04 エリーの報告
いつもご覧いただきありがとうございます。
本作は何度か視点切り替えがありますので、その点ご留意いただければと思います。
父親であるブレンドンとの話し合いに一端の区切りをつけたオリバーがユミンの別荘に用意された書斎に着いたのは、夜分も遅くなった頃だった。
書斎の机の上には、あらかじめ入れるように指示していた視察の書類が置かれている。
明日の視察は全部で六ヶ所。
主に郊外の治水工事から灌漑施設全般を見て回ることになるため、それぞれの予算に見合った改修工事や着工期間、それに付随して発生する人員の補充等の確認事項と、現状での改善点を今一度把握しておく必要がある。
一番上の書類を手に取ったオリバーの耳に、扉のノックが届いた。
「入れ」
入ってきたのは見知った顔だった。
「……お前か、エリオット」
資料に通していた目をオリバーは、入ってきた人物へと向ける。
しかし、オリバーが名前を告げた本人であるエリオットは口調を荒げて抗議してきた。
「もう! 何度言ったら直してくれるんです? この姿の時は〝エリーちゃん〞って呼んでくださいってば!!」
エリオットもといエリーは、さもそれが当然と言わんばかりにその中性的な顔立ちで主であるオリバーを叱咤する。
(……父上の相手をした後に、こいつの相手は疲れる)
そう心の中で溜め息をついたオリバーは、自身の騎士の言葉を待った。
エリーはこほん、とひとつ咳払いをすると、本題に入るべく口を開く。
「お疲れのところ申し訳ありません。ですが、早急にお耳に入れておいた方がいいかと思いまして」
「……聞こう」
「この度の視察を受けて、数ヵ月前より内偵しておりました。その結果についてご報告があります」
今回の視察を行う三領地から上がってきた報告書には、一見して不審な点はどれも見受けられなかった。
しかし。
オリバーはもとより、エリーには何も問題がなければ報告に上がる必要はないと伝えている。
だからこそ、今目の前に当人がいるということは、そうではないということが伺えた。
「結論から言いますと、キンバリー伯爵は黒ですね」
エリーは淡々と告げる。
「当代のバイロン=キンバリーは爵位を継いで二年になりますが、ここ数年の穀物の収穫高を偽って報告していました。
余剰分は、闇ルートでタリス公爵領の領主に売っています」
「……タリス公爵領か。また厄介な相手に」
「タリス公爵領はエインズワース公爵領よりも北方に位置している所為か、ここ数年不作が続いているようです。
どうやら、徴税にもかなり困窮しているみたいですね」
そちらに関してはまた後日、エルドレッドの直轄諜報部隊である〈四季〉を通じて調査する必要がありそうだ。
だが今はそれよりも、自領地が優先である。
オリバーは先程の報告で気になったことを上げた。
「……確か、ここ数年と言ったな? それは先代から、ということか?」
「流石我が君主。ご明察の通りです」
エリーは微笑みながら頷き、続きを口にする。
「先代は現当主の兄クロヴィス氏ですが、四年前からタリス公爵領へ商人を通じて穀物の引き渡しを行っていたようです。
この時は、相場よりも低い値段で取引していたようですが……伯爵位が現当主のバイロン氏になった二年前から、要求額が吊り上がったようで。
その証拠に北にいる〈春〉の報告では、相手方であるヒンクリー伯の財政はここ一、二年輪をかけて火の車なのだとか。
完全にヒンクリー伯の足元を見てますね」
「まあ、結局どちらも不公正取引には代わりありませんが」と肩を竦めたエリーは苦笑する。
「……まったく」
頭が痛くなる話だ。
「よりにもよって貴族派と取引するとは……」
「どうします? タリス公爵は貴族派の中でも割りと話がわかる相手ですけど、自領の伯爵が勝手に取引していたことを快諾するような人物ではありませんよ」
つまるところ、今回のこの取引については双方の領主の独断の許で行われたもの、ということになる。
加えて王党派と貴族派の対立は根深く、こちらも迂闊に動くことは出来なかった。
「それで……キンバリーに、何か他の動きはないのか?」
現行の不公正取引を下手に表立てた場合、タリス公傘下のヒンクリー伯にも捜査の手が回り、また厄介なことにもなりかねない。
もしキンバリーに余罪があるならば、手の打ちようもあるのだが。
オリバーの言葉にエリーは首を横に振った。
「そうですね……今のところキンバリー伯は、領地の運営も可もなく不可もなくといった感じです。
元々、先代のクロヴィス氏は領民からの信頼も篤かったようですので、その実弟ということもあってか不満は然程ないのかと」
領民から慕われるということは、それだけ民に寄り添った運営を行っていたのだろう。
情状酌量の余地があるとは言い難いが、先代領主のクロヴィスが取った行動は相手方の領民のためを思ってやったことなのかもしれない。
「んー、あとは……最近夜な夜な変なカルト集団との交流もあるとかないとか噂されてますね」
「確証のないことは報告しなくていい。その証拠はあるのか?」
「いえ。私が監視した一ヶ月のうちでは、特に目立った外出はみられませんでした」
エリーは「あとは」と付け加えて、伯爵の身辺調査について話す。
「細君は臥せがちのご様子ですが、ご息女は頻繁に宝石商を伯爵家に招いて、高価な装飾具を買い求めているようですので、羽振りはいいと言えますね」
「経済を回してくれています」と皮肉るエリー。
大方、その金はヒンクリー伯から贈られた金なのだろう。
「わかった。このまま引き続いて監視を続けろ」
「承知いたしました。我が君主」
部屋を去ろうとするエリーの後ろ姿にオリバーはあることを思い出し、声をかける。
「……これをお前に返しておく」
そう言って懐から取り出したのは、宮廷の執務室から持ってきた件の小説だった。
机の上に置かれたそれを手にして、エリーは首を傾げて訊ねてくる。
「え? お気に召しませんでした?」
「そもそも、俺が読むような部類ではないだろう?」
「別に、殿方が恋愛小説を読んでもおかしくはないと思いますけどね。昔の騎士道にだってそういうの含まれていますし」
エリーが口を尖らせた。
「とにかく、これはお前に返す」
「せっかくオススメだったのに〜」
これで不安要素を排除できた。
オリバーがそう思っていた時だった。
「――で。どうしたんです? あの子」
不意に、エリーがその話題を口にする。
「……お前には関係ない」
「そんなこと言っちゃって、いいんですか~? 私、この屋敷では奥様付きなんですよ?」
「……」
本気で言っているとは思わないが、エリーの性格上、面白がっている節は考えられる。
「まあ、傍目からちょっと見かけたくらいですけど。あの黒髪に黒目……ほんと似ていますよね、君主と」
「お前まで妙な勘繰りはやめろ」
エリーは手をひらひらと振って他意はないことを告げた。
「ははは、冗談ですよ、冗談。だって、私は知っていますから。君主がずっと奥様一筋だって」
「それに」と言葉を続ける。
「黒髪黒目の人間なんて、世界には沢山いるんですから。きっと偶然に違いありません」
「エリオット……」
「ちょっと! この姿の時は〝エリーちゃん〞って呼んでくださいってば!」
エリーは頬を膨らませ、ぷいと顔をそらす仕草をした。
その中性的な容姿と声色も合間って、本当にただのメイドのように見える。
「あ。それと、もう一つご報告が」
しかし、思い出したようにエリーが口を開いた。
「こちらは巡回中だった〈四季〉の〈麗姫〉からの報告なので、今のところ間違いはないかと思われるのですが――」




