二兎追うものは一兎をも得ず【4】
一章終わりました。
二章に続きます。
【2020/8/1:修正】他の投稿と合わせるために改行と文体に手を加えました。
差出人の名前はエリオット=ガーデン。
毎月修道院や孤児院宛に、縁者の方々より募られた寄付金が届くのだが、その中には手紙を添えてくださる人もいた。
このガーデン氏もそのうちの一方で、毎月こちらから出しているお礼状の内容も踏まえて手紙が送られていたのだ。
噴水の意匠の印璽が施されている封筒から、一枚の便箋を取り出す。
『ミシェイラ院ならびにシスター・ヴェロニカ様
いつもご丁寧なお礼状、ありがとうございます。院の子供たちの健やかな成長、何より幸せに思います。
聖ライネル祭の讃美歌は、私も聖歌隊にいた頃歌った覚えがあります。せっかくのご招待ですが、先約が入ってしまっているため、参加を見送らせていただきます。祭典の成功を心より願っております。
院の皆様や子どもたちが健やかでありますよう。
エリオット=ガーデン』
確か、寄付金で孤児院の子供たちの催事用衣装を新調したお礼と、翌月の聖人祭でその衣装を着て歌う子供たちの姿をぜひ参列者として見に来てはくれないか、という旨のお礼状への返事だった。
利き腕を骨折した院長の代筆で書いたのがきっかけで、その後何度かお礼状を書いたのだが、送られてくる手紙のどれもが心のこもった内容ばかりだったのを覚えている。
ガーデン氏についてわかっているのは、私のいたミシェイラ修道院にかつてご縁があった方だということだけで、年齢どころか顔も知らない。
けれど文面や筆跡から、落ち着いた人だという印象を受けた。院長の話から、毎月纏まった額の寄付をしてくださっていて、名のある貴族の方ではないかと院の中でもいつも噂になっていた。
(ふふ……みんなで話して、四十代のおじ様貴族って予想してたわね)
今覚えば、あれが初恋だったのかもしれない。顔も知らない相手だが、修道院に入ってからは祭典以外で異性と会って話すことがほぼなかったせいか、毎月修道院に届く手紙を楽しみにしていたのだから。
「……初恋ね」
手紙の文面をそっと手でなぞる。
短い内容だが、言葉一つひとつに相手の想いが感じられた。
相手を思いやる慈しみの心。それは修道院で多くの人々に触れて学んだ大事なことだ。
例え現実の貴族同士の結婚に、恋愛小説のようなロマンスは存在しないとしても、これまでに得てきた経験や想いを無駄だとは言いたくないし、言わせない。
だからこそ、ここで私が退いてはダメなのだ。
(……そういえば、修道院でシスター・シルクから教えてもらった言葉にも、似たようなものがあったっけ)
――二兎追う者は一兎をも得ず。
私の幸せと彼の幸せ。どちらを選ぶのかなんて、そんなもの決まっている。