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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは外出(デート)がしたい!

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18 花が綻ぶその理由【1】

いつもご覧いただきありがとうございます。

長くなってしまったので二分割にしました。もうひとつも本日中には投稿する予定です。

 

 〈六月の雄将(ファムル)〉も晦日。


 学園長室に続く廊下はひどく静かで、午前の陽光だけが差し込んでいた。


 レティシアには廊下を進む自分の呼吸と高鳴る心臓の鼓動だけが聞こえている。


「……」


 〈雄将(ファムル)祭〉が終わって今日で数日が経っていた。

 自分が呼ばれた理由については、思い当たる節が多すぎて検討をつけることも出来ない。


 どうしてこうなってしまったのか。

 どうして気付けなかったのか。

 どうして私だったのか。


 考えれば考えるほど思考が鈍ってしまい、どうしようもなかった。


 けれど。

 どれほど思考が鈍り歪んでも、確実に言えることは一つだけあった。


(退学、よね……)


 レティシアはアンリが捕まったあと、事情聴取ということで何度か呼び出されていた。


 当然と言えば当然の話だ。

 知らなかったこととは言え、結果的に自分は犯罪に荷担したのだ。


 だからもしそんな処分になっても文句は言えないし、言うつもりもない。

 もとよりその処分があることを考えて、荷造りは昨日のうちに済ませていた。


 同室のシャーリーは「まだ夏休みまで時間があるのに」と残念がってくれていたものの、処分が下されてしまえば早い方がいい。


 ここ数日、事情聴取を受ける間は〝自室待機〞ということで、祭りの片付けもろくに参加できないままずっと部屋にいたのだから、時間には余りあったのだ。


 それに。

 片付けに専念していれば、余計なことは考えなくてよかった。


 アンリのこと。

 リリノアスのこと。

 そして何より、父のこと。


 気持ちが沈まないようにと意識を強く持ったところで、目的地でもある学園長室の扉の前に辿り着いていた。


 黒塗りの木製の扉は、レティシアの身体を覆えるほど大きく身構えているようにも見える。


 まるで歌劇に出てくる死神のマントのよう。レティシアはそう思っていた。


「……」


 不安ばかりが脳裏に過る。けれど、どんな罪人にも死神は平等に大鎌を振るうものだ。


 ゆっくり息を整え、扉をノックする。


『はい』


 扉の奥から用向きを訊ねる返答が聞こえた。


「高等部三年、レティシア=サルテジット……参りました」


『入りなさい』


 レティシアはゆっくりと死神の扉を開け入室する。


 学園長室には窓際に経つ学園長の他に二人の男女の姿があった。

 二人とも部屋の中央に置かれているソファに腰を掛け、静かに入室してきたレティシアを見つめている。


 両者とも初老を過ぎたくらいの外見をしていた。


 女性の方は腰まである長い栗色の髪を一本に結び、すらりとした灰色のスーツを纏っている。


 もう一方の男性は、女性とは対照的にゆったりとした服装をしていた。

 身体のラインは見えないものの、僅かに見える首筋や手首の細さから痩躯だとわかる。また肩まである少しくすんだ蜂蜜色の髪は無造作に垂らされていた。


 その前髪の奥の目は細く、一見して笑っているようにも感じられる。


「休みのところ、呼び出してすまないね。君にどうしても聞きたいことがあると、こちらの方々が御見えになってね」


 学園長が長く蓄えられた白ひげをさわりながら、身構えたレティシアに「まあ座りたまえ」と空いているソファに視線を投げた。


 てっきり退学の宣告だと思い込んでいたレティシアは、学園長が言う二人の男女へ視線を向ける。


「……はい。何でしょうか?」


 席に着いた彼女へ最初に声をかけたのは女性の方だった。


「はじめまして、レティシア=サルテジット嬢。


 まずは自己紹介から。私はマリアンナ=デルフィーノ。こちら男はキース=カーという者だ」


  その名前を聞いて、レティシアの中にあった一つの目の疑問は解決した。


()()()()を解決した、デルフィーノ女侯爵……)


 当時はまだ爵位を継承していなかったそうだが、目の前にいる女性は間違いなくあの〝〈氷姫の宴〉事件〞を解決した張本人マリアンナ=デルフィーノだった。


(だとしたら……)


 息を飲むレティシアの推測通り、女侯爵は一つの質問を口にした。


「今日君に出向いてもらった理由は二点ある。


 まず一つ目だが。

 君が育てたリリノアスは、誰かが持ってきたものでどうして栽培することになったのか。その経緯をもう一度我々に詳しく聞かせてもらえないだろうか」


 ソファから少し身を乗り出して、マリアンナがレティシアと訊ねる。

 レティシアは小さく頷いて、順に説明を始めた。


「はい。

 一番初めは去年の春過ぎくらいのことです。アンリさんから〝とても珍しい球根を伯爵の知人から譲ってもらった〞と伺ったことが始まりでした。


 私は人目見てそれがリリノアスの球根だとわかったのですが、そのどこが珍しいのかと興味を持ってしまって……アンリさんに訊ねてしまったんです。


 すると〝これまでに見たことのない色の花びらをつけるかもしれない〞と仰って……。


 それで、前々からリリノアスが好きだと話していた私に〝せっかくだから、育ててみてはどうか〞と勧められたんです。


 その後すぐに父からも〝許可を貰った〞とアンリさんが仰ったので、研究を始めました。それが、去年の夏頃のことだったと思います」


 レティシアは両親譲りの植物への興味から、異なる条件下での試験栽培を思い付いて実践したこと。


 その過程でダメにしてしまったリリノアスの処分は、アンリが名乗り出たためにすべて任せてしまったこと。


 そして〈雄将祭〉のあの日までアンリに騙されていたことを包み隠さず話した。


「……なるほど。ありがとう」


 すべて話し終えた彼女に、マリアンナが向けた言葉はそれだけだった。


「えっと、あのう……」


 レティシアは思わずソファに座る男女を交互に見つめ、ずっと胸の奥にあった疑問を口にする。


「わ、私は、罪に問われるのでしょうか……?」


(いいや)。君は罪には問われないよ」


 そう口を開いたのは、これまでずっと無言だったカー子爵のキースだった。


「確かに君が先程口にしたように、本来リリノアスの栽培には国の許可がいる。まあ、医療にも用いられるのだから、これは当然といったら当然だ。


 で、君の質問にもある〝罪〞というのは『リリノアスの無断栽培』という認識で合っているかな?」


 その問いに、レティシアは「はい」と頷いた。


「確かに、アンリ=ジュネが君の父君経由で得たという許可は、調べたところ本来のルートとは別の正式なものではなかった。


 けれど、彼の口車に乗せられただけの君にまで責任が追求されることはないよ。本当にのせられていただけならね」


 先程まで前髪の奥で細められていたふたつの目が、ゆっくりと開かれる。

 開かれた翡翠の瞳の眼差しは、レティシアに余計に緊張と動悸をもたらした。


「わっ、私は決してそのようなこと――」


 疑われている。

 その事実が、レティシアの心に深く刺さった。


「キース。早計が過ぎるぞ」


 子爵を嗜めたのは女侯爵だった。


「気分を害してしまったのなら誠に申し訳ない。


 ただもう一点の用件に関しては、どうしても君の確認と承諾が必要でね」


「確認と承諾?」


 果たして自分になんの許可が求められるのだろうか。


 レティシア自身は既にデビュタントを迎えているとは言え、いまだに生家の庇護下にある。

 両親が鬼籍に入っている今、それは母方の伯父であるベレスフォード公爵に移っていた。


 キースが一息吐いて、膝の前で手を組んだ。


「君は、夏を過ぎたらアラルテの修道院に入ることになっているそうだね」


「……はい」


「君自身は、本当にそれを望んでいるのかな?」


「私は……そんなことを言える立場では、ありませんので」


 この決定を下したのは伯父の公爵だった。だからその意見に異を唱えることなんて出来ない。


 父の件で相当な迷惑をかけているのに、娘である自分がそんなこと出来るはずがなかった。


 けれど、不意にアンリの言っていた言葉が脳裏に甦る。


 ――〝君自身を守るため〞。


 一体、彼は何からレティシア自身の身を守ろうとしたのか。

 それはずっと考えてもわからないことのひとつだった。


「そうか。それでは言い方を変えるとしよう。


 君が学園を卒業した暁には、ウチで働いてもらいたいと思っているんだ」


「ウチ、とは?」


 首を傾げるレティシアに対して微笑んだままの子爵は「おっと。すまないね」と悪びれる様子もなく口にする。


 彼の隣に座る女侯爵は小さく肩をすくめていた。


「では改めて自己紹介を。


 私はキース=カー。厚生局局長代理兼公益社団法人〈麗姫の箱庭〉の経営顧問をしている」


 あまり耳慣れない単語にレティシアは一瞬目を丸くする。


「まあ、ここでは一肩書きだと思ってくれて構わないよ。


 それで、だ。この公社の事業のひとつに〝将来有用となりうる植物の調査及び研究〞というのがあってね。今回の件で提出された君のレポートを見たウチの研究員が、是非一度、君と会って話をしたいそうなんだ。


 もちろん君の返答次第ではあるんだが、もし今後とも植物や研究に興味があるようなら、学園卒業後はウチの公社で働いてもらいたいと思っている。どうかな?」


「どう、って……」


 それはレティシアにとって、またとない機会だった。

 とは言え、いくつか疑問は残る。


「でも、わざわざ私に声をかけるためにこちらへ?」


「何、青田買いというやつだよ。将来性のある若者を見出だすのも、我々の務めでね」


 意気揚々と話すカー子爵。


「まあ、ここだけの話、貴族の子女である君が地道で泥臭い研究職だなんて乗り気にはならないだろうし、断ってくれても一向に構わな――」


「やります! やらせてください!」


 思わず口を吐いて出ていた。


 自分のやりたかったことはこれなのかもしれない、直感でそう思ったのだ。


 レティシアの勢いに押されることなく、キースは捉えどころのない笑みを浮かべていた。


「オーケーオーケー。それじゃあ、近々ウチの研究員との時間を儲けよう。後一ヶ月ほどで、君たちは夏期休暇なんだろう?」


「はい。でも……」


 これまでの口ぶりで、ひとつの事実が浮かび上がっていた。


「私は、退学になるのではないのでしょうか?」


 先程の子爵の提案は〝卒業したら〞という前提条件の許で成り立つ話だった。


 もしそうだとしたら、退学がほぼ決まっているレティシアにはもうどうしようもない。


 俯くレティシアに声をかけたのはマリアンナだった。


「聞くところによると、君は伯父上の取り計らいで〝自主退学〞という扱いになるそうだが?」


 マリアンナの言葉に小さく頷くレティシア。


「はい」


「今も、君にその意思はあるのかな?」


「それは……」


 答えを言い淀んでしまう。

 伯父への義理と研究。レティシアの中で、対極の葛藤が生まれていた。


 そんな彼女へ、マリアンナが救いとも呼べる言葉を口にする。


「ベレスフォード公爵が学園長に宛てた君の自主退学の書類だが、実はまだ受理はしていないそうだ」


「はい。彼女はどの教諭からも〝優秀〞と伺っておりますので、一度保護者の方も交えて面談をとご連絡差し上げているのですが……」


 一瞬の光明が指したものの、学園長の表情からは、その申し入れが叶わなかったことが理解できた。


「あの公爵のことだ。一度決めたことを他者の意見で覆すなんて体裁が悪いこと、するはずないさ」


 キースの口調がこれまでになく砕けたものになり、隣のマリアンナが咳払いをしてそれをたしなめる。


「それじゃあ、私は……」


「言っただろう? 公爵はあくまで体裁が悪くなるのを嫌っている。なら、こちらがその体裁を整えてやればいい」


 その翡翠の瞳が一層笑ったように細められた。


「え?」


「先の〈雄将(ファムル)祭〉で、()()()()君の展示物であるレポートの価値に気付いた我が公社の人間が、君の才能をウチで活かしたいと学園伝に君へ熱烈なオファーを送った。


 国のお偉方の認定を受けて働いている人間が、自分の姪の才能に惚れ込んだんだ。

 〝亡き伯爵と並ぶ、いやそれ以上の功績を残すかもしれない原石〞を、是非我が社の許で育成したいとね。


 そして君も公社の理念に賛同し国のために尽力したいと、伯父の公爵に自主退学の撤回を嘆願。


 どうだい? この筋書きなら、公爵の立場が悪くなることは表向き何一つない」


「本当に、私は退学しなくてもいいんですか?」


「ああ。君は君の望むことをしたらいい」


 レティシアにとっても、あの伯父は逆らい難い人物だった。


 けれど。


「――退学、したくありません」


 自分の心にあった小さな声を言葉にする。


 緊張でドキドキしすぎて心臓が口から飛び出そうだ。


 それでも、彼女は自分の心に正直に従っていた。


「私は――ここにいたいです」


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