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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは外出(デート)がしたい!

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11 公女ヒルデ


 クウェリア王国の王族が住まう宮殿の中でも、コナー宮殿は、豪華というよりも優雅という言葉の方が似合う宮殿だった。


 〈聖姫(コナー)〉の名を冠するように、白亜の壁の厳かな造りで、回廊の柱一つ一つにさえ、目立たずとも緻密で繊細な植物の細工が施されている。


 お茶会の招待状に従って宮殿を訪れた私が案内されたのは、大理石の回廊を抜けた先に広がる庭園だった。


 腰ほどの高さがる生け垣は綺麗に切り揃えられ、瑞々しい葉の香りが胸に広がる。


 メイドに案内されてその中を歩いていくと、少し開けた空間に出た。周囲の花壇には、初夏の花が色とりどりに咲き誇っている。


 そしてその中心には、純白のパラソル。


 その下に用意されたティーテーブルには、クッキーやチョコレートなど様々な種類のお菓子が揃えられていた。


「ユーフェミア殿下。エインズワース公爵夫人がおいでになられました」


「ええ」


 約二ヶ月ぶりの再会となるユーフェミア殿下は、腰かけていた椅子から立ち上がって、数歩こちらへと前へ出た。


 殿下の金髪と良く似合う淡いブルーを基調としたドレスの裾が、午後の暖かな風を受けて軽く舞う。


「よくお越しくださいました。公爵夫人」


「本日は素敵なお茶会にお招きにあずかりまして、心よりお礼申し上げます。ユーフェミア殿下」


 そしてテーブルの前の椅子にはユーフェミア殿下ともう一人。黒髪の麗人が座っていた。


 年齢は殿下や私と同じくらい。

 その凛とした佇まいや表情からは、聡明さが見て取れた。


 彼女が纏う深緑のロングドレスには金の刺繍が施され、頭の編み込まれたシニヨンには金色の花の髪飾りが輝いている。


 ティーテーブルは円卓ということで、上座下座の区別はないとわかった。


 けれど逆に考えると、ユーフェミア殿下にとって()()()()()()()なのだと理解する。


「そう固くならないでくださいな。今日は、ぜひ貴女に紹介したい方がおりますの」


「……わたくしに、ですか?」


 それは自ずと一人しかいないこの場で、その麗人は立ち上がり、カーテシーをする。


 正面を向いた彼女の顔は、息を飲むほど美しかった。


 つり上がった目尻も、吸い込まれそうなほどの綺麗な菫色の瞳をより一層引き立てているため、好印象として記憶に残る。


 そしてその所作一つ一つが、彼女が貴人だということを告げていた。


「お初にお目にかかります、エインズワース公爵夫人。


 わたくしはヴァロネン大公国ヴィルフリート=フォン・ヴァロネン公が娘、ヒルデ=イルザ・フォン・ヴァロネンと申します」


 凛と透き通った声。

 その声で告げられたその名前を、知らないはずがなかった。


「こちらこそ、お会いできて光栄です。ヒルデ様。ヴェロニカ=レイラ・エインズワースと申します。以後お見知りおきを」


 私もカーテシーをして返す。


 相手は隣国のヴァロネン大公国の第一公女様だったのだ。


 そして。

 向き直った私は、ヒルデ様とばっちり視線が合ってしまった。


「……」


「……?」


 こちらからそらしては如何なものかと、私は微笑を返すも、その間には妙な空気が生まれる。


(……もしかして、私の挨拶、どこか間違っていた?)


 ぱん。


 と小さく手を叩いて注目を集めたのは、ユーフェミア殿下だった。


「さ。立ち話もなんですし、早速お茶会を始めましょう」




「――それでは、お二人は学園アカデミーでは同じ学年なのですね」


 二人の学園での話を聞いて、私たちは全員同い年だというのがわかった。


 ユーフェミア殿下は、頷きながらヒルデ様の方を見て続ける。


「ええ。今年の春から交換留学という形で、ヒルデさんが我が国に来ておりますの。昨年度までは私が公国の教育学校スクールに行っておりましたのよ」


「へえ……交換留学ですか。あちらでは、どんなことを学ばれていたんですか?」


 聞きなれていない言葉に興味を覚えた私は、殿下たちに質問をする。


 その後も知らない単語がいくつもあって、その度に私は質問していたのだけれど、お二人とも丁寧に答えてくださって、多くを知ることが出来た。


「――そう言えば!」


 ユーフェミア殿下が、私にその紺碧の瞳を向ける。


「ヴェロニカさんも、公国に住まわれていた時期があったとお聞きしたのですが?」


「はい。と言っても、七歳くらいまでに何度か引っ越しをしたのですが。一番長く住んでいたのは、レイタルという町で」


「……」


 話の終始、気になって仕方がなかったことがひとつだけあった。


 それは。


(うぅ……さっきから、ヒルデ様の視線を感じるのだけれど……)


 ヒルデ様は会話の途中で相槌はしてくださったり、質問に対しては丁寧に答えてくださってはいたけれど、その合間にこちらへと向けられる視線は、とても〝見つめる〞という優しい表現のものではなかった。


 それはまるで、何かを見定められているような感覚に近い。


(ヒルデ様。私が何をしたっていうんですか……っ)


 これまでに私の取った行動で何か無作法があったのではないかと、頭の隅で回顧するも、特段思い至らなかった。


(……もしかして、お茶会の手土産に用意した果物がお口に合わなかった、とか?)


 私はマリアンナ伯母さまに頼んで、伯母さまのレストランでも取り扱っている領地の特産物の果物を、幾つか用意していた。


 味も邸に届けられた時に確認したけれど、どれも瑞々しくて美味しかったし、ユーフェミア殿下も「美味しい」と仰っていた。


 ヒルデ様も何度か口に運んで食べておられるみたいだし。


 または、まだ手につけていないその中にお嫌いなものでもあるのだろうか。


 緊張のあまり、口に含んだ紅茶の味もわからない。


 今日だって、他のご令嬢方がいるかと思って来てみれば、参加者はこの三人。


 一人は国の第一王女。

 一人は隣国の第一公女。

 そして最後に、この私……


(身分と場が違い過ぎます! 本当に!!)


 ユーフェミア殿下の話が一区切りついたところで、私は思いきって、ヒルデ様へ訊ねてみることにする。


「……あのっ、ヒルデ様」


 恐る恐る視線をヒルデ様へと向けた。


「……何かしら?」


「私、何か貴女のお気に障るようなことでもしてしまったのでしょうか?」


 その菫の瞳が、一瞬少しだけ見開かれたような気がした。


 そして、開かれた口からは歯切れの悪い言葉がこぼれる。


「……いいえ。ただ――」


「ただ?」


 次に落ちてくる言葉を静かに待った。

 すると。


「……貴女、本当にエインズワース公爵夫人なの?」


 正体を問われているようだった。


「へ?」


 何とも間抜けな返事をしてしまったと、自分でも後悔する。

 そして差し障りのないよう、声の抑揚トーンに気を付けながらヒルデ様へ返答した。


「左様ですが……なぜそう思われたのか、差し支えなければ、お訊きしてもよろしいでしょうか?」


 ばつが悪そうに、ヒルデ様は眉間にシワを寄せる。


「いえ。ミアだったら、私をからかうために役者を立てかねないし……」


「まあ! それは酷い言い種ですわ」


 呆気に取られていたのはユーフェミア殿下も同じようで、カップをソーサーへ静かに置くと、こほんと咳払いをした。


「いくら私でも、主催した会でお客様を辱しめることはいたしません。


 こちらのヴェロニカさんは正真正銘、あのオリバー=エインズワース公爵が見初めた御方ですわ」


 ユーフェミア殿下にそう言い切られ、気恥ずかしさが込み上げてくる。


「それで? ヒルデさん。ヴェロニカさんへ何か仰りたいことがあるのではなくて?」


「……?」


「……」


 殿下の言葉に無言で返すヒルデ様。

 その表情はどこか固く、何かを思い詰めているとさえ感じてしまう。


 がたん。


 すると突然、ヒルデ様は立ち上がり、私の方へと歩み出ていた。

 その菫色の瞳には、何かの決意の色が窺える。


「どうか、先までの非礼をお許しください。


 改めまして、ヴェロニカ=エインズワース公爵夫人」


「はっ、はい」


 凛と通った彼女の声に呼ばれ、驚きのあまり背筋が伸びる。

 返事も裏返りそうになった。


「!?」


 けれどそれよりも驚いたのは、私へと向けられた、先程のカーテシーよりも深い、最敬礼だった。


 一国の長の血を引く公女が、他国の公爵の、それも夫人に過ぎない私に対して取る行動では、決して考えられないものである。


「この度は、我が将来の夫であるエルドレッド殿下の御命を、二度に渡って救っていただきましたこと、御礼を申し上げます。


 ――ヴァロネン大公家の名に懸けて、この御礼は、いずれ必ず」


「いやいやいやいや!? 顔を上げてください、ヒルデ様! こんなところで、というか、私のような者にそんなことされては困りますっ」


 驚き過ぎて、言葉遣いに傾ける余裕がなかった。

 こんな光景を誰かに見られようものなら、一大事になるほかない。


「大丈夫ですわ。ヴェロニカ様」


 私の表情から不安を読み取ったユーフェミア殿下が、隣の席でにこりと微笑んだ。


「人払いは既にしております。それに実は、今日のお茶会の発案者は、ヒルデさんなのですわ」


「それは、どういう……」


 状況への理解が追い付かない私は、ただ首を傾げて殿下からの説明を待つ他になかった。


「ヒルデさんは、どうしてもお兄様の命の恩人である貴女に、直接御礼が言いたかったそうですの」


「……私に?」


 最敬礼をしていたヒルデ様が、途端に顔を上げてユーフェミア殿下へと詰め寄る。


 その頬は熟れた林檎のように赤くなっていた。

 そのつり目も、羞恥からか潤んでいるように見える。


「ミア! それは言わない約束でしょうっ!?」


 そんなヒルデ様を涼しい顔で見上げつつ、紅茶を啜るユーフェミア殿下。


「あら? だって貴女の方こそ、自分から話題を出すと言っていたのに、なかなか切り出さないのですもの。


 それに加えて、私がヴェロニカさんの代役を立てているかもと勘繰っていただなんて、さすがに酷いですわ」


「だって、あの鉄面皮が後生大事に一ヶ月も邸に囲ってるなんて聞いたから、どれくらい深窓の佳人かと思って……。


 なのに、こんな快活な方だとは思っても見なかったんだもの!」


「快活……?」


 とんでもない誤解が、私の預かり知らぬところで起こっていたのだと理解した。


 ……そして、ヒルデ様にもそう呼ばれているんですね、旦那様。


 とは言え、自分でも〝お淑やか〞とは言えないのはわかっていたけれど、今日はそんなに素を出していない気もする。どこでバレたのだろう?


 私がお茶会中の自分の行動を省みている横で、なぜかユーフェミア殿下が笑顔で頷いていた。


 その口調は、以前初めて学園アカデミーでお会いした時のようだった。


「確かに、ヴェロニカさんのこの感じでは、謹慎という目でないと、すぐにどこかへ行ってしまいそうですものね。でもそこが、ヴェロニカさんの素敵なところなのですわ!」


「お褒めにあずかり、光栄です……?」


 ユーフェミア殿下。それは、果たして誉められているのでしょうか?


「それで、ヒルデさん。イメージは湧きましたか?」


「……ええ。何となくは」


 席に戻って一息吐いたヒルデ様は、殿下の言葉に頷いて、視線をこちらへ向けてくる。


 それは先程までのものよりも柔らかい眼差しだった。


「なんのイメージですか?」


「ふふふ。それは、当日のお楽しみですわ」


 私の質問にそう答えたユーフェミア殿下が、何かを思い出したように手を叩いた。


「そうそう! 〈雄将ファムル祭〉には勿論、ご夫婦お二人でいらっしゃるのですわよね?」


 そう言われて、私は来週に控えている学園の催事のことを思い出す。


「それが、当日主人は仕事が入っているので、私一人でお邪魔しようかと思っております」


「あら、そうなの。残念だわ」


 ユーフェミア殿下が、本当に残念そうに呟いたその時。


「何が残念なのかな?」


 ある人物の声が聞こえた。

 振り向くと、そこにいたのは――


「エルドレッド殿下!?」


 私がやって来たのと同じ方向から現れたのは、この国の第一王位継承者であるエルドレッド王太子殿下だった。


 午後の日射しが、ユーフェミア殿下と同じ金髪を明るく照らしている。


 テーブルまで歩いてきた殿下は、まずヒルデ様の許へと歩み寄った。


 一方のヒルデ様は驚きと呆気を含ませた言葉を告げる。


「殿下。女性の会話は、殿方が聞かない方がよろしいこともあるのですよ」


「そうか。それは失礼を、ヒルデ嬢。以後、気を付けましょう」


 エルドレッド殿下は事も無げにヒルデ様の手を取ると、その甲にそっと口付けをした。


 対するヒルデ様の頬は、赤く染まる。


「見せつけてくれますわね。本当に」


 ユーフェミア殿下は苦笑気味に私に目配せをした後、紅茶を口に含んだ。


(婚約者、かぁ……)


 一方の私は、婚約者同士であるというお二人を前にして、かつての自分とオリバーの姿を重ねて見ていた。


 私たちは約一年間婚約していたけれど、きっとお二人の婚約期間はそれよりもずっと長いはずだ。


 それも、国同士の結び付きを強めるための婚約。


「〈雄将ファムル祭〉での貴女のご活躍、直に観れぬことお許しを」


「御公務があるのなら、仕方のないことですわ」


 けれど見ている限り、お二人は自国のためだけに手を取り合っているようには見えなかった。


 少なくとも、先程私に最上の礼までしたヒルデ様の心は、きっと本物のはず。


 紅茶で一息ついたユーフェミア殿下が、明るい声のままエルドレッド殿下へと告げた。


「……お兄様、まさかとは思うのですが、大切な御公務を放っていらした訳ではありませんわよね?」


 ヒルデ様の手を離し、テーブル越しに妹君へ向き直ったエルドレッド殿下は「あはは」と軽く笑っていた。


「ユーフェミア、我が妹ながら手厳しいな。婚約者のヒルデ嬢以上に大切なものなどないというのに。


 だが、安心したまえ。今日はきちんと午前の分を終わらせて来たよ」


「……何が〝安心したまえ〞なんですか? 兄上」


 つい先日、聞いたことのある声が聞こえた。


(ジュ、ジュード殿下!?)


 声にこそ口から出なかったものの、きっと私の顔は目を丸くしていただろう。


 エルドレッド殿下の後を追ってきたのか、ジュード殿下が足早に現れた。


「確かに午前の分は終わりましたが、もう午後の三時ですよ。まだまだ仕事は山積みなんですから、早く執務室へ戻ってください」


「まったく……我が弟妹は二人揃って気が利くな」


 エルドレッド殿下の溜め息混じりの言葉に、ユーフェミア殿下のがすかさず頷く。


「ええ。だって双子ですもの。お兄様」


 黙ってそのやり取りを見ていた私は、不意にエルドレッド殿下と視線があってしまった。


「君にも一言言いたくてね。公爵夫人」


「私にですか?」


「ここのところ、公爵には無理を押してもらっているからね。君にも迷惑を掛けているだろう」


 思っても見なかった方からの労いの言葉に、私は首を横に振る。


「そんなことは、滅相もございません。殿下。


 夫も私も、殿下や国のためにお仕えできることを、心より光栄に思っております」


「そうか。今任せている仕事が落ち着けば、公爵あいつにも時間の余裕が出来るはずだ」


 「蜜月(ハネムーン)にでも行ってくるといい」と言葉を残して、エルドレッド殿下は弟のジュード殿下に引っ張られるように庭園をあとにした。


蜜月(ハネムーン)か……)


 そう言えば、以前そんな話が上がっていたことを思い出す。


 行き先は幾つか候補が挙がっていたのだけれど、決める前に例の私のとんでもない思い違いから始まる騒動で延期になっていたのだ。


「それは楽しみですわね」


 隣でエルドレッド殿下の言葉を一緒に聞いていた、ユーフェミア殿下とヒルデ様が微笑んでいた。


「けれどその前に、来週の〈雄将ファムル祭〉ですわ。当日は、ぜひ私たちに案内させてくださいな」


 「演劇部の公演が始まるまでの間ですが」と付け加える殿下。


 私は殿下たちと〈雄将ファムル祭〉を見て回る約束をして、そのあとのお茶会も楽しく過ごしたのだった。


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