を参考にしたいと思いまして――」


「さすがは伯爵。耳聡いな」


 珍しく苦笑を溢すオリバーに、私は内心驚いていた。


 そして視線があった彼は、私に向かってとんでもないことを口する。


「すまない。少し伯爵と話してくる」


 ――え。


「まあ! それでしたら、公爵夫人。私たちはあちらでお話しいたしませんか?」


 ――えええっ!?


 私の返事を待つより先に、オリバーはキンバリー伯爵と共に別のテーブルへと行ってしまった。


 領地の話になった途端、彼の目付きが変わったのは薄々気づいていた。


 けれど――


(もうっ! さっきは、〝そばにいる〞って言ったのにっ!)


 私の嘆き何て知る由もないジョスリンに連れられて、私は会場の前方へと向かう。


 いくつかあったテーブル周辺に集まっていたのは、妙齢のご婦人やジョスリンと同年代のご令嬢方で、数は十数人を超えていた。


「皆様」


 ジョスリンが、テーブル周辺にいた者たちへ聞こえるくらいの声量で注目を集める。


「ご紹介いたします。こちら、エインズワース公爵夫人のヴェロニカ様です」


 そのほとんどの視線が私一人に向けられ、私は一瞬言葉を失くしていた。


「えっと――」


 私の言葉を待たずに、ジョスリンが続ける。


「ご紹介いたしますわ、公爵夫人。


 こちら右の方から、アドコック伯爵夫人のクララ様、クワイン伯爵令嬢のソフィー様、リンド伯爵夫人のモリー様、ルキエ伯爵夫人のスザンナ様、ヘインズ伯爵令嬢のゾーイ様です」


 彼女の紹介と同時に、名を呼ばれたご夫人やご令嬢が会釈をした。


「そして、その奥から――」


 けれどジョスリンの紹介は止まらず、結局その場にいたほとんどを紹介していく。


 どうやら今回の夜会には、この周辺に住む貴族だけでなく、エインズワース公爵領をそれぞれ運営する伯爵家も招かれているらしい。


「み、皆さん、はじめまして。ヴェロニカです」


 一通り紹介を終えたのを見計らって、私は最大限平然を装いながら顔に笑みを浮かべて挨拶をする。


(……って、そんなにいっぺんに言われても、覚えられる気がしないわ!)


 けれど、そんなこと言えるはずもなく。


 唯一の頼りは、出掛ける前にエリーから持たされたとあるものだった。


「そう言えば、公爵夫人は今回の夜会がはじめてなのですって?」


 そう聞いてきたのは、確か、リンド伯爵夫人であるモリーさんだった。


「はい。そうです」


 私が頷くと、次はアドコック伯爵夫人のクララさんが「ふふふ」と微笑みながら口を開く。


「そんなに固くならないでくださいな。今日は貴女が主役なんですわよ?」


「はい?」


 思わず聞き返してしまった私は、思ってもみなかった回答が来てさらに驚くこととなる。


「以前、ジョスリンさんからお聞きしましたの。貴女が今回の夜会デビューですって」


「……」


 ジョスリンの方を見ても、ニコニコとこちらに微笑みかけているだけだった。


 一体、私が何をしたというのだろうか。


 私の焦燥とは裏腹に、ご夫人方の興味は尽きることなく増えていく。


「それに、エインズワース公爵とご結婚されてからも、あまり外にはお出になっていなかったのでしょう?」


「私たち、貴女にお伺いしたいことが沢山ありましてよ」


 その時。


「そうですわ」


 一同が振り向くと、そこには一際明るく、楽しげに口を開いたのはジョスリンがいた。


「私、とってもよいことを思い付きましたの」


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