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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは真実が知りたい!

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06 小さな気がかり

いつもご覧いただきありがとうございます。

更新が遅くなり申し訳ありません。

 

 孤児院は、教会を挟んで治療院とは反対側に位置していた。


 二つの施設と同じように、白を基調とした壁と深緑の屋根をしている。


 予算などのお金の話は子供たちがいない時にマレイン司祭から聞くことにして、私は子供たち目線で見た孤児院や教会について訊ねてみることにした。


「困ってること?」


 子供たちの中でも、タニアが目を丸くして私に聞き返してくる。


「ええ。後は〝こうだったらいいな〞って思うこととか」


「こうだったら?」


 六人の子供たちは互いに顔を見合わせていた。


 最初に手を挙げて答えたのは、タニアの後ろにいたミリアだった。


「えっと……夜はみんな同じ部屋で寝てるんですけど、ちょっと寒いかも……」


「あら、それは困るわね」


 なるほど。夜は冷える、と。


 次に勢い良く手を挙げたのはセットだった。


「遊ぶ場所が少ない!」


「遊ぶ場所?」


 普段は何をしているのか、私は子供たちに聞き返してみる。


「ボールとか、鬼ごっこ(タグ)とかかな」


「でも、やる場所が教会の周りしかないから、すぐ終わっちゃうんだよね」


「院内でかくれんぼしても、院長先生(せんせい)に怒られちゃうし……」


 確かに。

 教会の周辺はブドウ畑が広がるだけで、あとは丘小高い丘があるくらいだった。


 子供たちにとっては遊び場所が限られているというのは、死活問題とも言えるものなのかもしれない。


「……」


 他の子供たちの意見をその真ん中で聞いていたライラが、何か言いたそうな顔でこちらを見ていた。


「どうかしたの? ライラ」


 私はもう一度彼女と視線を合わせるためにしゃがみこみ、その返事を待ってみる。


「……」


 言いにくそうなその表情を見て、私は一計を案じ、彼女にそっと片耳を出した。


「それじゃあ、ライラ。私だけ、こっそり教えて?」


 私の言葉に静かに頷いたライラは、私に近付くとそっと小さな声で私の耳へと呟く。


「あのね……ライラ、もっと美味しいご飯を食べたい……」


 おずおずとそう口にするライラは、「でも」と言葉を続けた。


「毎日じゃなくていいの。


 みんなのお誕生日とか、お祝いの日にね……みんなで〝よかったね〞ってお話しながら美味しいもの食べたら、もっとお祝いしたい気持ちになるかな、って……」


「そう……例えば、どんなものがあったら嬉しい?」


「うーんと……この前のお祭りでもらって食べたお肉、とか……?」


「わかったわ。教えてくれてありがとう、ライラ」


 他のみんなにもお礼を言い、私はマレイン司祭に向き直った。


「午前の視察は、これくらいにしてもよろしいでしょうか?」


「はい。ちょうど昼餉の頃合いですし……」


 マレイン司祭の言葉に、ライラが嬉々とした声を上げる。


「あのねっ! 今日のご飯はヴェロニカ様のためにみんなで作ったんだよ!」


「まあ、それは楽しみ」


 ライラに手を引かれながらやって来た食堂は、孤児院の一番奥の部屋だった。


 長机が二つと小さなソファが置かれただけでいっぱいになりそうなほどの広さで、奥には暖炉がある。


 長机には人数分の食器とスープ皿、バスケットにはバケットが盛られていた。


 食堂の暖炉にかけられた鍋にはシチューが入っていて、美味しそうな匂いが部屋中に立ち込めている。


 全員がシチューを受け取り、席に着くとマレイン司祭が祈りを捧げた。


 私もそれにならって手を合わせる。


「さあ、いただきましょう」


 皆が食事を口につけるなか、私は暖炉がある壁に一人の女性の肖像画が飾られていたことに気付いた。


 黒髪に金色の瞳。


 目元がオリバーにそっくりな女性だ。


(この肖像画の方って、もしかして……)


「前エインズワース公爵夫人のクリスティア様です」


 私の視線に気付いたマレイン司祭がそう教えてくれる。


「ブレンドン様のご厚意で、こちらに飾らせていただいているんです」


「どんな方だったのですか?」


「はい。とてもおおらかな方でした。まだご存命の際は、孤児院の子供たちともよく遊んでくださって……」


 ユミンに滞在していた際には、時折孤児院の焼き窯を使って子供たちと一緒にパイを焼いていたらしい。


 私がマレイン司祭の話を聞いていると、向かいに座っていたライラが満面の笑みで口を開いた。


「ライラも、ヴェロニカさまと遊びたい!」


「こら、ライラ。公爵夫人はお仕事で来られているのですよ。ご迷惑でしょう」


「むぅ」


 マレイン司祭に咎められたライラがぷくりと頬を膨らませる。


「いいんです、司祭さま。よければ、滞在中にもう一度、こちらにお邪魔しても構いませんか?」


「はい、それは勿論です。公爵夫人のご予定が合えば、いつでもいらしてください」


「それじゃあ、その時に遊びましょう。ね、ライラ。それでいいかしら?」


 私が訊ねると、彼女の表情が一気に綻んだ。


「うん! じゃあ、何して遊ぶ? ボール遊び? 縄跳び? ライラはかくれんぼ得意だよ!」


「今日はやらないだろ? 今度ヴェロニカ様が来たときでいいじゃん」


 ライラの隣に座るセットがそう言うも、彼女は首を横に振る。


「だめ! 今から決めておくの!」


 今から決めておいて、それを次私が来るときまでに練習しておきたいのだと言う。


 そんな健気なライラに微笑みつつ、私は自分が昔していた遊びを思い出していた。


「そうね……身体を動かす遊びは得意だったけど、今はどうかしら?」


 かくれんぼは大公国にいた時、友人たちと良くしていたけれど、成長してしまったこの身体では、隠れられる場所を探すのも一苦労だ。


 その時、それまであまり会話に入ってこなかったタニアとミリアが揃って口を開いた。


「じゃあ、舞踊(ダンス)は?」


「舞踊? ええ、舞踏会で踊ることはあるけど、得意ってほどじゃ――」


「私たち、〈賢将(ヘムル)の花嫁〉になりたいの!」


 私がそう言いかけたところで、二人のきらきらと輝いた瞳と眼があってしまう。


 どうやら、私の言葉の前半しか頭に入っていないようだ。


「〈賢将の花嫁〉?」


 私は首を傾げた。


 〈賢将の花嫁〉とは、神話の中で語られる話のひとつだ。


 人間でありながら火の神の息子である賢将に見初められた女性ユミンは、結婚に際し、賢将の兄弟神より幾つかの難題を出され、それを解決できなければ結ばれないという呪いを受けてしまう。


 しかしその度に賢将や周囲の協力を受け、結果すべての難題を解決した彼女はかの神と晴れて結ばれて幸せに暮らした、という物語だ。


 そうして逆境を越えて賢将と結ばれた彼女を称え、幸福な女性、または良いことに選ばれた女性に対して向けられる賛辞の言葉として〈賢将の花嫁〉と使われることもある。


(でも、舞踊とどんな関係が……?)


 〈賢将の花嫁〉と舞踊を結びつけられなかった私へ、マレイン司祭が説明してくれる。


「先月のユミンのお祭りで、この子達と仲良くしていた村の女性が〈賢将の花嫁〉に選ばれたんです」


 なんでもその祭りで〈賢将の花嫁〉に選ばれたら、祭りの最後にあるダンスで皆の前で賢将へと捧げる舞を踊るのだそうだ。


 そして運良く、その後彼女は付き合っていたと言う男性からプロポーズを受けたのだとか。


 名実ともに〈賢将の花嫁〉となった女性を間近で見ていたタニアとミリアは、以来〈賢将の花嫁〉に憧れを抱いているらしい。


 二人の目はキラキラと輝いていた。


「ふふ。それは素敵ね。わかったわ。私で良ければ、二人には今度舞踊を教えて上げる」


 女の子たちの可愛らしい憧れに感化され、私は頷いていた。


「やったー!」


「ライラもやるー!」


 その後は談笑を交えながら、昼の一時を楽しんだ。


 昼食を終えた午後。


 私はマレイン司祭に教会の敷地内に広がる葡萄畑へ案内してもらった。


「凄いですね!」


 教会がある丘から見下ろした先の光景を見て、私は思わず感嘆の声を上げる。


 丘からは教会と町の周囲に広がる広大な葡萄畑を見下ろすことができ、何列にも連なって栽培されているその光景は見事なものだった。


 丘下まで続く小道をゆっくりと下りながら、マレイン司祭が葡萄畑の端にある小さなレンガ造りの建物を指差して説明してくれる。


「あちらが、教会のワイナリーです。


 町のものよりも古く小さいですが、祭礼(ミサ)にお越しくださる方々へお出しするものは、今でもあちらで作られています」


 葡萄酒(ワイン)も、ユミンをはじめとするアドコック領の名産品でもある。


 他の地域の教会でも葡萄酒を造酒しているところはあるというが、ここのものは歴史も古く、その作り方も秘蔵なのだそうだ。


「こんにちは」


「公爵夫人。よくお越しくださいました」


 畑で麦わら帽子を被っていた男性が、私に会釈をする。


「教会領の畑の世話をしてます、ブレストと申します」


 挨拶を交わすと、ブレストは抱えていた籠一杯に詰まった葡萄を差し出す。


「良ければ、こちらの畑で採れたものをお持ちください」


「ありがとう。いただきますね」


 隣のマレイン司祭からも「ぜひ」と言われ、私はその籠を受け取ろうとした。


 するとその時。

 私の足元にボールが転がってくる。


 ボールが来た方へと振り向くと、先程孤児院で分かれた子供たちが、丘からかけ降りてくるのが見えた。


 私はそれを拾い上げ、一番始めに到着したケヴィンにボールを渡そうとする。


「はい、ケヴィン。ボール」


 けれど。


「ふん」


 相変わらずのそっけない態度。


 そして彼は一度私と目を合わせたかと思うと、私が差し出したボールを勢い良く掴み取って、また丘の方へ駆け出して行ってしまった。


「こら、ケヴィン!」


「いいんです」


 ケヴィンを呼び戻そうとするマレイン司祭に私は首を横に振る。


(……何か、彼を怒らせるようなことをしてしまったのかしら?)


 今度時間があった時に訊いてみよう。


 そう思っていた私の隣で、ブレストが丘を上っている子供たちの後ろ姿に声を張り上げながら言った。


「お前たち、今日は早く帰れよ! 最近は物騒なんだからなー!」


 彼の言葉が届いているのか、丘の中腹で立ち止まったの子供たちはこちらへと手を振っている。


「どうかされたんですか?」


 私は気になってブレストへ訊ねてみる。


「いやね。何でも、隣町の孤児院で何人かが行方不明になったらしいんですよ」


「あら」


 数日前に教会に来た商人から、噂話程度に聞いたのだそうだ。


「まあ、ユミン(ここ)は大きな街ですから、(かどわ)かしなんてそうそう起きませんがね」




 その日の夜。

 オリバーが視察先から戻り、一緒に夕食を摂った後のこと。


「……そう、わかったわ。ありがとう、リリカ」


 私は自室で、リリカから世話を任せているアルフォンスについて経過を聞いていた。


 彼女の話では、アルフォンスは一日休養を取っていたということで、だいぶ回復したようだ。


 けれど、食事はすべて自室で取りたいと言っているそうで、実際に今日の夕食も一人で摂っていた。


(ひとまず、元気そうでよかったけれど……)


 食事は都度摂っているというものの、昨日部屋に入ってから一度も顔を合わせていない。


「回復したと言っているんだろう? そこまで君が気にやむ必要はない」


 リリカと入れ違いで部屋に来たオリバーは、私の顔を見てそう言った。


「でも、お義父さまが仰っていた通り、あの子は私たちを頼って来てくれたのに……」


 私たちは彼に何も出来ていない。


 むしろこの屋敷にいることで、彼の肩身を狭くさせてしまっているのではないかとさえ思えてくる。


「どんなことにも、然るべきタイミングというものがあるはずだ。だから今は、そっとしておくべきだと俺は思う」


「……そう、かしら」


 オリバーのその言葉に説得されて、私は深呼吸をした。


「そう言えば、視察の方はどうだったんだ?」


 オリバーが話題を変えてくれる。


 その優しさに口許が僅かに緩んだ。


「ええ。教会の皆さんはよくしてくれたわ。報告書はまとめてあるから、あとで目を通しておいてください」


「……何かあったのか?」


 彼の眉がぴくりと動く。


 私は首を横に振った。


「え? どうして? そんなことはないけど……」


「そうか。何もなければいいんだが」


 オリバーに変な気を遣わせてしまったのではと、私は内心で自分に活を入れる。


(しっかりしなきゃ……!)


 そうだ。


「えっと、それでね。孤児院の食堂で、お義母さまの肖像画を見たの」


 私は今日見たオリバーの実母であるクリスティアさまの肖像画について触れることにした。


「素敵な方だったのね」


 オリバーの黒髪は、お義母さま譲りだったのだ。


「ねえ、クリスティアさま――お義母さまはどんな方だったの?」


「そうだな。いつも前向きで、曲がったことが嫌いな人だった」


 以前にオリバーから、その話を聞いていたことを思い出した。


 クリスティアさま元々豪商の娘で、ある時、父親がとある子爵から爵位を買い取ったことで子爵家となったそうだ。


 そして学園(アカデミー)に通うことになり、そこでやがて結婚するブレンドンさまやエルドレッド殿下のお母上に当たる王妃殿下と出会ったのだとか。


「学園に在籍当時、周囲からは成金だの守銭奴だの言われていたそうだが、生来の性格からか〝例え貴族として格が上でも、学園では一生徒として平等に扱われるべきだ〞と、物怖じせずにことごく言い負かしていたと父からは聞いている」


「ご立派な方だったのね」


 マレイン司祭から聞いていた人物像に、高潔さが加わる。


 その後、私はオリバーからお義母さまに纏わる話を幾つか聞くことができた。


 聞く度に、会ったこともない彼女の人柄が伝わってくる。


「――今日はこれくらいにして、君は早く休むといい。明日は遠出になるからな」


「ええ。そうさせてもらうわ」


 彼の言葉に甘えて、私は休むことにした。


 明日は、今回の視察でもっとも重要な夜会があるのだ。


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