閑話⑥ 楽しいお茶会を
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来週より第三部を開始いたします。
〈七月の光姫〉もいよいよ終わりを告げようという、とある日の午後。
私は伯母さまに呼ばれて、デルフィーノ侯爵家の邸宅へと訪れていた。
こうしてここへ来るのも、ペンダント騒動があった時以来だから、かれこれ三ヶ月振りくらいだ。
私がいつものサロンへと入ると、先客が手を挙げて歓迎してくれていた。
「お久しぶり! ニカちゃん」
「マーガレット」
彼女とも数ヶ月振りの再会だった。
「ふふ。元気にしてた? やっぱりいつ見ても可愛いわね〜」
「もう。そんなことばっかり」
この気安さが彼女のいいところだ。
「あなたも素敵よ、マーガレット」
「ありがと。また当店をご贔屓にね」
流行の最先端を行く服飾店を経営する彼女は、桃色のセットアップのセミアフタヌーンドレスを纏っていた。
対する私の今日の服装は、淡い緑のシフォン生地で出来たワンピースで、スカートがギャザーとなっている。
これは彼女の店で作ってもらったものだ。
「伯母さまは?」
サロンには、邸宅の主人であるマリアンナ伯母の姿はまだなかった。
「何でも今朝方、領地から急務が出来たみたいよ」
マーガレットは「一足先に頂いちゃいましょう」とティーカップに口を付ける。
私が席に着くと、後ろに控えていたシェフのライナーが、ティースタンドに並べられたいくつものお菓子について説明してくれた。
「本日はアドコック伯爵領産の甘酸っぱい葡萄のタルトとアルミラ伯爵領産の桃のタルトレット、無花果のゼリーをご用意いたしました。
どれも〈七月の光姫〉から〈八月の賢将〉で旬のものばかりです」
なんでもこのデザートたちは、伯母さまの経営する貴族街のレストランで期間限定にて出される予定の新作デザートらしい。
スコーンに合わせるジャムは、アプリコットとマーマレードが用意されていた。
そして、ライナーの説明に出てきたとある場所の名前を聞いて、私は彼の方を見た。
「アドコックって、もしかして……」
「ええ。今回の新商品には、エインズワース公爵領の名産も使用させて頂いております」
伯母さまが経営するレストランの食材は、そのほとんどがデルフィーノ侯爵領内で栽培されたものだった。
「公爵のお口添えのもと、どれも良いものを取り揃えることができました」
まるで自分のことのように満足げな表情浮かべるライナー。一流のシェフである彼が言うなら間違いはないだろう。
「遅くなってしまってすまない。二人とも」
扉を開けて入ってきたのは、紺の落ち着いたAラインのワンピースを纏うマリアンナ伯母さまだった。
「お疲れさまです、伯母さま。
珍しいですね、伯母さまがパンツスタイルじゃないなんて。でもとってもお似合いです」
今日は身内だけのお茶会で、そこまで格式張る必要はない。
私が伯母さまの見慣れぬ姿に新鮮味を覚えていると、伯母さまは肩をすくめながら言った。
「ああ。これか……この後、フレアシス候の夜会に招かれていてな」
なので、スーツよりも着替えが楽な服装にしたらしい。
「候の奥方には以前借りがあってな。〝ぜひ夜会でのお召し物は女性のもので〞と言われてしまったんだよ」
席に着いた伯母さまは一息吐いで、自分のカップに紅茶を注いだ。
(夜会か……)
私がその言葉に思うところがあると、早速伯母さまからその話題を振られてしまう。
「ああ。そう言えば、来月お前も出るんだろう?」
「あら、そうなの? ニカちゃんもついに夜会デビュー?」
マーガレットも興味津々に訊いてきた。
私は頷きながら紅茶を啜る。
「ええ。視察先で招待されているのだけど……」
「どうした?」
「うん……」
このお茶会のどこかで相談できればいいな、と思っていたことを早々にすることになるなんて。
「今更だけど、緊張してきたのよね……」
夜会では、参加する夫人や成人式を迎えた各貴族のご令嬢たちと上手く会話を合わせなければならない。
立場上いくら私が公爵夫人とはいえ、彼女たちの方が貴族として何倍も経験があるのだ。
想像しただけで溜め息を溢しそうになる。
そんな私に、マーガレットは優しく勇気づけてくれた。
「でも、ダーリンに任せておけばきっと素敵にエスコートしてくれるでしょ? 大丈夫よ」
けれど、マーガレットのその言葉を受けて、ティーカップを持っていたマリアンナ伯母さまの手がピタリと止まる。
そして静かにカップをソーサーへと置いた伯母さまは、首を横に振った。
「勝手なことを言うな、マーガレット。
確かに、他人に頼ることは悪いことじゃない。だがな、ヴェロニカ。
他人に頼り切りになると、いざとなった時に適切な動きを取れなくなる。なるべくなら、すべて自分で対処出来るようにしておけ」
「なるほど……」
伯母さまのもっともな言葉に、私は小さく頷くことしか出来ない。
そんな私をみかねてか、マーガレットが間に入ってくれた。
「もう、マリーったら! せっかくニカちゃんが相談してくれているのに、余計不安にさせてどうするのよ」
「事実を言っただけだろう? 相手に従順であることと、自分の意思や意見を持たぬままに従うことは違う。例え結果的に同じことになったとしてもな」
伯母さまは私の目を見て、改めて告げる。
「いいか、ヴェロニカ。最後は度胸だ」
「度胸……」
精神論も貴族社会には必要なんですね、伯母さま。わかりました。
「大丈夫よ、ニカちゃん」
マーガレットが私にウインクをする。
「人間、いざってときには変われるものよ?
新婚当初、毎週のようにダーリンと喧嘩してアタシに相談をしてきたマリアンナも、今ではこの通りラブラブだし――」
「……えっ?」
私は自分の耳を疑った。
(……伯母さまと伯父さまが、喧嘩?)
考えられないし、想像もつかない。
伯母さまとあの温厚そうなライアン伯父さまが喧嘩する光景だなんて、この邸宅にいた時は一度もなかったのだ。
「マーガレット!」
私をよそに、伯母さまがマーガレットをたしなめる。
「お前は、どれだけ昔の話をしているんだ!」
けれど、その口調と珍しく頬を紅潮させた伯母さまを見るに、どうやら嘘ではないらしい。
「マーガレット――」
私は恐る恐る言葉を口にする。
「その話、もっと聞かせて!」
「ヴェロニカ!」
さぞ私の目は輝いていたことだろう。
何せ、伯母さまたちの昔の話は今まであまり聞いたことがなかったのだ。
だからなおさら、伯母さまに怒られる不安よりも興味が勝ってしまう。
結局その日は、マーガレットからマリアンナ伯母さまたちの昔の話も沢山聞けて、楽しいお茶会となった。
けれどそれから数日後。
領地の視察を目前に控える私とオリバーの前に現れたとある少年の訪問によって、私たちの視察は予期しない展開を迎えることになるのである。




