偽りはまことしやかに踊る【1】
先日、友人からサイトの機能についていくつか教えてもらいました。
アクセス数が見れるってすごいですね。
次回以降は、予約掲載時間も活用していこうと思います。
【2020/8/1:修正】他の投稿と合わせるために改行と文体に手を加えました。
(……おかしいわ)
優雅な昼食後の一時。
居間でリリカが淹れてくれた紅茶を口に含みながら、私はいつの間にか溜め息をついていた。
あれから二週間。
伯母さまに会った翌日を最後に、オリバーが屋敷に帰って来ない。
「いよいよ、堂々と浮気かしら?」
私の知らないところで帰って来ているのかとも思ったのだけれど、彼と常に一緒にいるニコラスの姿も見かけていない。
確かに相手のことを大切にしろと言ったのは私だ。
(とはいえ、順序ってものがあるでしょう?)
相手の女性だって、妻のいる殿方よりも離婚歴があれどやましいところがない殿方の方がいいに決まっている。
遊びじゃないならなおさらで、それだけ二人が本気ならば、私はいつだって荷物をまとめる覚悟ができているのだ。
(まだ、荷物まとめていないけど……)
そんな不安だか期待だかわからない気持ちは、一人帰ってきたニコラスの一言で一掃された。
「オリバー様は宮廷にて政務にあたられております」
「……この二週間、ずっと?」
「はい。この二週間ずっと、です」
そんなに国務とは多忙なのだろうか。
婚約期間中も政務が忙しいという話を人伝に聞いたことがあった。
会食の時に当の本人へ訊いても、
『いつものことです』
と眉ひとつ変えない表情で、さらりとかわされてしまったのだけれど。
「……それは仕事熱心だこと」
思い起こせば、財務省に在職している伯母さまも、タウンハウスに月の半分いれば多い方だった気がする。
担当地区の監査や財源管理など、出張が多い仕事なのだと言っていた。
けれど結婚してから最初の一週間は、オリバーとはずっと屋敷で一緒だった。
もしかしたら、私の知らない間の時間は執務室で持ち帰りの仕事をしていたのかもしれない。
『ああいうタイプの男は、大抵が仕事人間だ』
そう伯母さまが言っていたのを思い出す。仕事に誠実だからこそ、人にも誠実なのだと。
(それなら、私に対しての誠意はどこへいったのよ)
確かに、結婚する前に伯母さまから聞いた周囲からの彼への評価は、どれをとっても公爵たるに相応しいものだった。
先代の父君が行っていた領地政策の改善や領民への態度、先見の明をもってして行う彼の行動選択は、今のところ大きい損失には繋がっていない。むしろ回復しているといってもいい。
「――つきましては、オリバー様が奥様に至急、宮廷へ届けて頂きたいものがあると」
「……私に?」
ニコラスはそう言って、書面一枚が入っていそうな封筒を差し出してきた。
封はされているし、中に何が入っているか聞いてもきっと教えてくれないだろう。
「はい。至急とのことです」
ニコラスが二度繰り返すということは、それだけのことなのかもしれない。
「でも、宮廷なんて場所、私みたいな一介の公爵夫人が行ける所じゃないわ」
政務の補助官でもある宮廷女官でもないのに、そんなやすやすと入れるものなのだろうか。
首を傾げながら紅茶を啜る私の前に、今度は掌に収まるほどの封筒が差し出される。
「こちらを宮廷の者にお渡しください」
「これは?」
「入城許可証です」
「……用意周到だこと」
言葉の通り、受け取った封筒の表面には『許可証』と書かれていた。
蝋封には王宮の印璽。流石にこちらも開封して中を改めるわけにはいかないか。
決心の意味も込めて、もう一度息をつく。
「……仕方ないわね」
椅子から立ち上がると、後ろで控えていたリリカと目が合った。
「リリカ。外出の用意をお願い」
「かしこまりました」
用意といっても、ものの数分で整い、私はニコラスが玄関に用意した馬車に乗り込んでいた。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「ヴェロニカ様……よろしければ私もご一緒いたしましょうか?」
不安を顔に描いたリリカは、おずおずと申し出てくる。
彼女にはここのところずっと離婚騒動で迷惑をかけっぱなしだ。
私はリリカに微笑んだ。
「大丈夫よ。この際だし直接会って、言いたいこと言ってくるわ」
離婚騒動中とは言え、新婚の妻にお使いをさせるとは、なかなかいい度胸じゃない。
(確か、さっきの角を右に曲がればよかったはずよね?)
先程から同じ扉ばかりが並んでいて、どこがオリバーの執務室かわからない。
宮廷に到着して、門番の人に許可証を見せると、何の滞りもなく中に通された。
その時に聞いた道を言われた通りに歩いているのだけれども。
(……一向に辿り着く気がしないのだけれど)
かれこれ、もうかなり歩いている気がする。
同じような廊下に扉の配置、開けている回廊でさえ迷路の中に迷い込んだような気にさせてくる。
(そうだわ!)
回廊を見て閃き、そしてそこをそれた先にある中庭へと向かう。
扉のある廊下とは反対側に位置しているため、三方を囲む壁には各部屋の窓が並んでいた。
ほとんどの窓にはレースの日除けがついていたが、目を凝らせば部屋の中は見えなくもない。
これなら、部屋の中の手掛かりも掴めるはずだ。
試しに回廊から一番離れた突き当たりの奥の部屋を覗いてみる。
明かりはないためか薄暗がりではあったものの、部屋の中には机と椅子、そして本棚が置かれていた。誰かの執務室のようだ。
すると扉が閉まる音が聞こえた。部屋の主が戻ってきたのかもしれない。
次回はいよいよ宮廷へ(もう入っているけど)。